はんぶん
――5月3日、あたし
卵巣がんだった。
元々生理痛はあんまりない方だったんだけど、ある時からすごく重くなって腰もメチャメチャ痛くって、「これが生理痛か。世の女性たちはこんな大変な思いしてたんだな」とか思ってたら、目の前がぐるぐる回って全然起き上がれなくなって。
気が付いたら救急車で運ばれた後で、がんだって判明した。
それが高校に入学してちょっと経った頃のこと。
しかもかなり進行してて、若さもあってどんどん転移して、「長くて後1年です」って余命宣告受けた。
もう入院して出来ることがなくなったからって、また学校に通いはじめたのは、夏休みが終わってから。
ホントにあっという間の出来事だった。
学校の友達でこのことを知っているのは、中2からの親友の
「んあー。結局夏休みなんも出来なかったよ。高校入ったらなんか青春ぽいことやりたかったのに」
登校して早々弱音を吐いてたら、
「どうせ入院してなくても、青春ぽいことなんかなかったって」
と美唯ににべもなくあしらわれた。
「このあたしだって
そんな言い方してるけど、なんだかんだ美唯はしょっちゅうあたしのお見舞いに来てくれて、漫画とか色々差し入れてくれてた。
学校にまた通うことが決まってから、うちのママから「くれぐれもどうか」ってお願いされてたのを知っている。
だけど美唯にしたって家族にしたって「そんなこと言って、結局ズルズル長生きしちゃうんでしょ?」ってのは思っていたと思う。
あたしだって、確かに凄く痛かったり苦しかったりして薬と通院は欠かせないけど、あまりの急展開に現実味を感じられていないところがあった。
もちろん、足下の床が突然パカッと開いて、底無しの穴に落とされるような怖さもないわけではなかったけど。
「あ、杏里沙。体育祭の係だけど、あたしと一緒に買い出し班になったからね」
「何それ。いつ決まったの?」
「夏休み前。夏休み中から準備とか練習してるんだよ」
夏休みが終わったらすぐ体育祭か。
最近は猛暑で春に体育祭をやる学校も増えてるらしいけど、うちの辺りはそこまでは暑くないからまだこの時期らしい。
「男子の買い出し担当は、
そう言って美唯が指差した先にいたのは、地味そうなメガネ男子だった。
斜め前に座っていた彼は、あたしたちの会話に気が付いたのかちょっとこっちを見て軽く頭を下げた。
あたしはクラスに馴染む前に入院しちゃったから、美唯以外のクラスメイトは全然分からないけど、ずっと闘病してたってことは周知の事実だったから、みんな優しく接してくれた。
担任の先生は、あたしの事情を知っているはずなのに気を遣うような感じじゃない、気さくな若い女性の体育教師だった。
そしてそんな先生は、ホームルームでみんなと平等にあたしにもアレを配った。
「進路希望調査だと!?」
第3希望まで書く欄がある。
これはあたしの内面的にも対外的にも結構難問だ。
そもそもちゃんと考えたことなんてなかったし、あんまりリアルな内容書いてもしんみりされちゃうじゃん?
ここはウケを狙うか?
あたしの唸り声が聞こえたのか、矢辺くんがあたしの方を振り向いた。
「ごめんねー。うるさくして。進路希望考えるの悩んじゃってさ」
あたしは笑顔で愛嬌振りまいて謝ったけど、矢辺くんは
「いや」
と無表情に答えてまた前を向いて、それでやり取りは終わってしまった。
真面目か。
「ねえ、みーゆー。あんたの進路希望って何? 写させてよ」
「何言ってんの。あたしが決めてるわけないじゃん」
それ胸張って言う?
