9 炎の二刀流剣士! ディスターカーネリアン爆誕!
「テメエはディスタージェイド!」
飛び退いたアキナはこれまでに見たこともないようなうろたえた声を上げた。
はがれ落ちた灰色の壁の向こうから現れた少女を指さして叫ぶ。
少女はそれを無視して猫となにやら喋っている。
……猫と?
「うわあ、マジで入れるとは思わなかった」
「ね、だから言ったでしょ。人がいないのは怪しいって」
「何もない場所に向かって必殺技を撃たせるとかなに考えてんだよ思ったけど、結果オーライだな。ビルに風穴空いてたけど」
猫が喋っているのにも驚いたが、この少女には見覚えがあった。
派手なフリルのついたワンピースドレス姿で、やたら増量した髪の色も異なるが間違いない。
「山羽翠……?」
紅葉が確認の声をかけると、山羽翠と思われる少女はこっちを向いて軽く手を上げた。
「よっ、転校生。助けに来てやったぞ」
やはり山羽翠で間違いない。
だがあの姿は一体なんだ?
しかも助けに来たって?
そういえばアキナは翠のことを知っているような口ぶりだ。
「ディスタージェイドオォォォーッ!」
アキナが地面を蹴って翠に接近する。
十数メートルの距離を一瞬で詰めてくる強靭な脚力。
実際に自分がやられた時はまるで瞬間移動をされたように思った。
それは端で見ていても同じだったが……
「ほっ」
突き出されたアキナの拳を翠は首を捻って避ける。
軽くしゃがみ込んで相手の懐深くへ入り、カウンターのパンチを叩き込んだ。
「ぐはっ!」
「よっと」
吹っ飛ぶアキナ。
追撃する翠。
彼女の脚力は先ほどのアキナを越える。
相手が防御の態勢を整える間もなく回し蹴りを叩き込む。
アキナは地面でバウンドして壁に叩きつけられた。
しかしすぐさま体勢を立て直して再び襲いかかる。
「クソがああああ!」
怒濤のごときラッシュ。
その拳はすべて翠に避けられる。
蹴りは防がれ、掴みは容易く外される。
そのたびに翠の軽いジャブのような反撃を浴びる。
強いなんてものじゃない。
あのアキナを、紅武凰国のウォーリアをまるで子ども扱いだ。
「オノレェェェッ!」
怒りの咆哮を上げ、アキナが懐から黒と紫のまだら模様をした球体を取り出す。
瞬間、紅葉は背筋が凍るような嫌な感覚を味わった。
何かわからないがアレはヤバい。
「出でよ、闇の眷属よ!」
アキナはそれを地面に叩きつけた。
球体が音を立てて割れ、紫の煙がわき上がる。
煙はすぐに消失し、紫色の鎧を纏った中世騎士のようなロボットがその中から姿を現した。
体長は三メートルほどで手には長くて太い槍が握られている。
兜の向こうの目が真っ赤に光った。
「行け、ガゼンダー!」
ロボットは巨体ながらアキナと同等以上の速度で翠に襲いかかる。
横薙ぎに振るった槍の直撃を受けた翠が吹き飛ばされる。
彼女はくるりと空中で体勢を立て直し、灰色の壁を蹴って反撃に転じた。
「ったく、またそいつかよ!」
翠の拳が甲冑に当たる。
しかしロボットはアキナのように簡単には倒れない。
繰り出される大振りの一撃をかわしながら、翠は隙を見て小さな反撃を繰り返した。
「な、なんなんだ、あれは……」
思わず呟いてしまう紅葉。
いつの間にか足下に寄り添った猫が疑問に答えた。
「それは紅武凰国の超兵器ガゼンダーのことかな。それともクロスディスターのこと?」
紅葉はぎょっとした。
間違いなく猫が喋っている。
しかも自分に話しかけてきている。
「クロスディスター……?」
それはあの山羽翠のことか。
いきなり現れてウォーリアを容易く手玉に取り、それ以上に恐ろしいロボットと互角に戦う少女。
少なくとも以前に会ったときはそんな素振りは微塵も感じさせなかった。
いや、あの時とは明らかに姿格好からして違うが。
「あれこそは紅武凰国の専横を正し、悪を滅する選ばれた正義の戦士クロスディスター!」
