10 秋山紅葉の闘い

「うおおおおおおっ!」


 乱戦に飛び込んだカーネリアンは、その手に握った二刀でガゼンダーの長槍を受け止める。

 あわや貫かれる寸前だったジェイドは目を見開いてカーネリアンを見た。


「お、お前、紅葉か?」

「話は後だ。まずはこいつらを倒すぞ」


 力任せに槍を振り払い、同時にガゼンダーの懐に飛び込む。

 一斬、二斬……素早く四度振われた双剣は甲冑に大きな傷を付けた。


「今だ!」

「よっしゃ!」


 カーネリアンが叫ぶと、彼の背を飛び越えてジェイドがガゼンダーの頭部に蹴りを叩き込む。

 ロボットの足が宙に浮いたところをカーネリアンが追い打ちの斬撃。

 三メートル以上ある巨体はたまらず地に倒れた。


「な、なんだと、クロスディスターがもうひとり!?」


 驚愕の表情を浮かべるウォーリアアキナ。

 紅葉はその顔を正面から睨み付け双剣を構える。


「……覚悟しろ」


 わき上がる力はまだまだ底が知れない。

 今の自分は確実にこいつを倒せるとの確信がある。

 しかし油断するほどウォーリアという存在を侮ってはいない。


「ぐ、ぐぬぬぬ……!」


 歯を食いしばって憤怒の形相を浮かべるアキナ。

 こうなったら閉じた空間はこちらにとって好都合である。


「うわっ!」


 背後でジェイドが短く叫ぶ。

 ちらりと肩越しに振り向くと、倒したはずのガゼンダーの甲冑がぴしりと音を立てて割れた。


 ロボットの中から人間大の灰色人形が飛び出す。

 それを見たアキナがにやりと笑う。


「うけけっ。まだ勝負はついちゃいねえんだよ!」


 あれはロボットの本体か。

 装甲を捨てた代わりに機動力を上昇させたのだろう。

 アキナが余裕を取り戻した所を見るにまだ見ぬ武装を持っているかも知れない。


 それがどうした。


「山羽翠、離れていろ」


 この手に宿った力は少年の恐れを吹き飛ばす。

 こんな奴らなんて少しも怖くないと教えてくれている。


「お、おう! 任せたぜ!」


 こちらの意図を察したジェイドが大きく後ろへ距離を取った。

 紅葉は、カーネリアンは今にも暴れ出しそうな力を解放する。


クロスソードダンス双刃演武!」


 双剣を握った手が、足が、身体が勝手に動く。

 溢れる力が腕から刃に流れていく。

 それは技でも型でもない。

 ただ何かに操られるように手の届く周囲のすべてを切り刻んでいく。


 重い鎧を脱ぎ捨て身軽になったはずの灰色人形は、その場から一歩も動くことなく必殺の十六連撃を受けて細切れになった。


「ば、バカな!?」


 カーネリアンが切り裂いたのは敵だけではなかった。

 空間にヒビが入り灰色い壁が音を立てて崩れ落ちていく。


「これで……終わりだ!」


 最後の十字斬撃を終えると、手に握った双剣が光となって虚空へ消える。




   ※


 二人のクロスディスターと一匹の猫。

 そしてウォーリアアキナは元の関戸駅前に戻って来た。


「お、おのれ、ディスターカーネリアン! 覚えておけよ!」


 ソードダンスの余波を食らったアキナは腹部や胸から血を流している。

 彼女は傷口を押さえながら捨て台詞を吐いて大きく飛び退いた。


 一旦信号機の上に着地。

 さらにもう一度跳躍をしようとした瞬間。


「逃がすか!」


 ジェイドは強く地面を蹴ってアキナに飛びかかかった。

 その横っ面を思いっきり拳で殴りつける。


「ぶべらっ!?」


 アキナはバランスを崩して車道に落ちた。

 そのまま彼女は怯えた表情を浮かべて一目散に走って逃げていく。


「ひ、ひぃーっ」

「待てコラ!」


 逃げるアキナと追うジェイド。

 二人の後を追いかけてカーネリアンも走った。

