第七話 炎の二刀流剣士! ディスターカーネリアンは転校生!

1 中村青年福祉園の朝

 中村青年福祉園の朝は早い。


 園で暮らす少年たちは日が昇る前に起きて朝の掃除から始めなければならない。

 前日の消灯が九時だから早起き自体は辛くないが、掃除の手を抜くと園長の雷が落ちるので気は抜くことはできなかった。


 二〇人の少年たちのうち当番の五人が途中で切り上げて朝食の用意をする。

 今日は紅葉くれはも食事係の一人だった。


 園長の分も含めて二十一人分の食事を作るのはわりと手間がかかる。

 二人が米を炊く係、もう二人が魚を焼く係で、紅葉は大きな鍋で味噌汁を作る係だ。


 鍋に張った水が沸騰するまでの間に焼き魚に添える大根下ろし作りを手伝う。

 沸いたら火を止め出汁を入れ味噌を溶かしながら味を見る。

 具材はシンプルに豆腐とわかめのみだ。


 米炊き係は研いだ米を炊いている間に卵焼きと果物の盛り合わせを作る。

 ちなみにデザートや付け合わせは園長の分だけである。

 園長の食事は二品多いのが基本だ。


 七時五分。

 全員分の盛りつけが終わって食堂に運ぶ。

 少年たちは全員が席に着いた状態で園長たちが起きてくるのを待たなければならない。


 園長が起きてくるのはだいたい七時半頃。

 もう少し早い日もあれば遅い日もあるから気は抜けない。

 この時に一人でも欠けていたり朝食の準備ができていなかったりしたら大変なことになる。


 七時四十五分になってようやく中村園長が起きてきた。

 パジャマ姿にナイトキャップを被り眠そうにまぶたを擦っている。

 寝覚めが悪かったのか今日は少し不機嫌そうだ。


「ああーっ」


 中村園長は食卓を見るなり間延びした声をあげた。

 紅葉は嫌な予感がしたが、はたしてそれは的中する。


 中村はテーブルクロスの端を掴んで思いっきり引っ張った。

 綺麗に並べられた朝食がすべてひっくり返る。

 テーブルの左側に座っていた運の悪い少年たちは学生服に思いきり味噌汁を引っ被る羽目になった。


「今日はパンの気分だったんだよなーあ。あーっ、気の利かないクソガキ共だーっ」


 それだけ言うと中村は食堂から去って行ってしまった。

 そのまま二度寝して起きたら勝手に何かを食うつもりだろう。


「クソ野郎……」


 少年たちの誰かが小声で呟いた。

 きっと他のみんなも同じ気持ちなのは間違いない。


 しかし、それが耳に届けば中村の怒りを注ぐだけ。

 奴は自分の悪口に対してだけは異常な地獄耳なのである。


 当然ながら今日は全員朝食抜きになった。

 意地汚い子は落ちたご飯を拾って食う者もいたが早く片付けないと学校に間に合わない。

 紅葉は味噌汁を被る被害こそ避けられたが、この中では一番通う学校が遠いのでモタモタと拾い食いしている暇などなかった。

 手早く床に落ちた食べ物を片付け雑巾がけをして綺麗にする。


 中村青年福祉園で暮らす少年たちの生活の大半は園長のご機嫌取りに費やされる。

 彼らは紅武凰国二等国民の栄誉に預かっており学校への通学も許されているが、誰もが訳ありの素性を持つ薄氷の立場の若者ばかりだ。

 そして園長に逆らうことは即座に三等国民への転落を意味する。


 公的施設ながら現場の管理は園長に一任されており、その横暴さを掣肘できる者は誰もいない。

 東京にはここと同様の施設がいくつかあるらしいがどこも状況は似たようなものだと聞く。


 時刻は八時二十分。

 遅刻はほぼ確定の時間である。


 片づけが終わると紅葉は仲間と会話も交わすことなく施設を出た。

 ヘルメットをかぶって原付に跨って福祉園の門を潜る。

 今日も二〇キロ離れた学校へと通うために。

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