電気虫の町

つばきとよたろう

電気虫の町

 電気を動力源にして、活動する昆虫が、発見されて久しくなかった。それは、機械というには、あまりに精巧な組織だった。もしそれが造作物だとすれば、人類が決して手にすることの出来ない技術だ。

 午後七時、町でブラックアウトが発生した。だがこの町の電気製品は、電気虫を寄生させることで、それほど影響を受けなかった。ただ電灯だけは上手くいかない。相性なんだ。電気虫は、家電の光を酷く嫌っている。だからだ。町はあれから、真っ暗なままだ。

 明かりは森に集まった。誰かがこっそり逃がしたペットが、森で繁殖しているという訳だ。でも捕まえたところで意味は無い。虫は充電するため、森へ逃がさないと死んでしまう。それで、こっちは大助かり。僕は虫を捕まえては、町に届けている。いい商売だ。骨さえ心得ていれば、昆虫採取と何一つ変わらない。注文通りは、楽な仕事じゃないけど。虫を見つけるのは楽しい。時には珍しい虫や新種も発見できる。

 僕が森へ昆虫採取で持っていく物は、決まっている。大型でんでん虫の殻を背負って、そこへ片っ端から捕獲した虫を突っ込んでいく。虫は逆さに入っていくから、大概は大人しくしている。デリケートな奴は、うちじゃ扱ってないし、これだって一つあれば、一晩の稼ぎになるくらいの数はこなせる。それに、形も気に入っている。こいつを背負っていると、全く自分が虫になった気分になる。

 今日の注文は、発電虫五匹に、電灯虫が三匹。これだけ揃えれば、一週間は森に行かなくてもいいくらい稼げる。でも、毎日森に行くのは、虫に充電させるためだ。放っておくと、虫は死んでしまう。虫を捕まえるより、死なさないようにする方が大変なんだ。

 この町は今、虫を失えば、すっかり荒廃してしまう。住まいだって、施設だって、完全に機能を失うだろう。そんな町では、誰も生活できないはずだ。この町は電気虫によって生かされているも同然なのだ。町には普段通りに、車も走っているし、信号機には電灯虫が、常に寄生している。大型電気虫に群がられた車を想像すると、ちょっと気分を害するけど。だから僕は、バス以外は車に乗らないことにしている。虫が背中に寄生した奴もいるんだって。想像しただけで、ぞくっとする。

「それってゴシップですよ。樹木と人間を間違えたんですかね。考えたくないですが」

「実際には、そんな人はいないんだ」

 路地の居酒屋の親爺が、教えてくれた。しかし、彼の情報源は決まっている。質の悪い酔っ払いどもの、たわいもない会話の中からなんだ。それを真に受けていいのか分からない。

「注文の品は、これで全部かい」

「はい、充分です。また次もお願いします。もうこの町では、停電は復旧されないという噂です」

「それ本当に? でも、どうして?」

「ブラックアウトさせたのは、電気商会の方だと聞いています。電力が足りないんです。他の箇所で手一杯だという話です。でもそうじゃないんです。この町は既に電気虫で、電気は回っているです。こうなったら、電気商会の入る余地がないですから」

「そういうものか?」

「ええ、まあ」

 電気虫の手間を考えれば、そう安価とも楽観できない。が、僕に取っては、いい商売になっているし、遣り甲斐もあった。町から森までは、十キロと離れていない。車は使わない。車を使えば、結局経費に響いてしまうからだ。自転車で充分だし、僕はこの文明の利器を好んでいる。

 電気虫は夜行性だ。夜に森へ入ると、大量の虫に遭える。それはそれで、困った問題にも巻き込まれる。だから、虫の活動が鈍る早朝に、僕は自転車を走らせる。この方が同業者とも鉢会わなくてすむ。競争社会にとって、同業者は必ずしも友好的とは限らない。

 昔は夜へ森に行って、そんな奴らを多く見てきたから、身に染みている。それに、早朝出掛けたからといって、虫が全然捕れないわけじゃない。むしろ安全に探せるから、朝の方が効率がいいことだってある。

 一番やばいのは電虫会社の奴らだ。奴らは大型の捕獲器を使って、根こそぎ電気虫を捕まえていく。会社が大きいせいか、大きな利益が得られないと経営が成り立たないのだろう。しかし奴らのやり方は気に入らない。電気虫を傷付けようが、殺そうがまるで気にしていない。奴らは、僕らが電気虫に稼がしてもらっているということに、まるで気付いていない。電気虫あっての、稼業なのだ。

