#2.虹ヶ浜彩は決意する


「はぁぁぁぁぁあああぁぁあああぁぁああぁあぁぁああああああああぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁああぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ…………」


 クラス中に轟く溜息。発信者は紛れもない虹ヶ浜彩である。息が続く限りの溜息だった。記録27秒。本気を出せば3分は余裕だが、身体に力が入らない今の状態では難しい。

 昨日、無色に振られた。いや、告白がまともに通らなかった。

 だが、それは振られたと同義である。次の日の学校になんて行きたくなくなる。けど来た。虹ヶ浜は模範生だから。

 首席で入学し、新入生代表としての入学式挨拶もちゃんと済ませた虹ヶ浜は全校生徒から憧れの的となるはずだったが、負のオーラを撒き散らす溜息のせいで、開始早々クラスメイトに怖がられていた。これでは虹ヶ浜が理想とする完璧な女性像から遠ざかってしまう。

 さらには無色とクラスも離ればなれになってしまった。

 ここ、神戸市にある国立紀附きづけ中高一貫校の高校でのクラスは、一クラス三十人の全七クラス。

 学年に特進クラスやスポーツクラスが特別に設置はされてない。理由は皆が平等に授業を受けるためだ。勉学を伸ばしたければ補講や自主勉に励むし、スポーツ芸術に特化していても文武両道を掲げているため勉学は高難易度に課せられる。

 つまり何が言いたいかというと、虹ヶ浜と無色が同じクラスになれるのは1/7の確率であったこと。

 それを見事に外して無色が一組、虹ヶ浜が七組という最悪の組み合わせとなったのだ。


 ──やる気が起きない……。どうしたらいいんだろう……。


 相談できる友達もおらず、そのまま本日の予定を済ませる。せっかく入試して入学したはずなのになぜかある実力テスト。結果を先に答えると虹ヶ浜は全教科満点、言わずもがな学年一位であった。



「──虹ヶ浜さん。どうしました溜息なんてついて。あ! もしかして恋の悩み事ですか?」

「えぇ⁉︎ い、いや違いますよ……⁉︎」


 放課後、虹ヶ浜に話しかけたのは一年七組副担任の長内おさない真白ましろだった。今年新任のとても若い女性の先生である。男子からは早速人気が出そうな気配がある。だが、なんだかあざとそうな人であった。


「あ〜、その反応は図星ですね〜」

「い、いやぁ……どうですかね……」


 必死に誤魔化す虹ヶ浜。一応、自分の恋は他人にバレたくはなかった。


「ふっふっふっ、ここは先生に任せてください。私、経験豊富な大人ですから!」


 なんだか頼りにならなさそうだったが、教室に生徒もいなさそうなので相談することにした。


「あの、これは私の友達の友達の話なんですけど……」

(あ、これ虹ヶ浜さんのことだなぁー)

「その、その人幼馴染がいるんですけど──」


 虹ヶ浜は自分と相手の名前を伏せ、告白したけど相手にされなかったからどうしたらいいか相談されたという嘘話を相談した。


「なるほどー。確かに難しい問題ですね。でも、虹ヶ浜さん。答えは簡単ですよ」

「え? な、なんですか?」

「ズバリ! もう一回告白する!」

「えっ⁉︎ 成功しなかったのにですか⁉︎」

「成功しなかったからですよ。だったら成功するまで告白はするんもんです。男というものは、一度告白したら相手を意識しちゃうもの。何度も告白すれば、『それだけ俺のこと好きなんだなー』ってどんどん相手のことが気になるもんです。私だったらそうしますねー」

