#6.神黄つくしは落ちていく


「──火の扱い方にはくれぐれも注意してくださいね。それと、近くに崖があって危ないのでこのエリアから勝手に出ないこと。以上! これらを守ってバーベキューです!」


 長内がメガホンで注意書きを読み終わると、「「うぉぉぉおお‼︎」」と盛り上がった生徒たちは一斉にぞろぞろと動き出した。優勝した6組はA5ランクの神戸牛を前にして興奮。それをみんなが羨ましそうに見ていた。

 7組である虹ヶ浜たちはグループごとに肉を焼いていく。そう、今回のこのバーベキュー場は全て貸切。国立の進学校だけにイベントは盛大に行われる。野外活動の昼食といえばカレーのイメージだが、紀附高校は伝統的にバーベキューである。


 バーベキュー──それはただの食事ではない。いかに自分の能力を発揮出来るかが鍵となる戦争の場である。

 お肉を焼くことで頼りになる男感を出し、仲間内に肉や野菜、ご飯を取り分けることで女子力を発揮する。みんなと一緒にご飯を食べれば仲良くなること間違いなし!

 ──しかしこれだけでモテるというほど甘い世界ではない。コミュニケーションが疎い人間が肉を焼けば、ただの便利屋に成り果てかない。ただ食べてるだけの無能を演出する可能性もある。そう、結局元々の性格がバーベキューの行方を左右する。

 パリピやウェイ系が圧倒的有利なバーベキュー! 一筋縄ではいかないのがバーベキューである!


「虹ヶ浜さん! 肉は僕が焼きます!」

「じゃあ、僕はご飯をよそってきます!」

「俺は野菜切ってます!」

「あはは、皆さんありがとうございます。んー美味しい」


 ──マズイ、私食べてるだけの無能だこれ!


 頼りにされたい男子達の目まぐるしい活躍によって虹ヶ浜のやることはなく、上手に調理された美味しい肉を食べているだけ女子と成り果てていたのだ。


「虹ヶ浜さん、わ、私はなにか、なにか取ってきます!」


 として、何か虹ヶ浜のために役立ちたい紅はなにかを取りにいった。一体なんなのか。彼女も分かっていない。


 ──私もこのままでは……! 何をすればいいんだろう……。そうだ、透くんと話せるチャンスなんじゃ……⁉︎ 別にここにこだわらなくてもいいじゃん!


 と、虹ヶ浜は人としてかなり最低なことを思いついていた。

 いつもの制服ではなく今日の自分は体操服。体育も違うので、この格好を見せるのは初となる。制服とは違い、露出した肌と自分のボディラインを見せられる良いアピールになるかもしれない。


 ──透くんはどっこかな〜。……ん?


 無色をキョロキョロと探していると、神黄が一人森の中に入って行くのを見かけた。どうしたのかと気になった虹ヶ浜はこっそり後を付けていく。



「──虹ヶ浜さん! 焼肉のた、タレ、甘口を持ってきました! ……あれ? 虹ヶ浜さん?」


 男子達に聞くが、料理に集中していて見かけていないという。さらには同じグループであるはずの神黄も見当たらない。


「ふぇぇ、どこ行ったんだろぉ……虹ヶ浜さん……」


   ◇ ◇ ◇


 今は4月も終わりに差し掛かった頃。木々の間から差し込まれる太陽の光、その間をすり抜ける涼風、森の中はとても涼しくて気持ちがいい。ずっとここにいていたい気持ちになる。

 そんなこと思いながら神黄を探していた虹ヶ浜は、目的の彼女が木にもたれかかってスマホをいじっているのを発見する。


「神黄さん?」

「……っ⁉︎ ビックリした、なに?」

「いえ、驚かせてごめんなさい。一人で森に入っていくところを見かけたので……。何をされてるんですか?」

「いや、別に。あそこ電波悪いからさ、なんか探してたらこの辺ならいけたからここにいるだけ」


 スマホを手放さず神黄は返事をした。


「そうなんですね。ここは少し開けててとても気持ちがいいですね。でも長内先生が言っていた崖もこの近くで危険です。さぁ一緒に帰りましょう」

「いや、いいって。一人で帰っててよ」

「そんなこと出来ませんよ。お肉も良い感じに焼き上がっていて美味しいですよ」

「あたし、お腹空いてないから」


 タイミングを合わせたかのように神黄のお腹が鳴る。少し恥ずかしそうだった。


「お腹、空いてるじゃないですか」

「いらないって。それに私、別にみんなと仲良くなんてなる気ないし」

「みんなは仲良くなりたいと思ってますよ」

「そういうのいいから、私みたいなのがこの学校には合わないし」


 確かに神黄のような派手めの女子生徒は今のところ学年にはいない。


「そんなの分からないですよ」

「分かるって。1ヶ月も過ごせば分かるっしょ」

「そんなこと──」

「そういう優しさマジめんどいから‼︎ ねぇ……本当は気付いてて言いに来たんでしょ? あの子が引っかかったのは私が当たったせいだって」


 大縄跳びの際、紅は真後ろにいた神黄と接触したことでバランスを崩し倒れたのだ。ろくに練習していなかったから体力に限界が来て、途中ふらついてしまったのだろう。虹ヶ浜は紅と向かい合わせだったため、そのシーンを見ていた。もちろん、わざとではないことは分かる。当たってしまったものだったから、紅も自分がふらついたことで当たったと思い込んでいることだろう。


