6 部活
キャプテンと副キャプテンの話し合いで戦力が大体均等になるように分かれると、さっそく試合が始まった。
琥太郎は副キャプテンのいるチームのピッチャーである。
「プレイボール!」
「いくぜ!」
試合開始。
琥太郎はさっそく自慢の豪腕で二打者連続で三振を取った。
「おい、ちょっとは手加減しろよ!」
二番打者の和喜雄が文句を言う。
琥太郎は挑発するように指を振って煽った。
「文句言ってる暇があったら練習しろ」
ところが、次の打席でライト前ヒットを打たれてしまう。
打ったのは涼という六年生の少年で小学生組の中では一番センスがある。
「琥太郎さん、手加減あざーっす!」
「うるせえぶっ飛ばすぞ」
イラっとしたまま四番打者、キャプテンの徹二と向かい合う。
とりあえずペースを崩すため内角低めのボール球を投げて牽制したが、
「ふんがっ!」
なんとバッターボックスギリギリまで下がり、ゴルフスイングみたいな打法で当ててきた。
白球はそのままきれいな弧を描いてグラウンドの向こうまで飛んでいく。
どう考えてもランニングホームランコースである。
「琥太郎のバカヤロー!」
センターの真男が文句を言いながらボールを追いかけた。
続く五番打者は内野ゴロに抑えたが、一回表から二点も献上してしまった。
落ち込み気味の琥太郎に副キャプテンの直太が走り寄ってねぎらいの言葉をかけてくる。
「ドンマイ。切り替えていこう」
その後も打ったり打たれたり。
出塁するのはほとんど高校生だった。
何とかゲーム終了の五回まで投げきって試合結果は五対六。
ギリギリ琥太郎たちのチームの勝ちである。
試合終了後、それぞれに課題を出して通常の練習に入る。
あまり活躍の場がなかった小学生組は直太によるシートノックの守備練習。
中学生組は筋トレと走り込みによる基礎体力作りで、高校生組は主にバッティング練習だ。
クラブ終了時刻の手前、四時過ぎにもう一度だけ試合を行う。
さっきと同じチームで今度は直太がピッチャー、琥太郎はサードである。
試合結果は二対一でキャプテンチームの勝ちだった。
五時にチャイムが鳴る。
一応ここでクラブの時間は終わり。
ただ希望する者は残って活動を続けても良い。
小学生組を中心に半数ほどは帰ったが、琥太郎たち中学生四人組はそのまま残って練習を続けた。
ソフトボールクラブは二ヶ月に一回ほどのペースで他の学校との対抗試合がある。
中学生組はレギュラーに入れるかどうかの境にいるので自然と練習にも身が入った。
琥太郎は副キャプテン指導の下で投球練習。
将来のエースとして期待されているのが伝わって嬉しくなる。
夜七時。
グラウンドにナイター照明などはない。
さすがに暗くなって練習もできないので今日はここで終わりだ。
「お疲れっしたー!」
「お疲れさん」
グラウンドの整備もそこそこに各自帰路につく。
スポーツマンとして使った道具の片付けはもちろん自分たちでやるが、基本的に学校設備の整頓は警備員の仕事なのである。
あまりきちんとしすぎると夜間の仕事がなくなってしまうため、かえって文句を言われるのだ。
この町では各人がやるべき役割がキッチリと分けられている。
下校前にPDAの学業モードをオフにしておくことを忘れてはいけない。
学校の外で学業モードのままにしておくと重大なペナルティを食らう可能性もある。
解除にパスワード入力は必要はなく、ただパネルのモード切替ボタンを押せば良いだけだ。
友人四人組はみな同じ停留所を利用するが、バスを待つ間の会話は少ない。
校内の調子で下手に喋ればたちまち女王様の叱責が飛んでくるからだ。
限られた自由な時間はおしまい。
学校から一歩外に出ればウラワコミューンの若年工員に戻る。
運の良いことにバスは五分ほどで来た。
大人たちの仕事時間は五時で終了。
やむを得ない場合の残業も六時までと定められている。
この時間にこの辺りにいるのは学生だけで、当然バスの本数も極端に少ないのだ。
バスの中でも会話はない。
車内にいるのは琥太郎たちソフトボールクラブ員だけ。
二つ目の停留所で和喜雄が降りていった。
「さようなら、親友たち」
「さようなら、親友和喜雄」
一番ドアの近くにいた琥太郎が代表して挨拶をする。
もちろんこれをやり逃したら女王の指導対象だ。
さらに二人、三人と停留所に停まるたびに降りていく。
七つ目の停留所が琥太郎のマンションのすぐ前だ。
「さようなら、親友」
「さようなら、親友琥太郎」
気をつけた甲斐もあって下校中は一度も女王から叱責の言葉を受けなかった。
※
家に帰ったらすぐにPDAを等身大女王人形の中に戻す。
ここからはこいつの監視下だ。
プライベートでないプライベート空間。
琥太郎は服を洗濯機に放り込んで風呂に入る。
その後はレンジで夕食分の配給弁当を温めて食べた。
「14929164! 髪はきちんと乾かすことを推奨します! 春先とはいえ風邪を引く恐れがあります!」
母親もとい女王様の愛ある叱責に苦い顔をしながら食事を終えると、琥太郎はベッドに腰掛けてテレビをつけ、ウラワコミューン地域放送のやくたいもないバラエティ番組を見るでもなしに眺めた。
一度家に帰った後の外出は例外なく禁止。
適当に時間を潰して十二時には完全照灯である。
毎日代わり映えのしない日常。
しかしどこか満足をして眠りにつく。
琥太郎はこの町の暮らしに慣れ始めている自分に気づいたが、不思議と悪い気分ではなかった。
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