第7話

「あの、先輩、今度の日曜日、デートしてくれませんか?」  


 彼がそう切り出してきたのは出会ってからニ週間程度たった日だった。典型的幼馴染みがこれまた委員会というありがちな用事で下校を共にせず、彼女持ちにいたっては顔すら合わせていなかったその日は彼にとって絶好の日だっただろう。あるいは、二人きりで帰ることに緊張し、雰囲気にあてられただけかもしれなかったたが。


「デートってお前…」

「あ、すいません。デートというか、荷物持ちというか、買い物に付き合って欲しかっただけなんです」

「その三つは全然違うけどな。ってそうじゃなくて、お前やっぱ女の子だろ?」

「いえ、男の子ですよ?」

「中身の話だよ」


葵の表情が、少しかげる。


「やっぱり気づいてましたか」

「まあな。お前、嘘つくの下手くそだし」

「先輩には言われたくないです。でも、わかっているなら話は早いですね。そうです。私、女の子なんですよ。トランスジェンダーなんです。本当はデートの終わりに話そうと思ったんですけど。まあ、そんなわけなんでデートのときは私を女の子として扱ってくださいね?」


口調こそ明るかったが、彼女は泣きそうな顔をしていた。


「場所は後で連絡しますね」

 

 そう言って彼女は足早に去っていった。


 日曜日、葵は可愛いらしい格好をして、待ち合わせ場所へ来た。大介はそのことには触れないよう意識していた。その話をするとどうにも雰囲気が暗くなってしまう気がしたからだ。もしくは服を褒めるのがただ恥ずかしかっただけかもしれないが。


「ごめ〜ん、待った〜?」

「お前、敬語はどこにおいてきたんだよ」

「ごめ〜ん、待った〜?」

「おい、聞こえてんのか?」

「ごめ〜ん、待った〜?」

「…全然待ってないよー」

「最初から、そう言ってください、先輩。今日は、デートですよ?」

「お前、デートというか、荷物持ちというかとか言ってなかった?」

「さ、行きますよ、先輩。今日一日はきちんとして下さいね。もし、手を抜いたら美咲先輩に今日のこと、言いますからね?」

「別にあいつに言っても何もならねえよ」

「そうですか。先輩は貧乳が嫌いと美咲先輩に伝えておきますね」

「待て待て待て、言うのは今日のことじゃないのかよ?」

「今日のことを言った方が怒られると思いますけど…」


「それで今日は何を買いにきたんだよ?」

「えっとですね、体育祭の練習で使うタオルと、あとは…」


 大介は少し驚いた顔をしていた。


「何ですか、先輩?変な顔してどうかしましたか?」

「お前、真面目に買い物する気あったんだな…」

「それはそうですよ。うちの学校、春に運動会があるじゃないですか。高校生活の最初の行事で失敗したくないから先輩を呼んだ…っていうのは言い訳っぽいですか?」

「いや、全然」


「なあ、ところで、タオルってのは、その」

「どうかしましたか?」

「いや、その」

「歯切れが悪いですね、先輩。はっきり言って下さい」

「タオルってのは男の子っぽいやつを買うのか?」

「ん?ああ、そんなことですか」

「そんなことっていうけどよ」

「うちの学校、ジェンダーの問題については寛容というか先進的というか理解がある先生が多いんですよ。だから女の子用のタオルを選んでも問題ないんです」

「でも、生徒からの偏見みたいなものはあるだろ?」

「そんなの多少はありますよ。それでも私の友人達は理解してくれているので大丈夫です。それにいざとなったら、先輩が守ってくれそうですしね」

「ああ、美咲は守ってくれそうだよな」

「先輩、デート中に他の女の子の名前を出すのはどうかと思いますよ?」

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