「あー。マジ何書こう」
「先生も言ってたじゃん。まだ決定じゃないって。取り敢えず興味あること書いとけば?」
「んー。じゃ、アイドル歌手?」
「何、杏里沙そんなの興味あったの? 初耳なんですけど」
「今興味持った。あたしにピッタリじゃん。可愛らしさと美声で日本中の人々を幸せにするの」
「バッカじゃないの。じゃあ、あたしはバックダンサーかな」
「何、美唯踊れるの? 初耳なんですけどー?」
そんなくだらないこと言って笑ってたら、久しぶりにカラオケ行きたくなってきた。
入院病棟で知り合ったおじさんに聞かせてもらった曲がメチャメチャ気に入って、自分のスマホにも入れたんだ。
「ねえ、美唯『木蓮の涙』って知ってる?」
「知らない」
「メッチャいい曲だからさ、あたしの葬式で踊ってよ」
「いや、葬式で踊るとかあり得ないし…」
「大丈夫。遺言状書いとくから」
夏休み明け初日の学校は午前中でおしまい。
その後あたしたちはカラオケに行って、たっぷり歌いまくった。
肝心の『木蓮の涙』を歌って聴かせたら、良い曲だとは認めてたものの、「これ踊る曲じゃないじゃん」と悲しくも非難を浴びせられてしまったのだった。
翌日、教室で自分の席に着くや否や、矢辺くんに声を掛けられた。
「進路希望だけどさ、自分の好きな教科とか勉強したいことの延長で考えればいいと思うんだ。アイドル歌手になりたいんだったら、音大は難しいけど、専門学校とか」
もしかして、昨日のあのやり取り気にしてたわけ?
しかもアイドル歌手本気にしてる?
本物の真面目か。
あれからずっとあたしの進路のこと考えてたとか?
何それ。
メッチャ萌えるんですけど。
「矢辺くんは進路どうするの?」
「俺は数学が好きだから、ずっと数学の問題を解いていられるような所に行きたいと思ってるんだ」
本当に真面目だよ。
「ふふ。ふふふふふ」
「花守さん…?」
突然笑い出したあたしに矢辺くんが狼狽える。
「いやぁ、矢辺くんいい人だなあっと思って」
そんなあたしの言葉に、無表情だった矢辺くんの頬がほんのりと紅く染まって、はにかんだような恥ずかしそうな顔で、ちょっとだけ笑った。
何その顔。
反則でしょ。
あたしまで恥ずかしくなっちゃうじゃん。
――どういう人なんだろうかな、矢辺くん。
もっと話してみたい。
さっきの表情も、もういっぺん見たい。
同じ買い出し班だからまた話すきっかけはあるよね。
なんて楽しみにしていたら、夏休み明けの課題テストとやらで、3日ほど体育祭の準備は休みなんだってさ。
ちなみにテストだからといって、もう根本的に追いつけないあたしは勉強する気もなく、部屋の片付けでもしようと思い立った。
そして思い立ってすぐ、やる気をなくした。
だって春に突然倒れてずっとそのままだったんだよ。
どこから手を付けていいやら分からない状態だ。
読みかけの本がそのままなんてのはかわいいもんで、机の引き出しに食べかけのお菓子なんて物も入ってた。
せめて机の上に置いてたらママにどうにかしてもらえたものを。
ママには服とか以外には絶対触らないよう強く言っておいたから、洗濯物と入院中使うような物しか触らないでいてくれた。
でもあたしが死んだら全部見られるんだろうな。
見られたくない物の処分ていつしたらいいんだろう。
処分しないわけにはいかないけど、すぐ捨てて長生きしちゃったらショックだし、処分するには惜しい物もあるんだよね。
取り敢えず「美唯BOX」を作って、あたしが死んだら美唯に何とかしてもらうとするかな。
美唯ならあたしの貴重品の価値をわかってくれるからね。
美唯がいてくれて本当によかったよ。
うん。
方針は決まったことだし、今日はもうやる気が出ないからまた今度やろう。
一応言い訳しておくと、今日やる気が出ないのには、楽しみにしてたテレビドラマがスポーツ中継でなくなったショックもあるのだ。
もうそんな簡単に次週に繰り越しとかホントやめてほしい。
最終回まで観れなかったらどんだけ未練が残ることか。
最近では数少ない恋愛ドラマなんだよ。
あたしはラブラブでメロメロのドラマが見たいの。
恋のはじまりの甘酸っぱいドキドキした感じ、とかさ。
「ごめーん、杏里沙。あたしムカデ競争の練習しなきゃいけないんだ。買い出し班、あたしが選んどいて悪いんだけど、あと頼むわ」
