6 特警
「紅武凰国の
「危険遺伝子を持つ者がこの辺りに潜んでいるという情報を掴んだので、信濃警察の協力を得て越境調査をしている。貴様らも何か知っている情報があるのなら提供しろ」
「あいにくと危険遺伝子とやらが何なのかわかりませんので、協力しようにも……」
「とある人物の血を引く常人離れした身体能力を持つ者の総称だ。かつてはSHIP能力者とも呼ばれていた。やつらは強烈な破壊衝動を身に宿しており、放置しておけば周辺住民にとって大きな脅威となり得るのだ」
紅葉はギクリとした。
とある人物というのは何のことかわからない。
だが常人離れした身体能力を持つというのはまさに秋山の家系に当てはまる。
豚面の女が紅葉の方をちらりと見た。
陸玄は紅葉を抱き寄せて顔を隠す。
「大丈夫だよ。何があってもぼくが守ってあげるから安心して」
紅葉の動揺を察したのだろう、陸玄はあくまで怯える弟を守ろうとしている兄を装った。
「聞いたこともありませんなあ。ですが、そんな危ないモンがこの辺りにいるならぜひ早いところどうにかして欲しいですよ」
父も顔色一つ変えずにとぼけて見せる。
その態度はどこまでも自然である。
「どう思う?」
「怪しいとは思わんな」
「隠れ潜むにしてもより山奥だろう」
ブシーズの怪物女たちはしばらく顔を突き合わせて話していたが、最終的に透輝たちは本当に何も知らないという結論に達したようである。
「わかった。もしも有益な情報を得たらすぐ町の駐在所に知らせること。場合によっては謝礼を与えることもある」
それだけ言い残して三人の怪物女たちは踵を返した。
フリとはいえ仕事を邪魔した事への謝罪もなし。
どこまでも尊大な態度の女たちであった。
ふと、紅葉は陸玄が短刀を握り締めていることに気付く。
まさかと思った時には兄はそれを投げていた。
直後に乾いた音がして短刀の軌道が逸れる。
透輝が後追いで投げた苦無が短刀をはじき飛ばした。
「ん?」
ゴリラ女が音に気付いて振り向く。
「なんでもありませんよ。ちょっと礼儀のなっていない息子を小突いただけですわ」
「ふん、教育はしっかりしておけよ。ブシーズは皆が我々のように寛大ではないぞ」
透輝のおかげで命拾いしたとも気付かず、ゴリラ女たちはそのまま山を降っていった。
「陸玄、軽率な行動はやめろ」
三人の化け物女たちが視界から見えなくなる。
その途端に師の表情に戻った透輝が厳しく兄を咎めた。
「でも父さん、奴らが探していたのは十中八九ぼくたちのことです。あの場で始末してしまうべきだったのではないでしょうか」
紅葉はギクリとした。
兄の口から始末などという物騒な言葉が出たことに驚いた。
しかも年相応に無邪気な少年の演技をやめた陸玄は常日頃の笑顔を貼り付けたままだ。
「敵があの三人だけなら問題ない。しかしブシーズの隊員が行方不明になれば必ず紅武凰国も本腰を入れて調査を始める。最悪の場合、際限のない敵を相手にすることになるぞ」
「ブシーズとは何者なのですか。奴らは紅武凰国の警察と言っていましたが」
「言葉通りだ。奴らは山向こうの紅武凰国に所属する国家警察で、その権限は国境を越えるほどに強い」
紅武凰国はかつては日本の領土だった旧首都圏が独立した国家である。
地域は狭いながらもその経済力は国家の枠を超えた世界三大連合を上回る。
たった一国で日本も所属する東亜連合を凌駕するほどの圧倒的な超大国なのだ。
その理由は他国と隔絶したテクノロジーと固有エネルギーであるSHINEの独占による。
E3ハザードによって世界中の技術水準は二〇〇年も後退したと言われている。
ところが彼の国では未だに前世紀を超える技術を擁しているらしい。
紅武凰国とそれ以外の国家では数世紀分も技術レベルに差があるのだ。
現在、日本は領土の一部を奪われた代わりに紅武凰国とは良好な関係を保っている。
その援助もあって東亜連合の盟主たる地位を保っていられるという現実もある。
多少の主権侵害くらいは目を瞑らざるを得ないのだ。
例えば相手側の一方的な都合で外国の治安維持部隊を国内に招くと言ったような。
「危険遺伝子というのは勘違いであろうが、秋山の秘伝が奴らに漏れるのは避けたい。今後も居座るようならそれなりの対処は必要になるだろう」
子どもたちに聞かせるでもなく、透輝は独り言のように呟いた。
※
翌日、紅葉はいつも通りの時間に目を覚まして朝食の席に着いた。
なぜか陸玄の姿がない。
食卓にいたのは紅葉と父の透輝だけだ。
秋山家のルールでは家族三人のうち誰か早起きして米を炊き朝食の準備をすることになっている。
今日の食事当番は透輝だったが、最初から二人分の食事しか用意されていない。
つまり父は兄がいないことを知っているのだ。
兄が寝坊など考えられないが、どうしたのだろう。
「兄上は何処ですか」
「山に籠もった」
父の答えは端的だがよく意味がわからなかった。
紅葉はくり返し質問をする。
「何故?」
「修練だ」
「父上が命じたのですか」
「そうだ」
「いったい何の修練をしているのでしょう」
「詮索する必要はない。黙って食事をせよ」
取り付く島もない。
普段から厳しい父ではあるが、こんなふうに突き放した言い方は珍しい。
たぶんいくら尋ねても答えは返ってこないだろう。
今日の夜か明日にでも、帰ってきた陸玄本人に聞けば良いと思った。
しかし……
その日、紅葉は午前中を父と共に畑仕事を行い、午後は木上の鍛錬を行った。
夜になって湯浴みをして汗を流し、家に戻っても兄の姿はない。
翌日も、そのまた翌日も陸玄は家に帰らなかった。
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