10 それでも日常は続く
感情のないロボットらしく、ガゼンダーはポーズを決めている間にも襲いかかってきた。
「おらあっ!」
ジェイドは軽く身を沈めて正面からカウンターパンチを合わせる。
激しい打撃音が響いて三メートルある巨体が吹っ飛んでいく。
「しゃ!」
殴り返した拳はさっきと違ってまったく痛くない。
しかも髪が増えてうっとうしいはずなのに、むしろ身体は軽かった。
身に起きた変化を足下のリシアが説明してくれる。
「クロスディスターは髪からSHINEを吸収して力にして強化ドレスで身を守るんだ。着替えるのも髪を切るのも構わないけど、戦闘前にはリセットしなきゃ」
「そういうことは早く言ってくれよ」
さらに言えば、さっきまで胸の奥に澱のように溜まっていた嫌な感じは完全に霧散していた。
RACが消えたわけではなく、ディスタージェイド本来の力を取り戻した今となってはあのロボットもウォーリアも恐れるに足りないということだ。
「っていうか、変身するたびに服がなくなるのは勘弁して欲しいぜ! 黒染めも無駄になったし!」
自然と心に余裕も出てくる。
戦い終わった後の事も考えられる。
「終わったらまた着替えればいいだろ。それよかさっさとあいつらやっちゃってよ。少なくともあのロボットだけでも破壊しないとここから出られそうにないよ」
「ああ、そうだな」
反対側の壁に激突して止まったガゼンダーは巨体を地面に横たえていた。
ジェイドはゆっくりと歩いて敵ロボットに近づいていく。
上では顔を歪めたアキナが叫んでいた。
「何をしているガゼンダー! そんなガキごときに手こずるな!」
その声に応えたわけではないだろうが、ガゼンダーはのっそりと再び立ち上がる。
ガゼンダーが完全に起き上がった頃、すでにジェイドは手前五メートルまで近づいていた。
相手の攻撃に備えて構えを取る姿はもうエセボクサースタイルではない。
隙の無い歴戦の拳士を彷彿とさせるものだった。
「くっくっく。まさか封じられた禁断の兵器がこの程度と思ってはいないだろうな?」
アキナはいつの間にか手に何かのリモコンのような物を持っている。
その先をガゼンダーに向け甲高く哄笑しながらボタンを押した。
「コイツには第二形態があるんだよ! テメエを一瞬にしてミンチにしちまうような、恐ろしい戦闘形態がなぁ!」
ガゼンダーの鎧の腹部が大きく割れた。
中から真っ赤な光を放つ一つの『目』が現れる。
背筋を突き抜けるような悪寒が駆け巡た瞬間、ジェイドは無意識のうちに動いていた。
「うおおおおっ!」
一足飛びに距離を詰め、最も装甲の厚い右足の付け根に拳を突き立てる。
打撃を受けたロボットの腹部の赤い目が急速に光を失っていく。
「なっ!?」
鋭敏さを増したRACが自動的にジェイドの身体を動かした。
巧妙に隠された敵の弱点へと的確な攻撃を加えるために。
「クロスッ、シューーートォ!」
右腕から放出される翠色の高エネルギー。
ジェイド必殺の一撃はガゼンダーの右大腿部に大きな風穴を開けた。
物言わぬロボットは自重に押し潰されて斜めに傾いでゆき、やがて真っ二つに折れる。
ロボットを貫いたことで威力が減衰されたのか、前回のように閉鎖空間を破るには至らなかった。
ジェイドは自分の右手を眺め、閉じたり開いたりしながら残っているエネルギーを確認する。
具体的な数値では表せないが、感覚的に今の必殺技ならあと二、三回は余裕で放てるだろう。
さらに時間を稼げばこの異常な量の髪が周囲のSHINEを吸収してエネルギーを回復する。
看板の上のアキナを見上げる。
ボンテージ衣装に身を包んだウォーリアの女はわなわなと震えていた。
「く、く……ディスタージェイド、次こそはこうはいかねえぞ!」
ぱり、ぱり、ぱり、と音を立てて灰色の壁がガラスのように割れていく。
やがて粉々に砕けた閉鎖空間の向こうから新宿東口の景色が現れた。