「ムカデ競争…。似合うよ、美唯。頑張れ」
全競技への出場を免れたあたしは、笑顔で美唯を見送った。
運動神経に自信のないあたしは、それについて異論はない。
当日は医療テントで具合が悪くなった人にスポーツドリンクとかあげてればいいらしい。
あたしもそこで横になる可能性も、無きにしも非ずって感じだけどね。
ところで、あたしの買い出し班としての初仕事は、応援団の使うグッズの買い足しだった。
大した量じゃなかったから矢辺くんが1人で行こうとしたけど、学校周辺の店とか全然知らないから覚えたい、などと尤もらしいことを言って、まんまと2人で買い出しに出掛けることに成功した。
なんでだか応援にぬいぐるみを使いたいらしくって、可愛い物が置いてある雑貨屋さんに入った。
時計とかアクセサリーとか、ついつい目移りして色々見ちゃうあたしと違って、矢辺くんは、実に真面目に品定めをしていた。
「花守さんはどっちがいいと思う?」
「んー、そうだなあ」
あたしも真面目に考える風に見せかけて、こっそりぬいぐるみを持つ矢辺くんの手を見ていた。
これがなかなか、細くて長くてきれいな指だった。
絶対体育会系じゃないのに、半袖シャツから伸びる二の腕は意外にも逞しくて、男の子なんだなって意識してしまった。
あたしはそのぬいぐるみに触るふりをして、矢辺くんの指に触れた。
いや、ちょっと当たったくらい。
不自然じゃなかったよね。
メッチャドキドキする。
メガネの奥の目は相変わらず真面目だ。
どうやったらこないだみたいな表情してくれるのかな。
どっちを買うのか決めて矢辺くんが会計をしている間、レジの近くにあったキャラクター物のシャーペンが目に入って、買うつもりはないけど、つい品定めをしてしまった。
「買うの?」
「んーん。なんかコレ、美唯がメッチャ好きそうだと思って」
全然可愛くないキャラクター。
こういうのがツボなんだ。
あたしと美唯は初対面からメチャメチャ趣味が合って、好きな歌手とか好きな俳優とかも大抵一緒だった。
「もうすぐ美唯の誕生日だから、うまく隙をついて何か買わなきゃと思ってさ」
「へえ…。そうなんだ」
何の気なしに矢辺の顔を見ると、矢辺くんが、なんだか優しい顔で笑っていた。
今のやり取りのどこで矢辺くんにそんな顔をさせたの?
胸騒ぎがする。
あたしと美唯って、好きな男の子のタイプも一緒なんだよね。
――翌日、担任の先生が学校を休んだ。
そしてその次の朝、教室に入ってくると無言で黒板に何かを書きはじめた。
親の死は己の過去を失い
子の死は己の未来を失い
夫の死は己の今を失い
友の死は己の半身を失う
先生の大学時代からの友人が亡くなったらしい。
同じ体育教師で前日まで元気だったのに、夜眠りに就いて、そのまま朝目覚めることなくこの世を去ってしまったのだそうだ。
黒板に書いた言葉は、その友人から昔教えてもらったものだと言っていた。
眠ってそのまま苦しむことなく逝けるっていうのは、理想的な最期だろう。
でも予兆がないっていうのは困るなあ。
そもそもあたし本当に死ぬのかな。
死ぬんだよねえ?
天性のめんどくさがり屋で先延ばしにしてきたけど、やっぱりちゃんとやることやっとかないといけないかな。
その日、買い出し班の仕事は特にないから帰っていいと言われた。
だけど美唯は今日もムカデ競争の練習で帰れないらしい。
リーダーの子の話によると、団体競技は点数が高いからここで勝ちにいきたいところだけど、足並みが全然揃わなくってまだまだ練習が必要とのことだ。
頑張る美唯を練習が終わるまで見守ってあげたいけど、炎天下とか絶対無理なあたしは、笑顔でエールだけ送って別れを告げた。
今はもっと優先したいことがあるしね。
校門を出て、先を歩く男子を追いかける。
「――矢辺くん! 矢辺くんも今帰り?」
それから、2人で並んで歩いて色々話をした。
あたしたち、周りからどう見えてるかな。
彼氏彼女に見えるかな。
……手、つないでみたいな。
鞄を矢辺くんとは反対の方に持って、ちょっと大きく手を振って、何気なく矢辺くんの手に当たるようにしてみる。
トンって、それだけなんだけど、キュンってする。
なのに当の本人は、ぶつかって「ごめん」って、手が当たらないよう気を付けられてしまった。
ああ、もう。
そうじゃないのに。
もしかしてあたし疎まれてる?
