VOL.4


 次の日、俺は渋谷区道玄坂にいた。


 そこは、この間俺が訪ねた、あの『月刊フェアリー倶楽部』を出している出版社が入っているビルがあった。


 腕時計を眺める。デジタルの数字が、午後9時ジャストを示していた。

 

 間違いない。そろそろ”彼”が出て来る頃だ。


 出てきた。


 ビルの裏手にある通用口から、辺りを警戒しながら出てきた。


 肩をすぼめ、おどおどした歩き方で、自分の周囲が全て敵みたいな感じである。


 車道を挟んで、俺は反対側から彼を見失わないように歩調を合わせた。


 交差点の信号が赤になり、歩行者信号が青に変わった。


 俺は歩調を緩め、歩道を渡る。


 彼とはおよそ50メートルほどしか離れていない。


 ガードレールにもたれ、酔った振りをしながら、やり過ごす。


 正面の信号が赤に変わる。


 渡り切った5メートルほど先に郵便ポストが見えた。


 彼はその前で立ち止まり、懐から何か取り出し、ポストに投げ入れた。


 俺は音を立てずに彼の背後に回り、肩を一つ叩いた。


 バネ仕掛けの人形のように、彼は横に飛び、後ろを振り向く。


『よう』


 声を掛け、俺は認可証ライセンスとバッジを出して、彼の顔の前に突き出した。


『この間、君が勤めてる編集部にお邪魔した探偵だ。岡田・・・・弘君だっけな?』


『な、何です?』


 自信のなさそうな眼差しで俺を見ながら、持っていたバッグをしっかり抱きしめた。


『何ね。俺もあの手の本について色々知りたいことがあってさ。手間はとらせないから、どっかで一杯呑りながら話さないか?』


『せ、折角ですけど、僕はお酒が呑めないので』

 明らかにこの場を離れたがっている。


『だったらメシを喰うだけでもいい。中華・・・・ラーメンと餃子くらいならおごるぜ。深夜の残業は腹が空くだろ?』


 押しに弱い性格と見た。


 俺が畳みかけると、彼はそれ以上拒否をせず、黙って後についてきた。


『君、以前くろだ薫の担当だったんだってな?』ラーメン屋に入り、チャーシューメンとギョーザを注文すると、俺は彼に訊いた。


 また彼の目に、警戒するような光が宿る。


『・・・・編集部に入ってすぐのことです。もプロデビューして間もない頃でした・・・・』それだけ言って、黙々とメンを啜り、ギョーザを食べる。


『で?』

 俺がまた訊ねる。

『で?って、何が知りたいんですか?』

『彼女の漫画の事だよ。』

『最初の頃はただ綺麗っていうだけの絵柄でしたけどね。この頃はストーリー運びも上手くなったし、絵も艶めかしさが増してきましたから』

『それだけかね?』

 俺の言葉に、少しムッとしたような表情のまま、また黙々とメンを啜り、餃子をぱくついた。

『それだけですよ。僕たち編集者にとって、漫画家ってのは商品みたいなもんですからね。良く”編集者がその漫画家の一番最初のファンだ”なんて、訳知り顔でいう人がいますけど、僕はそうは思いません。僕たち編集者は、いい商品を見極めて、それを雑誌という店頭に並べる・・・・買うか買わないかは読者の判断です』


 実にきっぱりした口調だった。


『その割には編集部の君の机の引き出し・・・・担当でもないのに、何故あんなにくろだ薫先生の本がしまってあったんだね?』


 彼はまたむっつりと黙り込んだ。


 チャーシューメンをたいらげ、ギョーザを半分残して食べ終えると、


『お話しはそれだけですか?ならお先に失礼します。僕はこれから家でやらなきゃならない用事がありますので。ご馳走様でした』


『また脅迫状でも作るのかね?それともネットカフェに寄って脅迫メールか、彼女のブログに罵倒でも?』


『失礼します・・・・』

 不愉快そうに答え、椅子から立ち上がった。


『ああ、さっきあの怖い編集長さんに電話で聞いたんだがね。くろだ先生、今かかってる仕事が終わったら、しばらく故郷の栃木に帰って休養するそうだ。今晩辺りは締め切りに間に合わせるために徹夜らしいな。聞いてたか?』


『知ってますよ。僕だって編集者ですから』


 岡田弘はむっつりとそれだけ言うと、店を出て行った。

 

 


 




 


 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る