13 闘士
「ぎゃっ!」
火刃は激しい勢いでツタの這うビルの壁面に叩きつけられた。
「う、あ……」
「うぉう。やるじゃねえか、アレを食らってまだ意識があるのか」
ニヤニヤ笑いながらポケットに手を突っ込むアキナ。
物腰といい態度といい、どう見ても軍人や格闘家のそれではない。
しかし素人然として雰囲気とは裏腹に怖ろしいほどの戦闘力を持っている。
「こいつも、秋山と同じ……」
「あん?」
紅葉の呟きにアキナは耳聡く反応する。
「てめえら野生のSHIP能力者なんかと一緒にするんじゃねえよ。俺様は万の軍隊にも勝る紅武凰国の精鋭、女王様に選ばれた最強の番兵、ラバースの『ウォーリア』だ。てめえらとは生まれも育ちも血の色も違うんだよ。覚えておけ」
「ウォーリア……?」
「けっ、いちいち説明すんのも面倒くせえ。それよりテメエはかかって来ねえのか? だったらこっちから行くぜ!」
アキナが地面を蹴る。
一瞬後には兄弟の目の前に立っていた。
即座に反応した陸玄が剣を振る。
アキナはそれを指二本で挟んで受け止めた。
「いーい攻撃だ。だがそんな程度じゃ俺様には通じねえ……ぞっと!」
間欠泉のような蹴り上げ。
陸玄は上空に打ち上げられる。
「腹を庇ったか。まぁ、これで終わりじゃ……」
「だっらぁ!」
アキナが浮き上がった陸玄を見上げた直後。
横から駆けて来た火刃が勢いを乗せた飛び蹴りを放つ。
「ちっ、大人しく寝てろやガキが!」
アキナは小蠅を払うように手を振った。
それだけで火刃は軽々と吹き飛ばされる。
だが今度の火刃は空中で回転して見事に着地した。
「せいっ!」
その間に上空で体勢を立て直した陸玄が落下してくる。
重力を乗せたを刃を力強く振り下ろす。
「おっと」
アキナは躊躇なく刃を腕でガードした。
まるで鋼鉄のように彼女の腕には傷ひとつつかない。
陸玄は刀が敵に振れた部分を基点に腕を振ってその反動で距離をとった。
「やるじゃねえかガキ共、不意打ちであっさり死んだてめえの親父よりよっぽど手強いぜ!」
陸玄が奥歯を噛む。
口の端から血が滲んでいる。
冷静に状況を見る。
刀を構えつつ、左右に動かす。
通路の前後はブシーズ隊員が塞いでいる。
なにより目の前にいるのはウォーリアを名乗る超兵士。
十階建てのビルの屋上からクッションもなく飛び降りるほどの脚力の持ち主だ。
どう考えても逃亡は不可能。
走ったところで即座に追いつかれるだろう。
ましてや、震えて動けない紅葉がいては……
「あ、兄上、逃げて下さい。兄上と火刃さんだけなら逃げ切れるかもしれません」
「ごめん紅葉。
「逃がさねえよ馬鹿」
アキナが右足を強く三度踏みしめる。
すると突然周りの景色が変化した。
ビルがぐにゃりと変形し、灰色の壁となって周囲を取り囲む。
ブシーズ隊員たちの姿がどこかに消える。
道場より少し広い程度の空間の中、アキナと紅葉たちだけが取り残された。
「な……」
「面倒くせえからいちいち驚くんじゃねえ。単なる隔離空間だよ」
「……逃げられねえな」
「うん。やるしかない」
奇妙な空間に放り込まれたが、陸玄と火刃はすぐに思考を切り替えた。
混乱する紅葉をよそに二人は覚悟を決めて敵と向き合う。
「ほら。遊んでやるから、とっととかかって来やがれガキ共!」
※
陸玄と火刃は善戦した。
持ち前の身体能力と鍛えた技でよく戦った。
それでも持ったのは五分ほど。
こちらの攻撃はまったく受け付けず、触れれば容易く吹き飛ばされる。
彼らがいくら強くても、ここまで実力差がある人間離れした敵が相手ではどうしようもなかった。
「あー、面倒くせえ。こんな固有能力を持ってるせいでくだらねえ任務ばっかり押し付けられる」