と不安になったけど、そんな感じでもないっぽい。
天然か。
絶対奥手だと思うんだけど、会話はすごく弾んだ。
美唯の話だと特に、表情が柔らかくなる。
「あたしたち、昔から中身はほとんど同じだって言われるんだよね」
「ああ。確かに。分かる気がする」
矢辺くんが目を細めて笑った。
そんな表情もするんだ。
ドキドキときめくけど、なんか切ない。
同じ中身なのに、どうして美唯なんだろう。
やっぱりあたしより長い時間知ってるから?
じゃあ、これからあたしと一緒の時間の方が長くなったらどうなるだろう?
いろんな思いが胸を渦巻く。
そして、意を決して言った。
「あのさ、矢辺くん。お願いがあるんだ」
「お願い?」
「あのね、あたし、もうすぐ死ぬんだよね」
――その後、あたしは思惑どおり矢辺くんの連絡先を教えてもらった。
夜にはちょっとだけ、これからのことについての相談をした。
やっぱり真面目な返信で、文字からも矢辺くんが感じられる気がして、1行とか2行とかの文なのに、飽きずもせず眠るまでずっと眺めていた。
「――ねえ、美唯。あたしが死んだら美唯の体貸してくんない?」
「はあ? 何言っての。貸すわけないじゃん」
「だってさ、みんなあたしたちの中身はそっくりだって言うから、ちょっとくらい入れ替わっても気付かれないと思うんだよね」
「いやいやいや。あたし杏里沙ほどはズボラじゃないから」
今朝目覚めたとともに思いついた名案は、あっさりと却下されてしまった。
まだホームルームも始まる前。
「おはよう」という挨拶とともに、まだ言葉を交わしたことのない女子が興味津々に話しかけてきた。
「ねえねえ、花守さん。昨日矢辺くんと一緒に帰ってなかった? もしかして付き合ってるの?」
どうやら昨日見かけたらしい。
「えええー? そういうんじゃないよ」
否定はしたけど、締まりのない顔だったことについては自覚している。
やばいやばい。
美唯にばれちゃう。
「……杏里沙ってさ、矢辺くんのこと、結構好みでしょ」
美唯が目を合わせないで聞いてきた。
ふーん。
気になるんだ。
「えへへ。うん。メッチャいいよね。連絡先交換しちゃった」
「…………」
あら無言?
言いたいことがあれば言えばいいのに。
あたしがもうすぐ死ぬから?
気を遣ってるって?
それからの美唯は、腫れ物に触るみたいに、矢辺くんの名前をいっさい口に出さなくなってしまった。
そして放課後、美唯は今日もムカデ競争の練習で居残り、あたしは約束していた矢辺くんと一緒に帰った。
こないだ買い出しで行ったお店に、スゴく気になる物があったんだ。
「ほらこれ。この腕時計。メッチャ良くない?」
「ふーん。こういうのがいいのか」
女の子の趣味がよく分からない矢辺くんは、あたしに流されるままそれをレジに持っていった。
あ、でもせっかくだからお揃いで欲しいな、なんて思って、後から色違いの品もレジに持っていった。
それも矢辺くんが払ってくれようとしたけど、それはちゃんと断ってあたしが払ったよ。
買い物が終わってもまだもっと一緒にいたくって、その先のカフェに連れ込んだ。
店の外からケーキがたくさんあるのが見えて、メッチャ気になってたんだよね。
「矢辺くんはこういうお店来ないの?」
って訊いたら、
「いや、こういう女の子の好きそうな所は男は恥ずかしいよ」
ってさ。
やった。
あたしが初めて!?