茶色い毛の猫は大仰な言い様で答えた。
視線の先で少女とロボットの超人的な攻防は続いている。
あの姿を見ていればあながち妄想のような大言壮語でもないと思えてしまう。
「そしてアンタにもその資格があるんだよ」
猫は器用に尻尾を振ると、腹の下に隠し持っていた金色の腕輪を紅葉へ放ってよこす。
「それはクロスディスターリングと呼ばれるもの。それを腕にはめて変身の言葉を叫べば、アンタも翠と同じクロスディスターになれる!」
「僕が、あんな風に……?」
紅葉が呟く同時に凄まじい音が響いた。
ロボットの攻撃を食らった翠が吹き飛ばされたのだ。
翠色の少女は外周の灰色の壁に強烈に叩きつけられ腰を地面についた。
「痛っ、ちちち……」
「よおしその調子だガゼンダー! もう一度攻撃を合わせろ!」
どうやら翠とロボットの戦いにアキナが割って入ったらしい。
さすがに二方向からの連携には対処しきれなかったようだ。
「マズいわ……翠はここに入るため必殺技を使って消耗してるし、二対一じゃ厳しいかも」
危機感を煽るようなことを言いながら猫はちらりと紅葉の方を見上げる。
紅葉は迷った。
あまりに突然降ってわいた状況に頭の整理が追いつかない。
だが、この猫の言うことが正しければ自分にもあの少女のような力が得られると言うことだ。
ウォーリアにも負けない力。
閉塞した状況を打ち破ることができる圧倒的なパワー。
だが何故自分に?
いったいどういう原理で?
そもそもこいつらは一体何者なんだ?
……考えるまでもない。
どうせこいつらが現れなければここが人生の袋小路だった。
ならばこれが神の恵みだろうと悪魔の囁きだろうと、受ける以外の選択肢はない。
「わかった、やってみる」
紅葉は腕輪を右腕に通して拳を振り上げる。
そして頭の奥から自然とわき出た言葉を叫んだ。
「クロスチャァァァジ!」
光が溢れた。
物質的な圧力すら持った圧倒的な光が。
その中から現れたのは一人の戦士。
頭の後ろで二つに結んだすらりと伸びる紅色の髪。
深緋色、朱色、白に近い桜色の三色で構成された和風の衣服。
胸の辺りに小さな結び目。
風に靡くミニスカート風の袴。
翠と印象は似ているが細部はかなり異なる。
どこかアニメキャラを思わせる派手な改造忍装束だった。
「炎の如く燃え上がる、強き意志持つ紅色の忍――」
少年は腕を大きく回し、左手を斜め上に掲げたポーズを取って言った。
「ディスターカーネリアン!」
※
大声で叫んだ後で、紅葉は自らが纏う衣服のように頬を紅潮させた。
恥ずかしい。
なんだ今のセリフは。
意味も脈絡もない謎の自己紹介。
何かに操られてるように自然と口から出た。
「よぉし、大成功! やったね!」
猫が足下で尻尾を立てて喜んでいる。
もしや騙されたのではと、嫌な予感が頭をよぎる。
が、それ以上に身体の奥から力がわき上がってくるのがわかる。
顔を上げるとジェイドこと翠はまだロボットとウォーリアを相手に戦っている。
二対一という劣勢ではあるが両者を上回る動きでよくしのいでいる。
「僕もあんな風に戦えるのか」
「精神を集中してみなさい。アンタだけの力があるはずよ」
ふわりと両手に浮遊感があった。
いつの間にかその手の中に二振りの剣が握られている。
どちらも刃渡り三〇センチほどの短い直剣である。
二刀の心得はないが、いけるという確かな確信があった。
変身した瞬間まるで目が覚めるように思い出したことがあるから。
「さあ行きなさい、伝説の戦士カーネリアン!」
「……ああ」
猫が発破をかける。
紅葉は刀を握って頷いた。
ディスターカーネリアン。
秋山紅葉、いざ尋常に参る。
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