10 関所

 やがて車が関所に差しかかった。

 門は開いており、道路の左右に迷彩服を着たゴリラのようなブシーズ兵士が二人突っ立っている。


 その少し前でトラックを停止させる。

 徹二はパワーウインドーを下げ窓から顔を出した。

 そして銃を肩に担いで近づいてきたブシーズ兵士に話しかける。


「フカヤコミューンから。ネギを積んでます」

「どうぞ、お通りください」


 あっさりと許可が下りて再びトラックは走り出す。

 二等国民だと思われていればこんなに簡単に通れるのか。


 それにしてもあのブシーズ兵士の態度はなんだ?

 三等国民との露骨な扱いの違いに明らかな差別をされた感覚がある。

 釈然としない気分になり、ウラワコミューンを抜けた感動を口にする人間はいなかった。


 そんな沈黙を破ったのは副キャプテンの直太だった。


「老け顔の徹二じゃなきゃもうちょっとくらい疑われてたかもな」

「うるせえ」


 琥太郎は思わず吹き出した。

 それを皮切りに張り詰めた空気が弛緩する。


「えっと、もう二等国民の地域に入ったんすか?」


 外の景色は相変わらず真っ暗な闇の中を街灯の列が続くだけの代わり映えしないものだった。

 暗闇の中にうっすら浮かんで見えるのはウラワコミューンと似たような高層ビルばかり。


 真男の質問に徹二が答える。


「ここはまだ別の三等国民の住む地域だ。確かワラビコミューンとか言ったかな」

「すぐにまた関所があるよ」


 緩やかなカーブを曲がると前方に光が見えてきた。

 前の関所を超えてからわずか三分ほどで次の関所に辿り着く。

 ここはウラワコミューンと比べるとずいぶんと狭い区画のようだった。


 同じように関所で待ち構えていたブシーズ兵士に声をかけて関所を抜ける。

 二つ目の区画もまた同じような景色が並んでいた。


「このトダコミューンを抜ければいよいよ二等国民の住む東京だ」


 関所を抜けるときに気付いたが、壁面に巨大な女性画が飾ってあった。

 見慣れぬ人物だがその妙に馴染んだ威圧感からこれがトダコミューンの女王様なんだとわかる。

 きっとワラビコミューンにも別の女王像があったのだろう。


 地域ごとのローカル女王。

 塀の向こうはまったく違う顔の支配者。

 もっとも、あれが実在の人間かどうかを知る術はない。


 トダコミューンの区間もかなり短く、あっという間に端まで来た。

 ただし、そこから見える景色は圧迫感のある壁ではない。


「うわ……」


 思わずため息を漏らしたのは誰だったか。

 琥太郎もまた目の前の景色に心を奪われていた。


 大きな川と、その向こうに広がる色とりどりの光。

 画一的な白い街灯の列ではなく街そのものが強い光を放っているよう。


 煌びやかに輝く街が川向こうにはあった。


「あれが二等国民の住む街……」

「そう、あれが東京だ」


 琥太郎たちの住むウラワコミューンから距離にしてわずか十キロ足らず。

 家を出てからここまでまだ三十分も経っていない。


 わずかに踏み出せばすぐ届く距離に別世界はあった。

 二等国民の住まう紅武凰国の街、東京。


 トダコミューンとの間に無粋な壁はなく、ただ大河が広がっているのみ。

 その代わりに川沿いの建物の上階には赤い光が点滅している。

 道の先には大きな橋があった。


 最後の関所の前には三階建てのビルが建ち、大きめの広間に数名のブシーズ兵士がたむろしている。


「さ、さすがに警備が厳しそうじゃないっすか?」


 不安そうな声で真男が尋ねる。

 徹二はそんな彼の心配を豪快に笑い飛ばした。


「心配すんな、俺と直太は以前にも東京に入ったことがあるんだからよ。堂々としてりゃこれまで同様なんてことなく抜けられるって」


 徹二がそう言うのなら大丈夫だろう。

 が、実を言うと琥太郎も少しだけ不安は感じていた。


 ビビっていても仕方ない。

 こうして東京の目と鼻の先にまでやって来たのだ。

 単に緊張しているだけなのだろうと自分に言い聞かせてしっかり前を向く。


 トラックが減速する。

 ブシーズ兵士が近づいてきた。

 徹二はパワーウインドーを下げて顔を出す。


「フカヤコミューンから、ネギを――」


 言い終わる前に徹二はブシーズ兵士に頭を掴まれた。

 何事かと思う間もなく別の兵士がフロントガラスに銃床を叩きつける。


 真っ白なひび割れが全面に広がった。

 砕け散るガラスの向こうから手が伸びて琥太郎の胸倉を掴む。

 力づくで外に引きずり出されてしまい、頭を地面に押しつけられ拘束される。


「なんだ、なんなんだよっ!?」


 荷台の友人たちも次々とブシーズ兵士によって次々と引っ張り出されていく。

 抵抗するそぶりを見せた洋一は顔面を思いっきり殴られていた。


 琥太郎、洋一、真男、和喜雄、徹二の五人はそのまま地面に組み伏せられた。

 背中に回された腕ごとブシーズ女兵士の屈強な身体に踏みつけられる。


「くっ……」


 何とか振り解こうとするがブシーズ兵士たちの腕力は尋常ではなくぴくりとも体を動かせない。

 それでも抵抗を続けてようとしていると、肩に強烈な痛みが走った。


「大人しくしていろ」


 琥太郎と洋一が苦痛に呻き、真男と和喜雄が恐怖に震えている中、徹二が大声で喚き散らす。


「ふざけんな! 離せよゴリラ女ども! ……がっ!」


 何度も殴られても痛みより怒りの方が勝るようだ。

 彼は決して抵抗をやめようとはしない。


「俺は二等国民だ! こいつらはどこかで勝手に乗り込んできたガキ共だよ! 俺とはなんの関係もねえ!」

「え、ちょっ……」


 この状況で怒鳴り散らせる度胸もさることながら、嘘の発言で仲間を切り捨てようとする徹二の態度に琥太郎たちは驚かされた。

 あんなに頼れるキャプテンも命の危機を前にしたらこうなってしまうのか。


「これ以上の抵抗をするなら射殺する」

「うるせえ、離せよ! 訴えるぞ馬鹿野郎!」


 ぱん。

 乾いた音が響いて、徹二のわめき声が消えた。


 夜闇の中で硝煙が薄くたなびくのが見える。

 力なく崩れ落ちた徹二の頭の下にドロリとした液体が広がっていく。

 ブシーズ兵士はまったく感情のこもらない声で吐き捨てた。


「警告はしたぞ」

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