7 狙われた学校

 最近のいろんな出来事のせいで疲れが溜まっていたのだろうか。

 翠は夕方にベッドに倒れ込んだまま、翌日の朝まで眠ってしまった。


 一階に降りると昨日買った服が玄関に脱ぎ散らかしっぱなしになっているのに気付く。

 輪が帰っていたら間違いなく片付けるはずなので、どうやら昨日は仕事で泊まりになったらしい。


 そういう場合はたいてい連絡があるのだが、まあたまには忘れることもあるだろう。

 もしかしたら寝ている間に連絡があったのかもしれないが特に気にはなることでもなかった。


 当然だが学校はちゃんと男子用制服で登校した。

 とりあえず髪はさらに短く切って黒染めの応急処置を施す。

 大きいことを自覚してしまった胸は家にあった包帯でぐるぐる巻きにして膨らみを抑え、厚手のセーターを着込んで誤魔化した。

 すごく息苦しいが女性用下着をつけて登校とか冗談じゃない。


「早く女物の制服が手に入ると良いね。そしたら別人として転入しちゃえばいいし」

「しねえよ」


 リシアを伴って家を出る。

 この猫はいつも万が一のため常に学校近くをうろうろしながら監視している。

 昨日は何事もなかったが、いつまたウォーリアが攻めてくるかわからない状況に変わりはないのだ。


「おはよ、スイちゃん」


 教室に入るなりそんな挨拶をしてくる冷二郎をどついて黙らせる。


「直央さんに聞いたのか」

「うん。かわいいあだ名だよね」


 別にそう呼ばれること自体はかまわないが、これ以上他の奴に女体バレするのはマジで避けたい。

 特に口が軽い楓真には絶対に言うなとキツく口止めしておいた。


「おっす、翠」

「おう」


 頼太に関しては男の格好をしていれば対象マシなようである。

 流石に昨日のようなぎこちない態度はなかった。


 こいつは単に女慣れしてないからあんな感じだっただけで、別に翠のことを本気で好きだとかいうわけではないんだろう。

 そうに決まってる、っていうかそうで有って欲しい。


 チャイムが鳴ってホームルームが始まる。


「今日の一時間目は体育館で全校集会を行う」


 出席を取った後で担任教師が言った。

 生徒のひとりが何をやるのかと尋ねたが、先生も知らされていないらしい。

 なんでも今朝の職員会議でいきなり校長先生が決めたそうだ。


「珍しいね。なんだろう」


 すぐ後ろの席の冷二郎が話しかけてくるが翠にわかるはずもない。

 とりあえず全員で移動することになったので廊下に出る。


 他のクラスも一斉に出てきたせいですごい混雑が起きていた。

 クラス委員が必死に整列させようとするがみんななかなかちゃんと並ばない。

 小学生の頃の方がまだ集団行動できていたな……なんて考えていると、急に背筋がゾッとした。


 この感覚は間違いない。

 危機回避能力RACが発動したのだ。

 これから何かが起こることを察知した翠は、まだ形になっていない列をそっと抜け出した。


「おい、どこに行くんだよ」

「ちょっとトイレ」


 呼び止める頼太に適当な嘘を言って翠は隣のクラスに紛れた。

 そのままトイレを通り過ぎ階段裏の非常口から外に出る。

 上履きから靴に履き替える暇はなかったが仕方ない。


「おいリシア、いるか!」


 壁際の辺りで適当に声を上げると猫はすぐに姿を現した。


「どうしたの?」

「嫌な予感がする。もしかしたらまたあのウォーリアの女が近くに来てるのかも」


 学校でRACが発現したのは初めてのことである。

 もしウォーリアが翠を狙って来たとしたら、とんでもないことだ。

 全校集会の最中に襲われたら正体がバレるじゃでなく生徒たちを巻き込むことになりかねない。


「三回も負けてなりふり構っていられなくなったのかね」

「どうする? とりあえず学校から離れた方がいいか」

「それがいいと思う。あのロボットが暴れても大丈夫なところに誘い出しましょう」


 翠とリシアは顔を見合わせて頷きあい、塀を跳び越えて学校の敷地の外に出た。




   ※


 急に全校集会なんて妙だとは思ったが、不審とまで考える生徒はいなかった。

 たっぷり時間をかけて全校生徒が体育館に集合した後もざわつく声は収まらない。


「なんだろうな、いったい」

「うん……」


 そんな中で冷二郎だけが神妙な顔つきをしていた。

 疑問を口にする楓真に生返事をして周りの状況を確認する。


 最低でも直央の居場所だけは把握しておきたい。

 翠がいなくなったことといい、嫌な予感がする。


 初老の校長先生が台上に立った。

 彼はざわつく生徒たちを注意するでもなく話を始める。


「えー、今日は警察ブシーズの方から指導が入りましてー」


 警察ブシーズという言葉に体育館中がどよめいた。

 壁際に並ぶ教師たちも寝耳に水だったようで驚き顔を浮かべている。


 すると舞台の袖口から奇妙な格好の女が現れた。

 おおよそ学校には似つかわしくない黒を基調にした露出度の高い服装。

 主に男子生徒たちから好奇の声が上がるが、彼女が校長からマイクを奪って話し始めると、騒ぐ声はすぐに収まった。


「俺様はウォーリアだ」


 体育館の中がまるで水を打ったように静かになる。

 大体の生徒はウォーリアという言葉をなんとなく知っている。

 ただし、それは警察ブシーズの特殊部隊の名称らしいという程度の認識である。


 壇上の露出度が高い女と特殊部隊の人間というイメージが結びつかない。

 反面、なぜ学校にそんな人がやってくるのかという疑問が渦巻いている。


 まさかの事態が起こったと気付いて青ざめた人間は果たして冷二郎以外に何人いただろうか。


「とりあえず説明するのも面倒なんで、テメエら全員――」


 ウォーリアを名乗る女が片手を上げた。

 銃器で武装した警察ブシーズ隊員が体育館中の扉を開け放って突撃してくる。


 叫び声が上がる。

 扉近くにいた生徒の中にはとっさに逃げようとして銃床で殴られた者もいた。

 台上のウォーリアの女は顔を愉悦に歪めながら命令を下す。


「死ねや!」

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