2 秘密がバレた!?
死にたいと本気で思ったのは初めてだった。
テーブルに用意されている朝食はパンと卵焼きとサラダ。
今すぐこのバターナイフで喉を掻っ切ってしまえたらどれほど楽だろう。
六人がけのテーブルには翠の左右に頼太と楓真、斜め前に冷二郎。
そして正面には母親の輪が座っている。
まさに針のむしろ。
ニコニコと笑っている冷二郎以外の三人は好奇の目で翠の身体を見ている。
とくに胸部をまじまじと。
下手に恥ずかしがって隠したらそれこそ女の子みたいだと思い必死に耐えること数分、最初に口を開いたのは冷二郎だった。
「ゴメンね翠。二人には内緒にしておくつもりだったんだけどさ」
「お前か……」
つい昨日、みんなには黙っておくと言ったのはなんだったのか。
翠は恨みを込めた視線を彼にぶつけるが、冷二郎は平然と受け流してしまう。
「でも僕が喋ったわけじゃないよ。お母様にイエスかノーかで聞かれたら肯定するしかないじゃないか。嘘をつくわけにはいかないもの」
翠は視線を正面に向けた。
母は呆れたように深くため息をついている。
「あたしが気付いてないとでも思った? そりゃ仕事ばっかりで面倒見もよくないダメな母親だけどさ、息子が急に不自然な厚着をしたり部屋で急に叫び出したり、奇妙な行動を取り始めたら普通は変に思うでしょ」
「う……」
母は仕事が忙しく子どもには無関心な人である。
特に中学に入ってからは親子の会話もかなり少なくなった。
別に寂しいとかそういうことはなく、親というのはそういうものだと思う。
とは言え親は親、子どもが思っているよりも敏感に変化を察知するものらしい。
「まあまあ、こうなったら正直に話しちゃった方がいいって」
「ちょ、おまっ!」
そう言い出したのはいつの間にかダイニングに入ってきたリシアである。
ちなみに人間モードではなく猫の姿のままだ。
「猫が喋った!」
これには流石の冷二郎も目を丸くしている。
ちょっとのことでは動じない彼の驚き顔は非常に珍しい。
そんなものを見て気が晴れるわけでもないが。
そんな現状を以外にも冷静に受け入れているのは輪である。
「こんにちは猫ちゃん。あなたがうちの息子に道を踏み外させた元凶かしら」
「ま、そうと言えなくもないかもね」
リシアはぴょんとテーブルの上に飛び乗って輪の前に座り込む。
輪はそんな猫の喉元を指先でころころと撫でた。
「なんで普通に会話してんだよ! 猫が喋ってんだぞ!」
「そりゃ驚いたけど、息子が女の子になっていたと知った時ほどじゃないわ」
いや、それはそうだけど。
だからといって常識的に考えてさ。
もっとこう、疑うとか驚くとかないのかよ。
「それで、あなたは何の目的があって私の息子を女の子にしたのかしら? 理由次第では簀巻きにして保健所へ連れていくことも考えているけれど」
さりげなく怖いことを言う母。
リシアはどう返すかと息をのむ翠だったが、この猫は少しも気負わずにあっさりと答えた。
「詳しくは言えないけど、おたくの息子さんには悪の国家と戦う正義のヒーローになってもらったんだ。女体化はその副作用であって目的じゃないよ」
「そう、ならいいわ」
「いいのかよ!」
翠は思わず大声で突っ込んでしまった。
「っていうかリシアもぶっちゃけすぎだろ! それ話していいのかよ!」
いくらなんでも適当にも程がある。
あっさりと受け入れる母もおかしいけど。
「おいおい、マジかよ……」
「悪の国家って、何?」
頼太と楓真は翠とリシアを交互に見比べながら呟いていた。
そうそう、これが普通の反応だよ。
「世の中には不思議なことがいくらでもあるものよ。学生時代は漫画の主人公みたいな男の子と友だちだったこともあるし、私としては息子が変態じゃないとわかっただけで安心よ」
「適応力高すぎだろ……」
母親の意外な一面を知って翠は複雑な気分になった。
「ねえ翠。本当のことを言うとね」
「な、なんだよ」
テーブルに顎肘をついた母は一転して真剣な表情になる。
翠は何を言われるのかと身構え、彼女の口が開くのを待った。
母は言う。
「あたし実は女の子が欲しかったの」
「そういうこと言うのやめてくれる!? なにそれ、オレの今までの人生全否定!?」
「あなたのことは愛してるわ。でもあなたがやっと乳離れして、もう一人くらいこさえるかと思ってた矢先に旦那が出張中に蒸発しちゃって、本当にあたしもう悔しくて」
「やめろ! そういう生々しい話は聞きたくない!」
「ねえねえ翠、そのヒーローってのは変身してなるものなの?」
「ちょっと黙っててくれねえ冷二郎!? いま家族の大事な話してんだからさ!?」
こいつはこいつでとことん空気の読めないやつである。
頼太や楓真が気まずそうに視線を彷徨わせているのとは対照的だ。
っていうかこいつらもさっきからチラチラと人の胸を見てんだけどマジで止めろ。
「いえ翠、変身だかなんだか知らないけどやりなさい。あたしも不思議なことには慣れてるつもりだけど、そんなアニメみたいなことが現実に起こるならこの目で確かめたいわ」
「いやマジで勘弁して」
「ならやっぱり菓子折を持って学校に挨拶しに行こうかしら。うちの息子が女の子になっちゃいましたけど、今後も先生方一同よろしくお願いしますって」
秘密をバラされたくなかったら変身しろとかひどすぎると思う。
何かを期待するような四つの視線がこっちに集まっていた。
助けを求めるつもりでリシアの方を見るが「仕方ないだろ」とでも言いたげな苦笑いをしているだけだ。
周りは全員敵である。
逃れることはできなさそうだ。
「わ、わかったよ。やるよ」
翠は椅子から立ち上がる。
そしてテーブルから一歩下がって軽く咳払いをした。
そして右腕のCDリングを掲げ、大声で叫――
「クロスちゃぁぁぁ……っ」
べなかった。
不服そうな顔の母が睨む。
「なにやってんのよ」
「いやだって、めっちゃ恥ずかしい」
これまで変身した時は敵が目の前に迫ってるとかわりと切羽詰まってる状況だったから気にせずに大声も出せた。
しかしこんなふうに見世物みたいに注目を受けている中で叫ぶのは非常に恥ずかしい。
翠はもう耳まで真っ赤だった。
「やっぱり変身なんて嘘だったのね……私の息子はただの変態だったんだわ」
母は顔を押さえて鳴き真似なんてしてみせる。
歳を考えろと言いたい。
ああもう、わかったよ。
やれば良いんだろやれば!
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