足下に倒れる陸玄と火刃を見下ろしながらアキナは悪態を吐く。
兄たちがやられている間、紅葉は一歩も動けなかった。
それほどにアキナの戦闘力は圧倒的過ぎた。
天賦の才を持ち、何年もかけて技を鍛えた秋山の若き当主とそのライバル。
それが赤子の手を捻るように奴に一方的に叩きのめされてしまった。
二人はもう力を振り絞っても立ち上がることすらできない。
周囲を取り囲む灰色の壁が形を変える。
夢の中にいるような不思議な感覚が過ぎ去った後、周りの景色は元通りに戻っていた。
「終わったのですか?」
ブシーズ隊員がアキナの傍にやって来て声をかける。
「見りゃわかんだろ。対能力者用ベルトで縛って連れて行け」
「はっ。それで、見立ての方は?」
「剣士のガキは文句なしだ。そっちの拳使いの方もかなり見込みはあるぜ」
「向こうで震えてる少年はいかがいたしましょう」
「ありゃまったくダメだ。脳を洗って市民化教育してやるのがいいところだな」
「了解いたしました」
ブシーズ隊員が陸玄と火刃を縛り上げる。
アキナは転がったままの透輝の首を袋に戻した。
そのまま何も言わずどこかへ歩き去って行ってしまう。
「ほら、立て!」
女兵士の屈強な腕が紅葉の左肩を掴む。
とっさに腕を振ってその手を払った。
その直後、足に痛烈な痛みが走る。
「痛っ――!」
「手間をかけさせるな」
銃で撃たれたと気付いたのは、止めどなく流れる血を目にした後だった。
「う、うわああああ! 父上を返せ! 兄上を放せ!」
痛みと恐怖、そして悔しさに暴れ回る紅葉。
そんな紅葉をブシーズ隊員たちは何度も殴りつけた。
「こっちも仲間を殺されて気が立ってるんだぞ! 死にたくなかったら大人しくしろ!」
やがて紅葉は激しい痛みに抵抗の意志を失った。
全身を黒いベルトでグルグル巻きにされ拘束される。
もう力を込めても腕は動かない。
蒸気自動車の音が遠くから聞こえてきた。
さらに多くのブシーズ隊員たちが集まってくる光景を最後に、紅葉は目を閉じて意識を失った。
※
うっすらと意識が覚醒する。
辺りは真っ暗だ。
床全体がガタゴトと揺れている。
蒸気自動車で運ばれているんだと紅葉は認識した。
「兄上」
呼んでみるが返事はない。
気絶しているのか、または別の車で運ばれているのか。
どうしてこうなってしまったんだろう。
ちょっと前まで普通の生活を送っていたのに。
秋山の特殊な力のせい?
違う。
悪いのはあいつらだ。
他人の生活に土足で踏み入り、何もかもメチャクチャにした奴ら。
ブシーズ。
ウォーリア。
そして紅武凰国。
紅葉の脳裏にいくつもの光景が浮かぶ。
緑と茶色の迷彩服。
地上を睥睨するように聳える巨塔。
街の人たちから差別される紅武凰国から捨てられた棄民。
父上を殺した黒い服の女。
許せない。
自分たちの都合で人を虫けらみたいに扱うあの国の奴らを。
紅葉は紅武凰国についてほとんど何も知らない。
奴らを思うとき、頭に浮かぶ象徴はあの天高く聳える塔だ。
今の自分は何もできないほどに弱いが、いつか復讐をしてやる。
誰にも負けないくらい強くなって父の仇をとってやる。
あの巨塔の名はなんと言ったか。
かつて一度だけ図鑑で見たことがある。
足の痛みがぶり返し、意識がまた朦朧となる。
そんな中、あれこそが仇とばかりに紅葉は必死に思い出そうとする。
ああ、思い出した。
あの塔の旧名称はラバース新社屋。
今は紅武凰国の一等国民が住まう事実上の首都たる巨塔。
その名はクリムゾンアゼリア。
思い出した直後、紅葉の意識は再び闇に落ちた。
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