アキナの姿はもうどこにもない。
※
「やれやれ、また逃がしちまったか」
リシアがジェイドの足下に寄りながら残念そうに言う。
「追い返しただけでも十分だろ。また来るなら次こそやってやるさ」
「そう毎度上手くいけば良いけどね」
楽観しているジェイド……翠は、無人だった東口に次々と人が集まってくるのに気付いた。
地下口から、路地裏から、ビルの中から現れる無数の人々。
今までどんな理由があってこの近辺に人がいなかったのかはわからない。
とはいえ翠が閉鎖空間から出てくるところは見られなかったようで一安心である。
だが、別の問題があった。
「なんだあれ、コスプレ?」
「きゃあ! あの子かわいいー!」
翠色の異常な量の髪。
ひらっひらのバトルドレス姿。
どう見てもアニメのコスプレイヤーそのものである。
こんな格好を衆目に晒すというのは中身男子中学生の翠にはとても耐えられるものではなかった。
「うげっ、やべえ!」
この前と違ってまだ日も高い。
クロスディスターの脚力を全開にして逃げるわけにもいかない。
周りからの好奇の目に耐えながら翠はそそくさと小走りで地下道入り口の方へと向かった。
「にゃはは。ま、そのうち慣れるって」
無責任に笑う猫のリシア。
さすがにこの格好では電車にも乗れない。
翠はこれからどう行動するか真剣に悩んだ。
歩いて自宅まで返るか、どこかで服を買って髪を切るか。
正義の味方……もといテロリストも楽じゃない。
※
二着目になったバトルドレスは押し入れに突っ込んで制服に着替えた。
昨晩は十時にベッドに入ってぐっすり睡眠を取った。
朝食はパンを二枚食べて顔も洗った。
髪も切って黒く染めた。
翠は伸びをして玄関のドアに手をかける。
「おし、行くか!」
「行くか、じゃない!」
駆け寄ってきたリシアが文句を言う。
「なに普通に学校に行こうとしてんだよ! アンタはクロスディスターの自覚がないのか!?」
勝手なことを言うリシア。
翠はムッとして反論する。
「別にお前に協力するって決めたわけじゃねーし。俺がどう過ごすが勝手だろ」
「アンタがどう思ってようがウォーリアに狙われてるのは昨日のでわかったでしょ! またいつどこで襲ってくるかわかんないのに、普通に登校するとか馬鹿なんじゃないの!?」
「髪を切ってもRACは残ってるんだろ。もしヤバい予感がしたら適当なところにおびき寄せてぶっ飛ばしてやりゃいいさ」
「そういう問題じゃ……」
こんな身体になってしまったことはもう仕方ないと諦める。
無理やり締め付けた胸の辺りが多少苦しいが、男のフリをして生きていけないこともない。
幸いにも多少の無茶を通す力や身体能力はあるのだ。
とにかく、こんな事で日常が壊されるなんてのはゴメンである。
翠は深く考えるより割り切って今まで通りに生きていこうと決めた。
「心配ならお前も学校に来いよ。教室は無理だけど敷地内によく猫が入ってきてるし一緒に遊んでりゃ良いじゃん。それか人間状態で転校生にでもなってみるか?」
「どっちも結構。本物の猫とコミュニケーションとれるわけじゃないし転入工作するようなコネも手段も持ってない」
「役に立たない猫だなあ……」
大それたことやろうとしてるわりに何から何まで他人頼りな奴である。
「うるさいな。アタシの役目は協力者を見つけることだから良いの! あー、もういいわ。学校でも何でも勝手に行け。アンタが遊んでる間に別の協力者を探すから」
「わかった。そんじゃな!」
翠は話を強引に切り上げ鞄を片手に玄関から飛び出した。
背後で露骨なため息の音が聞こえてきたのは無視する。
少女戦士となってしまった少年であるが、まだまだ日常を捨てるつもりはないのだった。
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