9 襲撃! 闇のロボット兵士!

 護国通りに出た途端、強い危機感が湧き上がって来た。

 翠はそれを強引に意志の力でねじ伏せて前に進む。


 相変わらず街は人で溢れかえっている。

 けれど何故か翠たちが行く先は海が割れるように人垣が割れた。

 何かに導かれるように一本の道が作られている。


 そして東口ロータリーにつく頃には辺りには人っ子ひとりなくなっていた。

 深夜でもあり得ない、無人の新宿駅前という異常な光景。

 翠の不安感はすでに最高潮に達していた。


 そして煙のように現れた一人のボンテージ姿の女を前にして唾を飲み込む。

 彼女が足を三度踏み鳴らすと景色がぐにゃりと歪んだ。

 以前のように灰色の壁が周囲を塞ぐ。


「ウロチョロしやがって。手間をかけさせるんじゃねえよガキが」


 アキナという名のウォーリアである。

 翠が隠れることを止めた途端に間を置かずに姿を現した。

 この灰色の空間は彼女の固有能力とやらで作った特殊な異次元である。


「来たな……!」


 こうして立っているだけでもその威圧感がわかる。

 さっきまでのチンピラなんかとは格が違う本物の戦闘職。

 やはり、さっきから感じてた気持ち悪さの正体は彼女だったのだ。


 翠は反射的に構えを取る。

 といっても彼に武術の心得はなにもない、

 見よう見まねのボクシングもどきのファイティングポーズである。


「お前の目的はなんだ」


 リシアは世界のために活動してると言ったが、あくまで外国のスパイである。

 できれば犯罪者にはなりたくない翠はとりあえずアキナとの会話を試みてみた。


「決まってんだろ。テメエをぶっ殺してそのリングを持ち帰るんだよ」

「じゃあさ、これを黙って渡すって言ったらどうする?」


 ちらりと斜め後ろにいる猫の様子を見る。

 リシアは表情を変えずにアキナの方だけを見ていた。


「ふざけてんのかテメエ。そんな見え透いた駆け引きが通用すると思ってんのか」

「あ、いや、別にそういうわけじゃ……」

「どっちにせよ俺様に泥を付けたテメエはぶっ殺さなきゃ気が済まねえ。グダグダ言ってねえでさっさとかかって来いよ! ディスタージェイド!」


 一度ぶっ飛ばしてしまった手前、話し合いをする余地はなさそうだ。

 どうやらかなりプライドを傷つけてしまったらしい。


 今まで十四年間生きてきて一度も向けられたことのない強烈な殺気。

 怖じ気づきそうになるが、改めて戦わなきゃいけないということを自覚する。


「ま、殺されるわけにはいかないもんな」


 覚悟は決めた。

 前回だってやれたんだ。

 きっと今回も負けやしないさ。


「おっと待った! 今回テメエの相手をするのは俺様じゃねえ!」


 アキナはそう言って懐から何かを取り出した。

 紫と黒のまだら模様を描くソフトボールくらいの大きさの球体である。


 一見してそれが何かはわからないが、取り出した瞬間に例の嫌な感覚が強烈に膨らんだ。

 翠が警戒して後ろに下がるとアキナはそれを地面に強く叩きつける。


「出でよ、闇の眷属よ!」


 地面にぶつかった球体がパリンと音を立てて割れる。

 もうもうとわき上がった紫色の煙が視界を隠す。


 警戒しながら様子をうかがう。

 中から何かが飛び出してくるのか。


 煙は短時間のうちにすぐ晴れた。

 視界が晴れた後には二足歩行のロボットらしきものが立っている。


 体長は三メートルほど。

 紫色の鎧を纏った重装甲の中世騎士のような出で立ち。

 右手には翠の身長よりもずっと長い剣、左手には体の半分を隠す巨大な盾を持っていた。


「こいつは旧ラバース製の実験兵器でな。戦闘力は高いがまともな制御ができずに開発途中で放置されててたらしいが、俺様の『固有能力』の中なら十分に使えるオモチャになるぜえ!」