まじテンション上がる。
「こういうお店大好きだから覚えておいてね」
「そうなんだ。分かった。俺から誘うよう努力するよ」
あたしは取って付けたような感じに言ったのに、矢辺くんは真面目に頷いた。
夜、矢辺くんに「今日は付き合ってくれてありがとう♡」って送ったら、「こちらこそありがとう。楽しかった」って返事来た!
「楽しかった」だって!
口先だけのことなんて言わない人だから、これ本心だよね。
心からの言葉だよね。
ああもう、これ家宝にしたい。
あたしが死んでもずっと、消さないでおいてもらえないかなぁ。
そして待ちに待った翌日、あたしは傍目にも分かるくらいウキウキしていた。
美唯はそんなあたしの様子を気味悪がっていたけど、あたしの左手首にある見慣れない物に気が付いたようだ。
「それ新しい腕時計? メッチャ可愛くない?」
「でしょでしょ! やっぱりそう思うよね。昨日矢辺くんと一緒に行って買ったんだぁ」
楽しげに腕時計を見せびらかして話すあたしに、美唯は黙り込んで不穏な空気を漂わせていた。
「言いたいことがあれば言えばいいのに」
昨日も思ったことを、口に出して言ってみた。
「…………」
言ってくれないんだ。
「昼休み中庭に来てよ。そこでじっくり話そ? いい? あたしに気を遣わないで本音をぶっちゃけていいから。このままじゃ後味悪いじゃん」
一方的にそう言い放って、あたしは美唯から離れ、昼休みまで何にも言わなかった。
昼休み、中庭には美唯より先にあたしが着いた。
そして木の後ろに隠れて、息を殺して美唯の到着を待っていた。
「――杏里沙?」
来た。
美唯があたしを捜してキョロキョロしていると、ベンチに座っていた矢辺くんが美唯に気が付いて声を掛けた。
「え? 矢辺くん? あたし、杏里沙と約束が…」
「うん、聞いてる」
「へ?」
状況が理解できてない美唯に、矢辺くんが可愛くラッピングされた小箱を差し出した。
「誕生日おめでとう。これ、花守さんと俺から」
美唯はまだ訳が分かってないまま、取り敢えず包みを開けてみていた。
「腕時計。――ってこれ、杏里沙のしてた…」
「花守さんが、真北さんが絶対喜ぶ時計見つけたけど、値段がちょっと高いから協力してほしいって。……結局、お揃いにしたいって自分のも買ってたけど」
あ、美唯泣きそう…?
混乱してる?
「それで、あの…。花守さんが言うには、だけど、真北さんが俺のこと、す、好きだけど、自分から言い出せないでいるって…。自分がいなくなった後、俺に任せたいんだけどって…。それで、花守さんに言われたからじゃなくて、あの、俺と付き合ってほしいんだ」
せっかく矢辺くんがメッチャ照れて言ってくれてるのに、美唯の中で何かがブチ切れた音がした。
「杏里沙!! 出てこい! いるんでしょ! この馬鹿ーーっ!!」
あたしはお腹を抱えてメチャメチャ笑った。
あの顔。
真っ赤だよ。
美唯のあんな顔初めて見た。
ああもう、死ぬ前にいいもん見せてもらったわ。
――その後のことを簡潔に説明しておくと、あたしと美唯は仲直りした。
美唯と矢辺くんは付き合いはじめた。
あたしは2人のデートに遠慮なくお邪魔して、青春の思い出ってやつをいっぱい作った。
テレビドラマの最終回は観れた。
あたしの葬式で美唯は踊ってくれなかった。
思ってたより、美唯はそれどころじゃなかった。
美唯の体を借りるという野望は、まだ果たせてはいない。
めんどくさいからもういいか、とも思っている。
あれからさ、
ちょっと発想の転換てのをやってみたんだ。
先生が言ってた「友の死は己の半身を失う」っていうやつ。
美唯は自分の半身を失って寂しいだろうけど、
あたしからすれば
これからもまだ
あたしの半分は生き続けるんだなって――
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