「せいだなんて思ってないです。故意ではなかったのは分かりますし、それにそんなことをわざわざ言いに来ませんよ。とりあえず帰りましょ、ね?」

「もういいって、しつこい。…………なんかさ、あんたの人に接するその態度、周りのご機嫌うかがってるみたいでずっとイラつくんだよね」

「…………っ」


 事実のため虹ヶ浜は言い返せなかった。無色に好かれたいために学校での評判は良くしておきたかった。今世界で勢いのある会社の一人娘という肩書きも武器にし、頭脳体力芸術あらゆる面で功績を残し、人柄もいい完璧な少女。だが、誰も彼女の本性を知らない。


「もういいっしょ。さっさと帰りなって」


 神黄は何も言えない虹ヶ浜を見て溜息を吐き、森の奥へとながらスマホで足を運ぼうとした。


「────待って! そっちは崖!」

「え、うわ、ちょっ! キャァァァアア‼︎‼︎」


 虹ヶ浜が呼び止めようとした時には遅かった。神黄は寸前で足を止めるが、運悪く足下が崩れ、そのまま落ちていく。

 が、虹ヶ浜は呼び止めようとした時、体は既に動いていた。才能に努力を積み重ねた運動神経で落ちる神黄に追いつく。落ちることは防げなかったが、空中で身を操り神黄を抱きしめた。

 下は運良く川だった。しばらく神黄を抱えて泳ぎ、近くの石っころで出来た河岸に乗り上げた。


「ケホッ、ケホッ! ……神黄さん、大丈夫ですか⁉︎」


 崖から落ちた恐怖で気絶してしまったらしい。もしかすると、その時に水を飲んだのではと思い、確認すれば息をしていない。

 虹ヶ浜は神黄を助けるために人工呼吸をおこなう。


「神黄さん……! 神黄さん‼︎」


   **


「──ゲホッ! カハッ……! ゲホゲホッ、ェッフ!」

「神黄さん! 良かった……」


 虹ヶ浜の懸命の人工呼吸の途中で、神黄は目を覚ました。


「…………ここは……」

「崖下です。川だったみたいで助かりましたが、神黄さんが水を呑んで息してなくて……。なので、人工呼吸していたところで、」

「じんこうこきゅう……じ、人工呼吸⁉︎」

「はい……神黄さん息してなかったので」

「えっ、あ、そうだよね。あたし死ぬとこだったんだ……。うん、その、ありがとう」

「いえ、神黄さんが無事で良かったです」


 キュン


(……はぁ? え、今のキュンって気持ちなに)


 びしょ濡れの虹ヶ浜の笑顔に神黄は心がギュッと締まる想いをした。


(これ、別に恋とかじゃないよね、ちょっとした吊り橋効果ってやつだし……!)


「神黄さん? 胸押さえて苦しそうですが、もしかして落ちた時にどこか打ったとか……!」

「ち、違うし大丈夫だから! ──と、とにかくさ……! さっさと戻んないといけないんじゃない⁉︎」

「そうですね。確かバスを降りてからバーベキュー会場へ行く道中に川がありました。このまま下っていけばその辺りに出られるかもしれないですね」

「あ、あぁ、そうなんだ……。じゃあさっさと行こうよ」

「グループの皆さんや先生方を心配させますし、早めに戻らないと、いたっ……!」

「なに、どうしたの?」

「すみません、どうやら足挫いてしまって」


 虹ヶ浜の右足首が大きく腫れていた。

 神黄を助けるためにどこかで捻ってしまったみたいだ。そもそも崖に落ちて二人とも無事だった虹ヶ浜の運動能力に驚きを隠せない。


「大丈夫なのそれ?」

「平気です、早く帰らないと……いっ……⁉︎」

「ちょ、スマホで助け呼んだ方が早いんじゃない……⁉︎」

「それが私のスマホ水没してしまって……」

「じゃああたしの……! って、ないし⁉︎ サイアク……」


 落ちた時にスマホは手に持っていた神黄。川のどこかに沈んでいることだろう。


「私は大丈夫ですから……」


 言葉とは裏腹に苦悶の表情を浮かべ、足を庇うようにして引きずる虹ヶ浜。


「…………ん」


 そんな様子を見てられないと思った神黄はその場にしゃがみ、虹ヶ浜を背負うとする。道は分かっているのに助けを呼べないなら、神黄が頑張って連れて行くしかない。


「そ、そんな、悪いですよ」

「いいから。これで貸し借りなし、とはならないけどさ、少しでも役に立ちたいから。元々はあたしのせいだし」

「神黄さん……では、お言葉に甘えて」


 神黄は虹ヶ浜を背負うと、川の流れる方向へと歩き出した。


「お、重くないですか……?」

「いや、へ、平気だけど……」

「でも息上がってますし、やっぱり歩きましょうか?」

「平気だって! いいから静かにしてて動かないで」

「……はい」


 虹ヶ浜はシュンとなった。

 神黄は別に重くて息が上がっているんじゃなかった。


(……すっごくいい匂い。背中に伝わる胸も柔らかいし、声とか息とか耳にかかって、なんか、ハズいんだけど……! うぅ、あたししっかりしろ……! なんなんだよもう……!)


 悶々としながら歩く神黄。

 次回、野外活動編クライマックス。無事に二人は帰還出来るのか……!


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