9 夜行
翌日の昼。
いつもの四人組での昼食時のこと。
和喜雄だけがなぜかそわそわとして口数が少なかった。
琥太郎はすぐにその理由がわかった。
和喜雄も彼と同じように女王の監視を出し抜く術を聞いたのだろう。
直太が声をかけていたのは自分だけではなかったらしい。
とは言え、ここでそれを確かめ合うことはできない。
あの茂みのような死角ポイントじゃない限り学校内のどこも女王の監視下だ。
ちなみに手動設定した例の監視休止モードは翌朝の六時になると自動解除されるらしい。
それまでに部屋に戻ってベッドに入っていなければ脱走扱いになるそうだ。
その日のクラブは何事もなく終わった。
今日は直太も特に何も言って来なかった。
さらに翌日になると、四人組全員が浮き足立っていた。
互いの事情はもうみんな気づいている。
何気ない会話を装いながら時折視線を交わして首を縦に振る。
他のクラブ員たちは普通に見えたが、他にも知っている者は何人かいるのだろうか。
そして約束の日がやってきた。
「大丈夫なら十二時半にマンションの前で待っていろ」
試合中、ピッチャーをしていた琥太郎にアドバイスをするフリをしながら直太はそう告げた。
※
そして約束の夜。
十二時直前に女王人形を停止させた琥太郎は、言われた通りマンションの外に出た。
消灯時間後のウラワコミューンは幹線道路の街灯以外の明かりは消えている。
深夜に労働をする人間は居らず、聞こえるのはどこかで二等国民が運転するトラックの音のみ。
琥太郎のマンションは幹線道路沿いにあるが、最寄りの街灯までは一〇〇メートルほど離れているため、ほとんど指先すら見えないほど真っ暗である。
しばらくすると道路の向こうから車が近づいてきた。
二等国民のドライバーはわざわざ注意を払わないだろうが、念のため琥太郎は横の路地に身を隠した。
荷台に幌のついた軽トラックが停まる。
幌の中から誰かが顔を出した。
「琥太郎、いるなら早く来い」
自分の名を呼ぶ聞き慣れた声は間違いなく直太だった。
琥太郎は路地から出て小走りにトラックへと近寄る。
「助手席に乗れ」
言われるままに助手席のドアを開けて車内に入る。
運転席には他に徹二キャプテンが座っていた。
「よっ、覚悟は決めたか?」
「はい」
「いい覚悟だ。これからあと三人ほど拾っていくからな」
徹二は慣れた手つきでギアを入れてアクセルを踏む。
いったいどこで運転の練習をしたんだろう。
というかこのトラックは一体……?
疑問はたくさんあるが、なんとなく聞くのは躊躇われた。
強い緊張感に加え、運転をしている徹二の横顔がなんだか普段と違って見える。
残りの三人はやはり和喜雄、真男、洋一の中学生トリオだった。
乗せた時、彼らも琥太郎と同じように自宅のマンション近くで身を隠していた。
荷台の幌に隠れた直太が声をかけて呼び寄せる。
車内は運転席と助手席しか座れないので三人は直太と一緒に荷台に座った。
後ろの窓を開ければ車内と会話もできる。
「ワクワクすんなぁ。ウラワコミューンの外が見られるなんて」
「俺もだよ。一生この街から出られないって覚悟してたのに」
和喜雄が声を弾ませ、洋一がそれに同意する。
真男は幌のビニール窓から目を輝かせながら外を眺めていた。
「消灯後の街ってこんな真っ暗なんだな。なんか不気味だ」
「それな。俺、昨日試しに女王人形を止めて近所を歩いてみたぜ」
「マジかよすげえ度胸だな」
「ほらほらお前ら、あんまり騒ぐな。見回りのブシーズに呼び止められた時の対処法を教えておくからよく聞いておけ」
「うぃっす、副キャプテン!」
琥太郎は荷台の会話には参加せず、視線はずっと徹二の方を向いていた。
「なんだ琥太郎。運転に興味あるのか?」
「はい、ちょっと」
工場勤めをしている琥太郎はトラックもよく見ている。
二等国民時代に暮らしていた東京はこの街と違って自家用車も走っていた。
年頃の男の子としては、やはりこんな鉄の塊を自在に動かせるということに憧れる。
直線に伸びる街灯の列以外はさっぱり見えない外の景色なんかより、運転をする徹二の姿の方がよほど見ていて面白い。
そんな後輩の憧憬の視線を向けられた徹二はまんざらでもなさそうにニヤリと笑った。
「後でかわってやるよ。難しいモンでもないからよく見て覚えておけ」
「あ、ありがとうございます!」
しばらくすると視界の先に赤い光の列が見えてきた。
随分と高い位置で何かが横一直線に輝いている。
「あれはなんすか?」
真男の質問に徹二が答える。
「都市外壁だよ。あそこまでがウラワコミューンの範囲だ」
「ああ、気付かなかった。夜はあんな風に光るんすね」
三等国民の住む街は区画ごとに小さくいくつもの地域に区切られている。
このウラワコミューンも外周はすべて高い壁に覆われて物理的に移動が不可能となっている。
壁を越えたければ数カ所しかない門を通るしかないが、そこには必ず警備のブシーズが立っており、基本的に三等国民は何があっても通行の許可はでない。
普通、こんな夜中に外を出歩く三等国民はいない。
物流のためにトラックを運転しているのは二等国民のみだ。
「琥太郎、視線を泳がせずに前だけ見てろ。怪しまれさえしなきゃ基本はフリーパスだ」
「わ、わかりました」
「荷台のお前らは黙ってジッとしてろよ」
「了解!」
徹二と直太がそれぞれ指示を出し、中学一年生カルテットは黙って言われた通りにした。
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