「そっか……成功するまで何度でも……。長内先生、ありがとうございます。私、その友達に伝えてきます!」

「頑張ってね! 先生も応援してまーす!」


 虹ヶ浜は教室を出て無色を捜しに行った。


「うんうん。若いなぁー、私もあんな頃あったなー」

「長内、何やってんだ。職員会議だろ」

「あ、せんせー」


 教室に現れたのは灰帰はいきじん。一年七組の担任だ。四十を過ぎ、目には生気を感じられない。


「ちょっと聞いてくださいよー。私いま生徒の恋愛相談に乗ったんですよ凄くないですかー?」

「あ、そう」

「えぇ⁉︎ 冷たっ! そんなんじゃみんなから嫌われちゃいますよー。でも、そんな冷たいせんせーも私は好きですよー?」

「お前ももう先生だろ。行くぞ」

「あ、待ってくださいよー。そうだ、今日飲みに行かないですか?」

「行かねぇ」

「えー」



   ◇ ◇ ◇



「透くん!」


 学校中を探し回って、辿り着いたのはとある空き教室。既に放課後のため帰ったのかもと不安だったが、無事に出会えた。無色は一人勉強していた。


(え、彩ちゃん⁉︎ なんでこんなところに⁉︎)

「……虹ヶ浜さん。どうしたの?」


 幼馴染のはずだが、無色は名字にさん付けで呼んでいた。


「あ、あれ……私のこと覚えてない……? その、私たち幼馴染で昔よく遊んでいたんだけど……!」

「……小さい頃幼馴染、は覚えている」

「良かった……! その時、私のことを彩ちゃんって呼んでたんだけど……覚えてる、かな……?」

「……あまり覚えてない」


 無色は嘘をついた。本当は一日一日何をして遊んでいたのかハッキリと思い出せる。

 ただ、自分はまだ虹ヶ浜のことを下の名前で軽々しく呼んではいけないと思ってしまった。彼が今ここでこっそり勉強しているのも虹ヶ浜に追い付くため。結果だけ伝えるなら彼の実力テストは学年二位なのだが、肝心の想い人には勝てていないのだ。

 虹ヶ浜に相応しい男になるまでは付き合わない。それが彼の決めたルール。


「……あぁ、そ、そっか。ご、ごめんね。勉強も邪魔してごめんなさい……。じゃあ私、帰るね……」

「……うん」


 この選択は間違ったのかもしれない。自分のくだらないプライドのせいで彼女を傷付けたのかもしれない。そう思うと、今すぐにでも気持ちを伝えたい、だが上手く言葉が出ない。


「でも、これだけは言わせて……!」


 虹ヶ浜は去り際、そう切り出してきた。


「私は、昔から無色透くんのことが好きでした。それは今も変わりません。でも、無色くんは昔のことをよく覚えてないんだよね……だから今の私を好きにさせてみせます……! 今日はそれだけ覚えててください。えっとー……以上!」


 虹ヶ浜は扉を閉めて帰っていった。


「…………」

(やっぱり俺は彩ちゃんのことが好きだ。凄く真面目で可愛くて、なんでも出来て……だからこそ自分はまだ彩ちゃんに相応しくないと思ってしまう。頑張ろう、彩ちゃんに勝って俺から告白してみせる。そのために彩ちゃんからの攻撃は全部避けないとなぁ……)


 表情には出ない無色は再び固い決意をして、勉強に取り組んだ。


   ◇ ◇ ◇


 ──あああああああああ、なんか恥ずかしいこと言っちゃった気がするぅ! 透くん無反応だったし、普通の告白よりもなんだか恥ずかしいぃぃ!


 さっきまでの自分の言動に虹ヶ浜は羞恥に苦しんでいた。


 ──でも頑張らないと。透くんに相応しい女の子になるために。透くんに意識してもらえるように頑張ろう……! よぉし、まずは名前で呼んでもらえるようにならないと……!


 虹ヶ浜はガンガン攻め、無色はそれを避け続ける。この物語は想いが一方通行のラブコメである。

 プロローグは以上。ここから虹ヶ浜は個性ある人達と出会い、数々のイベントを乗り超えて、様々な恋愛作戦が始まるのだった……! しかし全て失敗に終わる!

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