2 秋山
秋山の家系は代々秘伝の剣術を伝えている。
元々は甲斐地方の出であり、祖先はかの武田信玄に使えていたらしい。
と言っても名のある武将ではなく、草の者、いわゆる隠密部隊に所属していたようだ。
俗な言い方をすれば忍者というやつである。
秋山の家系は常人と比べて身体能力に優れていた。
隠密行動はもちろん暗殺任務も数多く行っていたと言う。
時代が江戸時代、東京時代と降るに従って草の者が必要とされなくなってからは、古流剣術を伝える道場主として生計を立てていた。
それはE3ハザード後も変わらず、甲斐の地からここ信州諏訪地方に拠点を変えて今も存続している。
秋山兄弟が村の一員でありながら十を数えても畑仕事を免除され、剣術や学問を学ぶことが許されているのは、偏に彼らの父親が町道場の経営者であり、子どもたちに読み書きと常識を教える寺子屋を開いている名士だからである。
もちろん秋山家も自分たちの畑を持ち、適度に作物を育てては年貢も納めている。
だがこのように余暇を利用して町行きを許されるのは村の者としては特別な好待遇であった。
道はやがて旧国道に出る。
人の往来がある道路は半ば放置された県道と違ってきちんと整備されている。
と言っても道路を割って生える草木を刈ってあるくらいで、アスファルトの裂け目はそのままだ。
道路を修復する技術を持った人間などいないのである。
この辺りは旅人もあまり通らない街道町なので、わざわざ直す意味もないが。
二人が訪れた町はそれほど大規模なものではない。
近隣の村々を統括する代官が住まう屋敷を中心とした二百戸ほどの集落である。
それでも紅葉たちの暮らす村に比べれば遙かに人が多く活気もあった。
瓦屋根の住居が建ち並び、往来では商人が露店を拡げている。
メンコやベーゴマで遊ぶ子どもの姿も多く見られた。
陸玄はスケートボードを小脇に抱えて町の通りを足早に進んでいく。
紅葉はその後ろに隠れるように付き従った。
人が多い場所は苦手なのだ。
「おはようございます!」
道場に着いた。
陸玄は門を開いて軽快に挨拶をする。
「陸玄さんだ!」
「おはようございます!」
「ざいまーす!」
竹刀で打ち合いをしていた門下生たちが手を止めて挨拶を返す。
ほとんどが八歳から十二歳くらいの少年たちである。
町では心身の鍛錬として若年層に剣術の稽古が推奨されている。
とは言え、実際の所はほぼ娯楽として受け入れられているようなものだ。
道場主である秋山
陸玄は荷物を壁際に置いて竹刀袋から自分の竹刀を取り出した。
防具などというものは誰も身につけていない。
痛みを覚えることも心身を成長させる要素だというのが秋山の教えである。
「おはようございます。師範代」
「おはよう、陸玄君」
陸玄は道場の年長者である中年男性に一礼をした。
秋山一家は村に住んでおり、透輝は寺子屋の教師も兼ねている。
そのため普段の町道場の経営や少年たちへの指導は彼に一任されていた。
彼は透輝の一番弟子であり、腕前も十分に認められている。
子どもたちに剣術を教える技術に不足はないし教師としても優秀だ。
だがやはり歳の近い陸玄が道場にやってくる日は子どもたちのやる気が違う。
陸玄はまだ十三歳であどけなさも残る少年であるが、ひいき目に言っても整った容姿をしている。
いろんな意味で町の少年たちの憧れの対象であった。
そして何より……
「それじゃ、かかってきなさい」
門下生たちは陸玄を囲むように円を作る。
そして一人ずつ竹刀を構え挑んでいった。
「ほらほら、そんなへっぴり腰じゃ当たらないよ!」
「はいっ!」
「相手の目を見て! 足を動す! 気合いで負けない!」
「はい!」
陸玄の指導はスパルタであるが笑顔を絶やさない。
彼の指導には師範代にはない魅力があるのだ。
何より陸玄は強い。
誰一人竹刀の先すら身体に触れさせない。
そして油断した者からびしばし叩かれ倒されていく。
次第に順番は守られなくなり、二人、三人、あるいは四人同時に攻撃を仕掛けるようになるも、陸玄はそのすべてを躱しながら反撃を叩き込んでいく。
ただし陸玄の攻撃は当たってもそれほど痛くないはずだ。
急所は決して狙わず、攻撃を当てる直前に適度に力を抜いている。
剣術としては良いことではないが、それを可能とするだけの実力があるのだ。
「陸玄君はまた腕を上げたなあ。そろそろ俺でも敵わないかもしれないな」
師範代が感心したように呟いた。
紅葉はまさかと思ったが、あながち嘘でもない可能性もある。
兄の強さは同世代と比べてもずば抜けている。
技量だけではなく身体能力そのものが全然違うのだ。
秋山の家系に伝わる資質は間違いなくすでに開花している。
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