5 地上
押しては、ブレーキ。
押しては、ブレーキ。
気の遠くなるような作業のくり返しが続く。
トロッコの軌道が敷かれた坂道は人力で荷物を運ぶために決して急坂ではない。
だがそのぶん非常に大回りの軌道を描いており、地上までの距離は何十キロにも及んでいる。
暗い坑道の中でライトの明かりを頼りに一泊。
数時間ごとに缶詰で食事をとる以外はひたすら肉体を酷使。
ようやく地上の光が見えた時には出発してからもう丸一日は経っていた。
「がんばれ二人とも、地上はもうすぐそこだぞ!」
「はぁ、はぁ……」
肩で息をするリシアは返事をする気力もない。
何故アタシはこんなことやってるんだろう。
何が不満で家を出たんだっけ。
地球の平和とかどうでもよくね?
というかなんでこんな変な人のこと好きだったんだろ、馬鹿じゃないの。
疲労が限界に達すると思考が昏く沈んでいく。
どうやらファルも同じようで、十秒に一回ほどバジラに向けて殺意の籠もった視線を送っている。
よし、決めた。
地上に出たらとりあえずぶん殴ろう。
その決意だけを支えに遙か遠くの光に向かって力を振り絞ること数十分。
ようやく地上へと出た、その瞬間。
「うっ、わぁ……!」
怒りも疲労も一瞬で吹き飛んだ。
目の前に広がるのはどこまでも続く雄大な草原。
低い草木がちらほらと点在するだけの、遠くまで見渡すことができる世界。
作り物ではない太陽が遙か遠くの山並みをオレンジ色に染め上げ、優しく吹く風が疲れた身体を撫でる。
これが、地上。
なんて美しさ。
なんて開放感。
リシアとファルが揃って声も出せずに感動に浸っている間、バジラはトロッコから木箱を降ろして中からバギーを取り出していた。
「ほら二人とも、乗って」
車の前でバジラが二人を呼ぶ。
なんとなくまだ景色を眺めていたかったが、リシアはその衝動を抑えて車の方へと向かう。
ところがファルはまだボーッとしたまま立ち竦んでいた。
「おい、行くぞ」
「うん……」
さっきまでの憎悪はどこへやら。
夢から冷めない様子のファルの手を引き、二人はバギーの後部座席に滑り込む。
「悪いけど、どっちか運転席に座ってアクセルを軽く踏んでて」
「あ、じゃあアタシが」
リシアは前部座席の背もたれを乗り越えて運転席に移動した。
足下にペダルが二つある。
たしか右側がアクセルだ。
「ハンドル下にあるチョークレバーを引いたらキーを回してね」
言われた通りにしてオーケーサインを出す。
バジラは頷いてエンジン前部に取り付けたクランク棒を勢いよく引き上げた。
ドルルルル……
低い唸り声を上げてエンジンが動く。
「さあ、出発だ」
リシアと入れ替わりにバジラが運転席に乗り込む。
後部座席に戻ったリシアが着席したのを確認してバジラはアクセルを踏む。
バギーは最初ゆっくりと前進。
次第に加速、やがてかなりの速度に達する。
左右の景色がどんどん移り変わっていくほど速く走り出す。
このバギーの動力はシンプルな内燃機関。
地下都市じゃもう使われていないタイプである。
バジラが古い設計図を片手に一から組み立てたものだ。
現代のクリスタ共和国ではおそらく唯一無二のエンジン。
燃料はコアピースを砕いて水に溶かした液体だ。
「すごい、本当に地上を走ってる……」
シートから心地よい振動を感じつつ、ファルは遠くを眺めながら独り言のように呟いた。
山陰に隠れる太陽。
東の空が藍色に染まる。
空には薄く星が瞬いて見える。
天井なんてもちろんない。
濃い大気の向こうは宇宙まで繋がっている。
来て良かった。
辛い思いをした甲斐があった。
安心したら急にお腹が減ってきた。
確かまだサンドイッチが一食分残っていたはず。
カバンを開けて中を探るがなかなか見つからない。
手元が暗いのでライトをつけようとしたが、
「あれ、おっかしいな。電池切れかな……」
なぜかスイッチを入れてもライトが光らない。
不思議に思っていると、横からファルが呆れたように声を挟んだ。
「馬鹿ね、ライトが使えるわけないでしょ。ここは地上なのよ」
言われて気がついた。
ここはE3ハザードの影響で電気エネルギーが使えなくなった土地なのだ。
電気を動力とする地下都市の機械は一切使えない。
夜が来れば星と月の明かりだけが頼りの暗闇が待っている。
とりあえず手探りでサンドイッチを三つ取り出して一つをファルに渡す。
彼女は無言で受け取って景色を眺めながら口に運んだ。
「食べる?」
「いや、運転中だから止めておくよ」
バジラにも一応勧めたが、やはり運転中は無理のようだ。
彼も慣れているように見えて実機を運転するのは初めてなのだ。
「バイクならアタシが運転代われたのにな」
「はは、リシアはバイクの方が好き?」
「車も好きだけどね。シミュレーターで乗ったことあるのは二輪だけだし」
「シミュレーターと実機を同じに考えるんじゃないわよ。どっちにせよあんたが運転するバイクの後ろになんて絶対に乗りたくないけど」
「うっさい」
景色に感動していてもファルの憎まれ口は健在である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。