5 魅力的な提案
「ちなみにリングは全部で五つあったんだけど、うち三つは東京に入る前にウォーリアに追われた時にどっかで落とした」
「さらっとヤベーこと言ってんなオマエ。じゃあ残り一つは?」
「近くの絶対に見つからない場所に隠してある。後で取りに行くつもりだよ」
うーん、と翠は唸った。
この猫の話を全面的に信じるかどうかはともかく。
ウォーリアがこのリングを狙ってることは確からしい。
昨日だって抵抗しなければ殺されていたかもしれない。
心情的には協力しても悪くないとは思うが……
「でも、やっぱりそれってテロリストだよなあ。どっちかっていうとスパイか?」
「紅武凰国の人間から見ればね」
リシアのスパイ行為に協力したとして、それで自分の生活が脅かされては本末転倒だ。
冷たい言い方になるが外国のことなんて翠の生活にはなんの関係もない。
「……オレが断ったらどうするんだ?」
翠が聞くと、リシアはすぐには応えずしばらく視線を前に向けていた。
子どもたちのはしゃぐ声が聞こえる。
公園の傍にある道路を車が走っている。
こいつの見てきた世界がどうかは知らないが、東京には東京の平和な生活がある
昨日、自分を殺そうとしたウォーリアも街を守ろうとしただけなのだろう。
返事次第ではこのまま近くの交番に駆け込もうかとも考えたが……
「それは困るね、どうしよう。できれば断らないで欲しいにゃん♪」
猫の返事に翠は思わず椅子からずり落ちた。
「なんだそりゃ! ってか唐突なそのキャラはなんだ!」
「だってアタシには具体的にアンタを止める手段がない。もともと利害が一致して自分の意思で協力してくれる人を探すつもりだったし。健気な子猫の可愛さアピール作戦で攻めてみたんだけどダメかな?」
スパイにしては行動が雑すぎる。
危険なリングをすでに三つも無くしてるって言うし。
こいつ、明らかにこういった工作活動に向いてないんじゃないか?
「本当のこというとさ、こうやって東京に侵入できただけでも奇跡なんだよ。山越え、砂漠を越え、ロシアの領土を跨いでさ。特に海峡を越える時は本当に命がけだったんだよ。水上でバイクがこけたら二度と立て直せないからね」
ぴくり。
翠の眉が跳ね上がる。
「バイクで来たとか言たな」
水の上を走れるバイクというのはどうにも信じられないが、アメリカ……もといクリスタからここまで走って来たということは相当にすごいマシンなのだろう。
バイク好きの翠には興味がある点である。
「そのバイクってアメ車か?」
「中身はほとんど改造済みだけど、たしか日本車がベースだよ。ZⅡとか言ってたかな」
「ま、マジか!?」
七〇年も昔のKAWASAKI製の機種で、まさに伝説の名車である。
バイクと言えばスクーターが当たり前になった現代ではもはや博物館レベルの逸品だ。
一度だけ本物が走っているのを見たことがあるが、思わず見惚れるほどカッコよかったのを覚えている。
翠が露骨に食いついくと、リシアはにやりと口の端を歪めた。
「もし協力してくれるならバイクを譲ってやってもいいけど」
「っ!」
なんという魅力的な提案。
バイクを買うため必死にバイトをしている翠にはまさに悪魔の誘惑と言えた。
しかし、いくら伝説の名車のためとはいえテロリストの仲間入りは……
「あっれー、翠じゃねー?」
心の中の天使と悪魔がせめぎ合っていると、聞き慣れた声が聞こえてきた。
公園の入り口あたりに目を向ける。
頼太、楓真、冷二郎のクラスメート仲良し三人組だ。
そういえばもう学校の下校時刻である。
学校からは遠いので知り合いに会うことはないと油断していたが、三人で上原駅にでも向かっているのだろうか。
「学校サボってなにやってんだよ」
「あ、ああ。悪い。ちょっと今日は……」
「無断欠勤は感心しないね。昨日の今日で来づらいのはわかるけどさ」
昨日の名も知らぬ女子生徒からの告白の事を言われていると気付くのに十数秒かかった。
いろいろありすぎてそんな事はすでに忘却の彼方である。
「っていうか、その隣のお姉さんは誰だ?」
「は? 隣のお姉さん……」
頼太の意味不明な言葉にベンチの横を見た翠はぎょっとした。
そこにさっきまでいなかった少女が足を組んで座っていたからだ。
褐色の肌に、ちりちりパーマの異国風少女。
目つきはやや鋭く服装は上から下まで黒づくめのパンツルックである。
少女は妖艶な笑みを浮かべて自ら名乗った。
「リシアだ。よろしく坊やたち」
ま、マジか。
これがリシアの人間形態……
というか、本当の姿か?
「お前、人間に戻れるのかよ」
「戻れないとは一言も言ってないよ」
「じゃあやっぱりオレも……っと」
クロスディスターのことは三人組に知られない方がいい。
彼らに聞こえないように翠は小声でリシアに文句を言った。
「同級生からの告白を断り続けてると思ったら、学校の外に彼女がいたのかよ」
「しかも外国の女の人? この野郎、よくも今まで黙ってたな!」
「ホモじゃなかったんだね……残念」
「オマエら……」
友人たちは好き勝手なことを言う。
特に冷二郎の発現は聞き捨てならなかった。
冗談じゃなくてマジでホモだって思われてたのかよ。
っていうか残念ってなんだ。
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