8 罰則
小学校卒業まで二等国民であった琥太郎が三等国民に落ちたのは自身のせいではない。
罰則を受けた原因は父親にあった。
詳しいことは知らないが、商社に勤めていた父は何らかの不正を働いたらしい。
二等国民は三等国民のように常時行動を監視されているわけではない。
しかし生活の場が大きく制限され、すべてが国家の管理下にあるという点は同じである。
ルールを逸脱した者、あるいは体制に逆らおうとした者は決して許されず、発覚しだい即座に二等国民の地位を剥奪されるという罰を受ける。
多くは三等国民に、悪質な場合は棄民として他国へと追い出される。
この罰則は連座制で家族や特別に親しい者も本人より軽い罰則を受ける。
琥太郎が三等国民に落ちたということは、おそらく父は棄民扱いになったのだろう。
どちらにせよ二度と会えないことは間違いない。
最初こそ琥太郎は自分の運命を呪ったが、やがて三等国民としての生活に順応することを覚えた。
二等国民時代と最も違うのは自分が国家に管理されていることがはっきりわかること。
逆に言えば二等国民よりも安心感と責任感を持って生活を送ることができる。
だから、直太の誘いも普段なら断った。
すでに一度罰則を受けている琥太郎はかかるリスクの大きさを理解しているからだ。
その日は少しだけ気分が違っていた。
明け方に見た夢のせいである。
懐かしい友の声。
もう二度と会うことがないと諦めていた友人。
彼のことをふと思い出し、もう一度会えるかも知れないと思ってしまった。
高揚感に琥太郎の心は大きく揺れ、針は大きく傾いた。
「今日はもう寝るか」
琥太郎は独りごちながら部屋の電気を消す。
もちろん女王に聞かせるためである。
消灯時間は決められているが早めに就寝することは禁じられていない。
カーテンを引いて明かりを消すと、ワンルームの室内は完全な暗闇に包まれる。
女王による監視は主に人形の目を通して行われる。
それに加えて音声感知もあり、これは消灯後により強くなる。
例えば大きな音を立てて寝返りを打っただけで注意を受けた事もある。
暗闇にしたからと言って好き勝手はできないのだ。
琥太郎は音を立てないようゆっくりと女王人形に近づく。
そして手探りで壁のテンキーに振れた。
女王の機能を腕時計型PDAに移した時に使った端末である。
実はこのテンキーの利用法は一つだけではない。
女王を他のいくつかの別モードに変えるパスワードが存在するのだ。
ゾッとする話だが、大人になればこの女王人形を夜の相手として使うためのパスを教わるらしい。
他の三等地域にも共通なのかはわからないが、ウラワコミューンに女性はほとんどいない。
少なくとも琥太郎はこの数ヶ月、一度も外で異性を見たことがない。
結婚制度などなく個人的なパートナーを探すなど夢のまた夢。
だから大人になれば溜まった情欲を人形相手にぶつけることが許可される。
そうしてより一層、愛にも似た忠誠を誓うようになるわけだ。
もちろん琥太郎がやろうとしているのはそんな軽蔑すべき行為ではない。
クラブ活動中に直太から教わった通りのパスを入力する。
1、3、7、9のキーを同時に押しながら5を三回続けて連打。
すると女王人形の頭部からキュイィッという奇妙な機械音が聞こえてきた。
万が一失敗した時のことを考えると心臓がバクバクだったが、何事もないまま一分が過ぎた。
試しに壁をちょっと強めに叩いてみる。
女王の反応はない。
電気をつけるといつも通りの無表情な人形が立っていた。
だが不思議と今まで感じられた見張られているような感覚が消失している。
足を踏みならす。
罵声を浴びせてみる。
人形の頭を強く叩いてみる。
女王は一切の反応を見せない。
高鳴る胸を押さえながら琥太郎は玄関へと向かった。
帰宅後は自動的にドアの近くにセンサーが張られてしまう。
女王の視界に入ってなくても玄関に近づけば強い警告を受ける。
恐る恐る一歩を踏み出す。
いつものラインを超える。
女王からの警告は、ない。
ドアノブに手を触れる。
握った瞬間に汗で滑った。
服で拭いて改めてノブを捻る。
開いた。
警告はない。
ひんやりとする空気と殺風景な廊下が目に飛び込んできた。
「っ――!」
思わず声を上げそうになって必死に堪える。
今はまだ正式な消灯時刻の前だ。
帰宅前の住人に見られる可能性もないとは言えない。
琥太郎は急いで部屋に戻ってドアを閉めた。
心臓が激しく脈打っている。
口元が自然と緩ぶ。
久方ぶりに味わうこの感覚。
当然だった権利が不当に奪われ、ようやくこの手に取り戻したもの。
これが自由。
好きなときに好きなことができるという素晴らしさ。
大丈夫だ。
これならできる。
絶対にやれる。
もはや琥太郎の中で友に会いに行く予定は決定事項となっていた。
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