「ますますアニメの敵キャラかよ……」


 茶化す翠だが、緊張感は決して解けない。

 この謎のロボットがアキナよりも恐ろしいことを肌で感じているからだ。


「行け、ガゼンダー! そのクソガキをぶっ殺してやりな!」


 アキナは大きく跳んで灰色の壁の上へと逃げた。

 なるほど、制御ができないなら近寄らなければいいってことか。

 この空間の中で翠に逃げ場はなく、生き延びたかったらこいつを倒すしかないのだ。




   ※


 ガゼンダーとかいうロボの目が赤く光る。

 鈍重な動作でこちらを捕捉したかと思うと、急にすさまじい勢いで飛びかかってきた。


「うわっと!」


 振り下ろされる剣を翠は横に跳んで避けた。

 三回転ほど地面を転がってから膝を立て起き上がる。

 一秒前まで立っていた地面が割れ、アスファルトが大きくめくれ上がった。


 まるで高速重機。

 とんでもなく凄まじい威力の攻撃だ。

 生身であんなのを食らえば間違いなくミンチである。


 だが、今の自分なら負けないはずだ!


「うおおおおっ!」


 地面を蹴ってガゼンダーに接近。

 鎧のど真ん中に全力で拳を叩き込む。

 しかし。


「痛ってえ!」


 ガゼンダーの巨体は揺るがない。

 ギギギ……と鈍い音を立て身体を横に向ける。

 痛がっている翠に容赦の無い横薙ぎの斬撃が浴びせられる。


「うわーっ!」


 ガゼンダーの持つ武器は剣のように見えるが切断力はない。

 言ってみれば巨大な棒のようなもので、そのぶん衝撃はすさまじい。

 まともに食らった翠は吹き飛ばされ灰色の壁に思いきり背中を叩きつけられた。


 呼吸が止まる。

 背中に鈍い痛みが走る。

 その場で尻餅をつき、あまりの痛みに激しく咳き込んだ。


「ごほっ、がはっ……ぐっ!」


 視界に影が差した。

 ガゼンダーはすでに目の前に迫っている。


「く、くそっ!」


 踏みつぶされるのを避けるため前転して敵の股下をくぐり抜ける。

 立ち上がり様に小さくジャンプして鎧の背中を蹴って反動で遠くに逃れた。


 戦闘中に痛がって動きを止めてたらやられるだけだ。

 気を抜いてる場合じゃないと翠もさすがに学んだ。


 制御できないという言葉通り、こいつは他人の都合なんて関係ない。

 目の前の動くものをとにかく破壊するマシーンなのだ。


 このロボットは強い。

 速さと硬さを兼ね備え、攻撃が全く通じない。

 チンピラ相手に調子に乗っていた翠の自信は数秒のうちに打ち砕かれた。


「ヤバい、どうしよう……」


 今さらやめてくれと言ったところで無駄だろう。

 翠は軽いパニック状態に陥っていた。


 何とかなると思ったのにまったく手も足も出ない。

 やはりRACが知らせた悪い予感に逆らうべきじゃなかったのか。


「なんだアイツ。あの程度ならガゼンダーを引っ張り出すまでもなかったじゃねえか……」


 アキナの呆れたような声が頭上から聞こえてくる。

 確かにあのウォーリアを倒したときに感じた力はこんなもんじゃなかったはずである。


「なにやってんだよ、早くエネルギーをチャージしろ!」


 リシアの声が響く。


「えっ?」

「その姿のままじゃ全力は出せないんだ! 早く変身の言葉を叫べっ!」

「えっと、えっと……」


 まだ頭は混乱したままだったが、やるべき事はすぐにわかった。

 翠はクロスディスターリングをはめた左腕を高く掲げ、あの言葉を叫ぶ。


「クロス、チャアァァァァジッ!」


 リングを中心に凄まじい光の奔流が駆け巡る。

 それは物質的な圧力すら持った圧倒的な光。


 光の中から現れたのは一瞬前までとは違った姿の自分。


 ふわりと拡がる髪。

 翡翠色、黄緑色、緑がかった白の三色のワンピースドレス。

 膨らんだ胸の辺りには大きなリボンがあり、両袖とスカートのフリルが風に靡く。


「大地に芽吹く木々の葉よ、調和と命司る、われ翠色の愛戦士――」


 翠は……

 いや、翠色の戦士、ディスタージェイドは腕を高く振り上げた決めポーズを取った。


「ディスタージェイド!」

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