第八話 正体がバレた!?  学校に迫る悪魔の罠!

1 いつも通りに始まる日

 薄暗い都内のホテルの一室で。

 アキナは自らの裸身を鏡の前に晒していた。


 腹部から胸にかけて大きな刀傷が三つ。

 左肩には強く擦った痛々しい痕が残った。

 ディスタージェイドに殴られた右頬は真っ赤に腫れている。


 醜い傷を付けられた己の身体。

 この光景を脳裏に焼き付ける。


 アキナはかつてないほどの怒りに打ち震えていた。

 その瞳にはうっすらと涙すら滲んでいる。


「許さん……絶対に許さんぞ、ディスタージェイド……ディスターカーネリアン……!」


 この身体を傷つけた二人の怨敵の名を呟く。


 アキナは三度の敗北を喫した。

 クロスディスターの攻撃はNDリングの守りを容易く抜ける。

 銃弾を食らっても多少の疼痛程度で済むはずのこの肉体に痛みを思い出させられた。


 この間の戦闘でアキナは痛みと恐怖に動揺。

 あろうことか我を忘れて叫び逃げ惑うという醜態を晒してしまったのである。


 あの時はなんとか東京中に張り巡らされた抜け道を使って逃走に成功したが、奴らに追いつかれていたら殺されていたかも知れない。

 そう考える思うと今も震えが止まらない。

 それが彼女のプライドをより酷く傷つける。


 絶対に払拭しなければならない。

 この怒りを、この恐怖を、この屈辱を。

 そのためにはもう手段なんて選んでいられない。


 アキナはベッドの上に放り投げたままのヒビが入った携帯端末を手に取った。


 通話先は東京市庁治安対策課。

 呼び出し音が鳴っている間に端末を握り潰さないよう力を抑えるのに苦労した。

 五コール目で相手が出るなりアキナは用件を告げる。


「認識番号GD054東京治安維持部隊ガッデスのアキナだ。市街地特別作戦の許可を取りたい」

『と、特別作戦……?』


 治安対策課の下っ端職員が戸惑いの声を返してくる。


『考え直してください。それはあまりにリスクが大きすぎます』

「いいから許可しろ。俺様はウォーリアだぞ」


 職員は思い止まるよう説得したが、アキナは有無を言わせぬ剣幕で押し切った。

 しばし説得とも恐喝ともつかないやりとりを続けた後、折り返し報告するとの言葉を残して通話は切れる。


「特別作戦か。どうやら本気で片を付けるみたいだね」


 部屋の隅にフードの本社ウォーリアがいる。

 急に姿を現すのはいつものことなので驚きはしない。

 裸身を見られた恥じらいなどはなく、アキナは彼の方を振り向いた。


「そのつもりです。奴らはこの手で八つ裂きにしなければ気が済みません」


 内地のウォーリアはブシーズの上位機関として大きな独自権限が与えられている。

 だが基本的にその行動は一般の国民の安寧を大きく乱さない範囲に限られる。

 それ以上のことが起こる場合には行政機関に許可を取る必要があるのだ。


「まあ、許可は下りると思うよ。クロスディスターがさらに増えたってのは由々しき事態だ。脅威度は低いとは言え早いうちに片を付けてもらいたい」

「面目次第もございません」

「責めているわけじゃないって。どっちにせよなんでもありの許可さえ出ればガキ二人を消すくらいわけないだろうしね。ウォーリアを舐めてる愚か者にキツいお灸を据えてやってくれ」

「はい」


 本社のウォーリアは低い声で笑い、部屋の暗がりに移動する。

 気がつけば部屋のどこにもいなくなっていた。


「クソ野郎がっ!」


 一人残されたアキナは怒り任せに壁を殴りつける。

 彼女の拳は容易く壁を貫いて廊下へ繋がる風穴を開ける。


 この程度の暴力では少しも気が紛れない。

 猛る心を静めることができるのは奴らの血と絶望しかない。

 アキナが腕を壁から引き抜くと同時に携帯端末が鳴った。




   ※


 ディスタージェイドになって初めての休日。

 翠はベッドの中で昼近くまで惰眠を貪っていた。


 この数日はいろいろと大変なことがあったが、何より大変だったのは女の身体とバレないように気を使い続ける学校生活であった。

 それに比べたらウォーリアやロボット兵器との戦いなどなんてことはない。


 自然に目を覚ました時はすでに十一時半を回っていた。

 とりあえずベッドから出て伸びをする。

 パジャマから動きやすいシャツに着替える。


「つ……」


 胸の先端に衣服がこすれた時のわずかな痛みに顔をしかめていると、ベッドの下から這い出てきた猫のリシアがからかうような声で言った。


「ブラジャーくらいつければいいのに。形が崩れても知らないよ」

「いつまでも女の身体でい続ける気はねえよ」


 流石に初日のような気まずさはないとはいえ、未だに女になった自分の身体を注視するのは気が引ける。

 こんな身体になっても翠の心はまだ健全な中学生男子なのだ。

 ましてや女装するような趣味は断じてない。


 外に出るときは厚手のセーターを着込んで体型(特に胸の膨らみ)を隠さなければならない。

 薄着でいられるのは家の中くらいだし、それも母親が出かけている時に限られる。

 夏前までにはどうにか元の身体に戻らないと暑くて死んでしまう。


「今日は服でも買いに行くか……」


 独り言を呟きながら部屋を出ると、リシアも後をついてきた。


「下着?」

「買わねえよ」

「もう開き直っちゃった方が楽かもよ? っていうかいつまでも隠し通せるものじゃないし、今のアンタすごく可愛いんだから女として生きたらモテるって絶対」

「気持ち悪いからそういうのマジでやめろ」


 すべての元凶であるにも関わらずリシアは翠の苦労を楽しんでいる節がある。

 言い合いをしながら階段を降り、とりあえず食事でも取ろうかとキッチンのドアに手をかけると、


「あ、おはよう翠。ずいぶんゆっくりだね」


 思わず手が止まった。

 ぎぎぎ、と機械のような動作で首を傾ける。

 何故かうちのトイレからクラスメートの冷二郎が出てきた。


「お前、なんで勝手に人ん家に上がってんだよ……」


 こいつにはすでに女の身体になっていることはバレているが、今のリシアとの会話を聞かれていたとしたら非常に気まずい。


「え、僕たちみんなちゃんと許可を取って上げてもらったよ」

「誰に」


 翠が尋ねると冷二郎はある方向を指し示した。


「よう、おはよ」


 心臓が止まるかと思った。

 翠はまたもゆっくりと声の方を振り返る。

 そこには眼鏡をかけた眠そうな顔の女性が立っていた。


「な、なんで……」


 日曜は朝から仕事のはずじゃないのか、という翠の疑問を先読みして彼女は……

 翠の母親である山羽輪は答える。


「休みをもらったのよ。久々に一人息子と会話をする時間を作りたくてさ」


 しかも母の肩越しに見えるキッチンには三人組の残り二人、頼太と楓真の姿も見えた。


 彼らは目を丸くして翠のことを見ている。

 薄手のシャツしか着ていないことを思い出し胸元を隠すがもう遅い。

 母親を含めた三人の視線と興味はしっかりと翠の胸部のふくらみに注がれていた。


 母は肩をすくめて翠に尋ねた。


「ねえ翠、あんたいつの間に性転換したの?」

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