8 読み違い

 おかしい、と翠は思った。

 すでに翠は変身(正確には状態リセット)してディスタージェイドの姿になっている。


 着替えないままチャージしたせいで制服がなくなってしまったことに気付いて慌てたのが数秒前。

 とりあえず学校から離れた大きめのマンションの屋上へと駆け上がって敵の襲撃を待った。

 ところが、ここに来て初めてRACの嫌な感じが消失していることに気付く。


 本来の力を取り戻したことで相手を脅威に感じなくなったのかとも思ったが、わずかな焦燥感すらないのはおかしい。

 たぶんここで待っていてもあのアキナとか言う女も、それに類する脅威もやってはこないだろう。


「どういうこと? 襲ってくるつもりだったけど止めたのか?」

「それなら別に良いんだけど……」


 翠は自分の能力ながらRACに関して詳細なことはわかっていない。

 危機が迫っている時、あるいは危険がありそうな場所を無意識に回避しているという程度だ。


 なんとなく感覚で「危険さの度合い」はわかるが具体的な内容まではわからない。

 単純な未来予知のように便利なものというわけでもないのだ。


 ここに来る際はあえて監視カメラに身を晒すように動いたから見失われたことはないはずだ。

 となれば最初から学校のみんなを人質に取って戦うつもりだったか、あるいは……


 爆発音が響いた。


「な、なんだ!?」


 思わず耳を塞ぎたくなるほどの大爆音。

 まさかと思って視線を学校の方へ向ける。


 この位置からでは付近の建物が邪魔してよく見えない。

 しかし、真っ黒な煙がとてつもない勢いで立ち上っているのが見えた。


 翠は蒼白になる。

 学校にいた時に感じた危機感はここに来て消失した。

 そしてこの感覚はどうやら自分の身に対する危険を知らせる能力らしい。


 つまり。


「最初から学校を襲うつもりだったってこと……?」


 リシアが焦った声で呟く。

 そうなのだろうと認めざるを得ない。


「くそっ、間に合えよ!」


 翠は周囲の人に姿をさらすリスクも顧みず、マンションから飛び降りて学校へと急いだ。




   ※


 体育館が燃えていた。


 小火というレベルではない。

 建物が丸ごと巨大なキャンプファイヤーになったかのような大火災である。

 周囲にはとんでもない数の野次馬がごった返していたが、周囲に配置された警察ブシーズの大群が民衆を押し止めている。


 翠はそいつらの頭上を飛び越えて校内に飛び込んだ。


「なんでだよ……なんでこんな事になってるんだよ……!」


 この中には全校生徒が集まっていたはずだ。

 もし事故なら、すぐに外へと脱出しているはず。

 だが校庭に避難している人間はひとりも見られない。


 学校のみんなはまだこの中にいる!


 翠は炎に包まれる体育館に駆け寄った。

 周りには武装した警察ブシーズが救助活動を行うでもなく突っ立っている。

 それどころか翠が近づくと銃を向けてきた。


「何者だ!」

「うるせえ、どけ!」


 無視して体育館の入り口に向かう。

 内側から鍵がかかっているらしく、いくら引いても開く気配はない。


 扉が大きな音を立てた。

 警察ブシーズが発砲したのだ。



「そこから離れろ! 次は当てるぞ!」

「うるせえ」


 翠は振り向いて撃った女を睨み付ける。

 今度は躊躇なく翠の身体めがけて撃ってきた。

 腹の辺りに強い衝撃を受けるが特に痛みは感じない。


「な、なんだお前……?」

「てやっ!」


 驚く警察ブシーズの女を無視して翠は思いっきり扉を蹴りつけた。

 車が衝突しただように扉が内側へと思いっきり吹っ飛ぶ。

 同時に体育館の中らから強い熱気と悪臭が漂ってくる。


「う……っ」


 思わず口元を抑える。

 炎の勢いが強くて中までは見渡せない。

 翠のすぐ近く、扉の近くに何人かの生徒が倒れているのが見えた。

 炎に焼かれ炭化した人間が。


「なんで、なんで……」


 あまりのショックに足が震える。

 体育館の中は巨大な炉と化していた。

 どう見ても生存者なんかいるはずがない。


 みんな、死んだ……?


 頼太も、楓真も、冷二郎も。

 その他のクラスメートも。

 翠に告白してきた女の子も。

 後輩も、先輩も、先生も。

 昨日知り合ったばかりの直央さんも……?


「よう、ディスタージェイド」


 ぴくり。


 聞き覚えのある声に変身後の名前を呼ばれたが、翠はとっさに振り返れない。


「いや、二年A組の山羽翠くんって言った方がいいか? いやあ驚いたぜ。人質を取られて必死に抵抗するかと思いきや、まさか自分だけさっさと安全なところに避難するとはよ」


 ゆっくりと首を回して背後の人物に目をやる。

 露出の高いボンテージ衣装の女。

 何度も翠にちょっかいを出してきたウォーリア、アキナに間違いなかった。


「おかげで作戦が台無しだぜ。あーあ、可哀想に。お前が逃げたりしなきゃ、犠牲者はもっと少なくて済んだかも知れないのにな」

「お前が、やったのか……?」


 翠が問い質すと、アキナは会心の笑みを浮かべて言った。


「せっかく特作行動の許可を取ったのが無駄になっちまったぜ。別に俺様は民間人虐殺がやりたかったわけじゃなかったのによ」


 民間人虐殺。

 やっぱりみんな、この炎の中にいるのか。


 殺したのか、お前が。

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