#3.虹ヶ浜彩は帰宅する
帰宅イベント──それは下校時に男女が一緒に帰ることをイベントして昇華したもの。
野外なのにある種の密室空間を生み出し、二人の距離を縮める、ラブコメには欠かせないイベントである。手を繋ぐか繋がまいかのドキマギシーン、コンビニで買った冷たい飲み物を頬に当てて「きゃっ、もう……!」のシーン、夕暮れ時の告白のシーン……使い方は多種多様。
また、二人きりで帰るところを目撃されればそれはもはや付き合ってると周りから噂されることになる。
虹ヶ浜にとってこの帰宅イベントは是非とも獲得したいものであった。無色とクラスの違う彼女にとって、自分を直接アピールするのはここしかない。また、自分が無色を好きだと周りにバレたくはないけども、「えぇ⁉︎ 二人ってもしかして付き合ってるんですかぁ⁉︎」みたいな噂が学内で立てば、周りから責め立てられた無色も意識せざるを得ないのだ。
本日の作戦は決まった。
だが、虹ヶ浜には無色を誘う以前に一つ問題があった。そう、彼女にはお出迎えがあるのだ。
虹ヶ浜の家はお金持ちである。元々名家だったわけではない。幼い頃、父が事業に大成功し一気に成り上がった、いわば成金家族だ。だが、SNSでお年玉企画をすれば1万人に100万円は余裕で渡せるほどの総資産。そんじょそこらの成金ではない。経済誌にも今後世界を率いていく事業者100人に虹ヶ浜の父は選ばれている。
そう、勘がいい人はお気づきだろう。無色と家が隣同士だったのに離ればなれになったのは虹ヶ浜家族が豪華な御屋敷へと引っ越したからだ。
そして、虹ヶ浜の父は超が付くほどの親バカである。優秀な一人娘であれば可愛がらない父はいないだろう。
執事に送迎を命じ、そのせいで登下校時に虹ヶ浜は目立ってしまっている。そのせいでより虹ヶ浜に誰もが近寄り難い雰囲気を作り出してしまっている。
普段から何とかして一人で登下校したい虹ヶ浜だが、父への説得で上手くいった試しはない。
「やだぁぁぁ‼︎ 彩タマ一人じゃ危険過ぎるぅぅ! 絶対執事付けるからぁぁ!」
──世界を引っ張っていく存在と呼ばれる父がこんな姿でいいのだろうか……。でも、ごめんなさいお父さん。今日は何としてでも透くんと一緒に帰りたいの……!
執事にこっそり話すと分かってくれた。無色と一緒に帰ることを連絡すると、「御主人様を誤魔化すために家の近くでお嬢様を拾います。でも今日限りですよ」としてくれた。
後は無色を誘うのみ。この機会を逃す手はない。
彼の居場所は分かっていた。放課後はいつもとある空き教室で自習をしている。その帰りをただただ待つことに。
午後6時。無色が教室から出てきた。合わせてたまたま通りかかったかのように振る舞いだす。
「あ、無色くん、ぐ、偶然だねー。偶然だからさ、きょ、今日一緒に帰らない?」
「……いいよ」
──よっしゃ! あとは一緒に帰るだけ! あわよくば、て、手とか繋いじゃったりとか……しちゃったりとか……!
「じゃ。俺こっちだから」
「……へ?」
校門を出て、すぐ無色と別れた。無色は出て左、虹ヶ浜は右だった。
「じゃあ」
「……あ、えっと、うん。ごぎげんよう……」
──透くんの家って今そっちの方面だったのか。私の家と反対方向じゃんかぁぁ…………!
でも、ここで諦めていいの……? 遠回りだけど、少しでも一緒にいたい!
「あの! って、もう帰ってるし!」
無色の姿はもうそこにはなかった。ご存知の通り、無色はイベントがあるならば潰さなければならない。放課後の下校イベントは避けるべき項目であった。
今度から勉強する場所を変えよう……悲しくもそう決断した無色であった。
帰るのがただ二時間遅くなった虹ヶ浜。この後、執事に拾われる。
「透くんでもさすがにすぐ帰っちゃうのはひどくない⁉︎ 普通、一緒に帰るって学校出るまでのことを指さないよね⁉︎」
「お嬢様の言うとおりでございます。一人にするとは、その殿方は大層相手に気を使わないといいますか──」
「でも、そんな淡白なところが好きなんだけどねぇ〜! いや、透くんが好きだから淡白でもいいのかな? まぁ好きなんだからどっちでもいっかぁ〜!」
「……左様でございますか」
虹ヶ浜が幸せそうならいっか。そう思う執事なのであった。
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