 町に帰れば、僕は真っ直ぐに客へ虫を届けに行く。鮮度も命だが、こんな厄介な物いつまで持っていても、トラブルの種にしかならないからだ。町で昆虫採取姿でうろうろすれば、必ず嫌な奴らに絡まれる。ほとんどが同業者か、それに雇われた奴らだ。闇の町に潜れば、あまりトラブルは起こらないことも知っている。これも路地の親爺が教えてくれたことだ。この町の夜の闇は、深すぎるんだ。しかも、明かりは懐中電灯一つだけで、やり過ごさないといけない。電気虫を刺激させないように、この町の懐中電灯は設計されている。誰が考えたか分からないが、よくできている。特に夜は、虫たちの行動が活発になるから、余計なことをしないのは、この町の住民なら心得ているはずだ。

 電気商会は、やたらと電気虫を嫌っている。この頃では、この町の電気虫を駆除しようと乗り出している。電気虫は電気灯の明かりが嫌いなだけで、害を及ぼすとは聞いてない。

「虫は電気を食べて蓄えるからですよ。彼らに取って、電線の電気は樹液みたいなものと考えているんです」

「ちょっとそれは初耳だな」

「はい。電気商会の言い分はそうですが、電気虫は森でしか充電をしませんし。電気商会の電気など食べませんよ。虫は全て天然物ですからね。それに、虫は電灯嫌いですから、一つでも電灯が点っていれば、絶対にそこにじっとしていられないです。きっと逃げていきますよ」

 虫の仲介業者は、僕は好きじゃない。あいつらは、折角取ってきた虫たちを良くも調べずに、一匹幾らと決め付けて、買い取ろうとするからだ。納得のいく金は、そいつらじゃ得られない。僕は自分で顧客を見つけて、注文を取ってくるしかない。虫の方が遥かに、人間よりも扱いやすい。困ったことだ。

 闇の町には、特製の暗所ゴーグルを装着しておけばいい。視界を取るには困らない。これ一つで充分だ。虫が発光する明かりは、目に悪いって噂だ。そういった光も遮ってくれる。ちょっと値は張るけど。この町では、このゴーグルは必需品だ。

 僕は、滅多に入らない大仕事に焦っていた。でんでん虫を捕まえてきてくれという注文だ。しかし、でんでん虫は人が捕まえられる許容を超えていた。

 あんな物、町に持ち込んではいけなかったのだ。破格の注文に、僕は完全に冷静さを欠いていた。普通に考えれば、割に合わない仕事だった。虫との共存生活が長く続いたために、すっかり虫に慣れてしまっていた。虫と人間は、本来は一緒に住むべきものではなかったのだ。

 僕は、そこで野生の虫の恐ろしさを味わった。虫に取って、僕などはただの外敵でしかなかった。ぼくは、その事をすっかり忘れていた。大型のでんでん虫は、その容貌に似合わず、獰猛だった。一度食らい付けば、死んでも離れなかった。僕は不運にも背中から、その虫に捕まれてしまった。でんでん虫の殻が、ぼくの背中の肉に食い込んで、自力で外すことは出来なかった。虫は殺すことは可能だが、背中の殻は、どうしても外せなたった。商品も失った上に、治療費まで払う羽目になった。背中のでんでん虫の殻を完全に取り除くには、今の蓄えの三杯も稼がないといけない。

 ぼくは体が動くようになれば、夜の森に自転車を走らせるつもりだ。稼ぎのいい依頼は、とかく危険が付き物だ。それでも、何とかやっている。当然、危険の仕事もときどきこなす。早くこの体を元に戻すために、僕はこの殻のお陰で、常に前屈した姿勢で、体を真っ直ぐすにすることもままならない。これじゃあ、素早い動きは、ほとんど不可能だった。

 僕は仕掛け罠を作って、獲物を獲得することを選んだ。これなら、無理なく出来そうだ。取引相手はみんな同情して僅かなチップを恵んでくれる。それが、どれほど役に立つか分からない。有り難き頂いておくことにしている。

 どんな虫でも一旦怒りだすと、人の手には負えない、それを分かってか、見ない振りをしてか、人々は虫と深く関わってきたのだ。この状況は、電気商会が出て来たところで、大して変わらない。この町のブラックアウトは、ずっと続いている。


「とまあ、この町はこういった状況なんです。ただの観光旅行には、あまり適していないと思いますがね。もっともそれでも、この町の観光がしたいというなら自己責任ですから、止めはしませんし、勧めもしませんよ。ほらあの少年、虫にやられたんだ。可哀想に」

 顔色の悪い二人の観光客と、胡散臭そうなガイドを乗せたタクシーは、その車体に、不気味な電気虫を寄生させていた。この町の車は、ほとんどが電気で動いている。それも電気虫が発生させる電気だ。


 僕は、その気味の悪いタクシーを横目にして、身震いした。どうしてあんなボンネットを電気虫に食われている、車に乗っているのか、ちょっと理解に苦しむ。電気虫が、乗車者に牙を向けない保証は、どこにもないのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

電気虫の町 つばきとよたろう @tubaki10

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