8 力の自覚

「おいコラ、ねえちゃんたち」

「は、はいっ!?」


 怖い人が翠たちの横に立ち、掌で思いっきりテーブルを叩く。

 血走った目で上から睨み付けられた翠は思わず姿勢を正してしまった。


「そこはワシらの席なんじゃがの。どいてもらえんか」

「わ、わかりましたっ」


 こういう場所の店にはやはり常連がいて、暗黙のルールがあるのだろう。

 さっきのウェイトレスが引きつった顔をした理由も今ならわかる。

 何も知らない中学生がこの方たちの指定席に座ったからだ。


 幸いにもまだ注文した飲み物は来てないし、テーブルも汚していない。

 素早く席を立ってそそくさと立ち去ろうとする翠だったが……


「ぐげ」

「待ちぃやねえちゃん。無断でワシらのシマを占有した席料を置いていかんかい」


 襟首を掴まれて押さえ込まれる。

 あからさまに因縁を付けられてしまった。


 っていうかねえちゃんって。

 この人たちにも女に見られてるのかと思うと気分が沈む。


「そっちのおめえもだよ外人の嬢ちゃん。いつまで暢気に座ってやがんだ」


 ちらりと見ると、この状況でもリシアは席を立とうとしていなかった。

 こんな奴らは少しも恐れていないと言いたげにテーブルに肘をついてニヤニヤと眺めている。


「なあ翠」

「な、なんだよ」

「いまRACはどうなってる?」

「オイ!」


 無視されてると思ったのか強面たちは威圧的に顔を歪めた。

 男がテーブルの脚を蹴るがリシアは動じず翠の方だけを見てる。


「い、いや、別に……」


 普通は中学生がこんな怖そうな人たちに絡まれたら人生の終わりのような気分になるだろう。

 下手な対応をすれば殺されるとまではいかないもののボコボコに殴られる可能性は十分にある。


 なのにこの人たちが店に入ってくる前はもちろん、現在もRACは働いていない。

 最初こそ高圧的な態度にビビったものの不思議と冷静な自分に気付いて翠は戸惑った。


「やっちゃえよ」

「あ?」

「……わかった」


 翠は自分の襟首を掴んでいるパンチパーマ男の横っ面を軽くグーではたいた。

 それだけであっさりと拘束は解かれ男は気を失ってその場に崩れ落ちる。


「えっ?」


 さらに隣の男の髪をひっつかみ、そのまま勢い任せに床に叩きつける。

 ぐじゃっと嫌な音が響いたのは床が割れる音だったと思いたい。

 立ち上がった翠は最後に一人残った傷の男を睨みつけた。


「ひっ……」


 落ち着いてみれば、こんな奴らは少しも怖くない。

 中学生相手に凄んで金を騙し取るようなチンピラの中でも最下級の奴ら。

 見た目だけ怖そうに振る舞っても実力は昨日戦ったウォーリアの足下にも及ばない。

 クロスディスターになった翠にとって、こんなチンピラなんて脅威のうちにも入らなかった。


「う、うわあああっ!」


 傷の男は仲間を見捨てて一目散に退散する。

 翠はそれを追うことはせず、ぽかんと自分の手を眺めた。


「すげえ……」


 昨日の戦闘でわかっていたが、こうして現実的な怖い奴らを相手にしてみて、改めて自分が手にした力のすごさに気付く。


 爽快感と優越感。

 翠は気分が高揚していた。


「ん、なにやってんだ?」


 ふと見ると、リシアが倒れた男の横でしゃがみ込んでいた。

 スーツの中に手を突っ込んでニヤリと口の端を歪める。

 胸ポケットから取り出したのは茶色い財布だった。


「戦利品」

「ぷっ」


 二人は声を出して笑う。

 思えばこいつもたいしたものである。

 太平洋の向こうの地下都市から世界を救うためやってきたスパイ。

 その胆力は伊達じゃなく、日本のチンピラなんかは最初から恐れてもいないようだ。


 リシアは改めてテーブルに着くと蒼白な顔でこちらを見ているウェイトレスに向かって言った。


「ところで、アイスティーはまだ?」




   ※


 喫茶店を出た翠たちは新傾町の裏路地で今後のことを相談した。


「で、アンタとしてはこれからどうすべきだと思う?」

「この辺りにいる限りは安全だと思うけど……」


 先ほどから何度か大通りに近づこうとしてみたが、そのたびにあの嫌な感じが襲ってくる。

 新傾町から出れば本当に危険な相手に見つかってしまうとRACが告げているのだ。


「家に帰れないのは嫌だよなあ」


 ここにいれば安全だとしても、こんな辛気くさい町に閉じ込められるのは好ましくない。

 下っ端のチンピラを倒したことで反社会組織からも目を付けられてしまった。

 このままだと際限なく面倒事に巻き込まれ続ける可能性もある。


「でも、死ぬかも知れないほどの脅威ではないんだろ?」

「よくわかんないけど、多分……」


 さっきと比べると力への自覚が変わったせいか、外に出ようとした時に感じる嫌な感覚の中にわずかな変化が混じっているのに翠は気付いていた。

 危険ではあるがやってやれないことはないと思う。


「一生ここに隠れてるわけにもいかないし、イチかバチか挑んでみるか」

「戦うのはオレなんだけどな。まあ別に良いけど」


 翠は拳をぎゅっと握り締めて歩き出した。

 この力があれば恐れるものなんかそうそうない。

 リシアはフッと笑うと猫の姿に戻って翠の隣を歩いた。


 二人が去って行った裏路地には十名ほどのチンピラがボコボコになって倒れ伏していた。


 その中には仲間を呼びに戻った傷の男も含まれている。

 翠は自信を付けさせてくれた彼らに感謝してその場を立ち去った。

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