6 静寂
やがて草原の中を切り裂くように一本のアスファルトの道が見えてきた。
あちこちがひび割れて草生し、人の手入れなど何年もされていない道路だ。
バギーは道路に乗り上げて進行方向を変えた。
未舗装道路に比べれば幾分か振動も緩やかになる。
「ところで、どこに向かってるの?」
「まずはオールドシアトルへ行こうと思ってる」
地下都市アンダーシアトルの名前の元となった都市である。
かつては多くの人々が暮らしていた街も今は廃墟になっているだろう。
道路沿いに進む。
やがて左右が小高い丘になる。
一つの山を切り崩して道路を作ったのだろうか。
はたまた最初からこういう地形で間を縫うように建設されたのか。
やがて丘は山になり、背の高い木々が視界を遮ってしまう。
その頃には日は沈んで辺りは真っ暗になっていた。
「何も見えないわね。これじゃつまらないわ」
ファルが文句を言いながら背もたれに寄り掛かる。
バギーの速度は昼間と比べてだいぶゆっくり走る様になっていた。
当たり前だが車載ライトはなく、月明かりだけが頼りの運転なのである。
バジラは何も言わないが相当に神経を使っているだろう。
そんなバジラがぼつりと呟く。
「予想外だったな。まさかここまで何も見えないとは」
彼の言葉を聞いてリシアはゾッとした。
まさかと思うけど、こんな所で事故なんて起こさないだろうな。
どれだけ走ったかわからないが、元来た場所へ歩いて帰るとしたらどれほど時間がかかるだろう。
アンダーシアトルは旧シアトルとはずいぶんと離れた場所に建設されていると聞く。
いや、それ以前にちゃんと生きて帰れるだろうか。
実を言うと食料はもう殆ど残っていない。
いつしか地上に出た時の高揚感は消え、張り詰めた空気の中を気まずい沈黙だけが支配した。
加えて屋根すらない簡素なバギー。
身震いするほど肌寒くなっていることに気づく。
空調が効いた地下都市とはまるで違うことを今さら認識する。
「およ?」
視界の先に明かりが見えた。
左右の山の中腹の道路が繋がっていない場所。
いくつかの光がちらほらと瞬いている。
「あれって何だ?」
「地上に住んでいる人の家だろう。明かりは火を使った旧式のランプだな。E3ハザード前の建物をそのまま利用しているのか……」
文明が滅んだとはいえ、地上は誰もいない死の世界になったわけではない。
地下世界に潜ることを拒み、機械文明を捨ても地上に残った人々がいる。
数は少ないが彼らの生活の場は確かに地上にあるのだ。
ゴッ。
強い衝撃がした。
車が大きく左右にぶれる。
「な、何!? 何かぶつかった!?」
「どうやら動物を轢いてしまったらしい。鹿か、コヨーテか……」
「ちょっとちょっと、大丈夫なの!?」
「二人とも落ち着いてくれ」
二人から強い口調で責められ、バジラはより一層緊張して運転するようになった。
その証拠に何もないのに車体が不自然に左右に揺れている。
ハンドルを握る手も突っ張っている。
「ちょ、ちょっと休憩した方が良いんじゃないかな。できれば、朝まで」
「それはいいアイディアだ」
ゆっくりと減速を始め、やがて車は路肩に停まる。
バジラはまるで魂が抜け出たかのように大きく息を吐いた。
やはりかなり無理して運転していたのだろう。
エンジンを切ると耳が痛くなるような静寂が辺りを支配した。
常に消えることのない排気ダクトのファン音に慣れた地下の民。
そんなリシアたちにとってはどこか不安を覚えるような静けさだ。
時々、遠くから獣の遠吠えが聞こえてくる。
空を見上げる。
満天の星空があった。
「宇宙って遠いんだなぁ……」
リシアはつい当たり前のことを口に出してしまう。
ファルから突っ込みが入るかと思ったが、彼女はすでに目を瞑って寝息を立てていた。
バジラも気付けば寝入っている。
身体を揺する震動が消えたことで急に疲労と眠気が襲ってきたようだ。
リシアもまた眠気に抗うことはせず、黙って目を閉じることにした。
心地よい眠りがすぐに訪れ、優しくそよぐ夜風が高揚した身体を冷ましていった。
※
目が覚めるとすでに車は動いていた。
よく晴れた太陽の下、バジラが鼻歌を口ずさみながらハンドルを握っている。
「お、起きたか」
「うん……いつから動いてたの?」
「つい数十分前だよ」
隣を見るとファルは相変わらず目を閉じて寝息を立てている。
綺麗な白い肌と長いブロンドの髪が魅せる印象はまるで眠れる森の美女。
黙っていれば美人なんだからこのまま眠っていてくれないかな。
「いや、それにしても何事もなくてよかった」
「何が?」
バジラの意味深な言葉の真意を尋ねる。
「本格的に眠るつもりはなかったんだ。だってここは地上だろ? 野生の獣や、もしかしたら地上の山賊に襲われるかもしれない。特にこんな車なんて宝の山にベッドを敷いて眠っているようなものだしね。はっはっは」
「おい」
とてもじゃないが笑えない。
いま自分が無事に生きているのは単なる幸運だなんて、考えるだけで身が竦む。
「ま、おかげで体力も回復したし、やっぱり運転するのは明るい方が良い。あと二時間ほどで目的地に着くからゆっくりしているといいよ」
さらにしばらく走ると、左右に山はなくなり、荒れ果てた廃墟に入った。
「ここは?」
「オールドシアトルの郊外だね。アンダーシアトルのジャンク屋が出張しているかもしれない。見かけたら食料を売ってもらおう」
「山賊に出会ったら?」
「全力で逃げよう」
しばらく車は廃墟の中を進んだ。
崩れた家屋。
蔦の絡まったビル。
火災でもあったのか黒く煤けた一角。
幸か不幸か人っ子一人見かけることもなくドライブは続いた。
ファルも目を覚まし、暢気にも大きなあくびをしながら身体を伸ばしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。