 しかし建物の角を曲がった時にはすでにアキナの姿は見られなくなった。


 仕留めることはできなかったか。

 しかし不様に敗退するウォーリアの姿を目にしたカーネリアンは……

 家名の記憶を取り戻した秋山紅葉はひとまず溜飲を下げた。




   ※


 閉じられた空間が消えると、駅周辺には帰宅ラッシュの人々が集まってくる。

 この格好では目立って仕方ないので二人と一匹は場所を変えることにした。


「あのビルの上でいいか」


 近くのビルの屋上に駆け上る。

 そこで翠に抱えられた猫は褐色の少女へと姿を変えた。


「猫が人間に変身した……!?」

「こっちが本当の姿だよ。あんたたちの変身と似たようなもんだ」


 そこで紅葉は彼女から詳しい話を聞いた。


「アタシの名前はリシア。クリスタ共和国の地下都市からやってきた」


 紅葉が借りたこの変身の腕輪はクロスディスターリング。

 クリスタ共和国の天才科学者が作り出した兵器である。


 彼女は紅武凰国の支配の根幹を支えるSHINEの秘密を探り出すという目的を持って活動しているらしい。

 そして圧倒的なパワーと危機回避能力を持つ超戦士クロスディスターとなった人間は、紅武凰国と戦う力を得ることができる。


「なるほどね。よくわかったよ」


 これはまさに降って湧いた幸運か。

 紅葉はウォーリアを凌駕するほどの力を手に入れたのだ。

 命運が尽きようとしていた所を彼女たちによって救われたのは間違いない。


「ってことで、アンタもアタシたちと一緒に戦おうぜ!」

「おい待て。オレは成り行きで戦ってるだけでまだお前に協力するとは言ってない」


 山羽翠はなにやら文句を言っているが、それは彼が紅葉に比べて危機感が薄い証拠だろう。

 彼は東京育ちで何一つ疑問を持つことなく二等国民として生活ができたはず。

 少なくとも、成人して次の振るいにかけられるまでは。


 紅葉は問う。


「もし僕がそれを断ったら、この力は返すべきだろうか?」

「そうだって言いたいところだけど、残念ながらもうアンタを元に戻す方法はないんだよね。っていうかアンタもすでに犯罪者でしょ? 次にウォーリアから狙われた時のためにもクロスディスターでいた方が良いと思うけど」

「それを聞いて安心したよ」


 どうやらこれは変身と言うよりも肉体改造に近いようだ。

 例えリシアが気に入らない行動を取ろうが力を没収されることはない。


「悪いけど、君たちと一緒には戦えない」

「なっ……」

「ほらな。普通はスパイに協力するとか嫌って言うに決まってるし」


 なぜか得意そうに腕を組みながら言う翠だが、紅葉が考えている事は少し違う。

 紅葉はあくまで彼女たちと『一緒に』戦うことを断ると言っただけだ。


「僕は僕のやり方で紅武凰国と戦うよ。少なくとも君たちの邪魔はしない」

「えっ?」


 もう学校に通ったりバイト先で働いたりする必要はない。

 むしろ翠がなぜ正体を晒しながら普通に生活しているのかわからないが、彼には彼の都合があるのだろう。


 秋山の者はいつの時代も闇に隠れる。

 それだけのことだ。

 自力でウォーリアの束縛から抜け出したあの人のように。


 紅葉はビルの縁に足をかけると、最後に彼らに向かって小さく笑みを浮かべた。


「この力はありがたくもらっておくよ。それじゃ、またいつか会うことがあれば」

「ちょっと、待ちなさ――」


 リシアの呼び止める声を無視し紅葉は夕暮れに紅く染まった街へと飛び込んでゆく。

 遙か西方の山並みの向こうには、天を貫く『クリムゾンアゼリア』の威容。

 紅に染まる巨塔は紅葉が全てを失った日と変わらぬ姿を讃えていた。

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