VOL.3
彼女の漫画を主に出版しているのは、比較的中規模の出版社で、主に男性向けの雑誌を多く出している。
その中にある、
『月刊フェアリー倶楽部』という漫画雑誌の編集部を訪ねてみた。
一見乙女チックな題名だが、内容はというと、それはもう、ロ〇コンあり、不倫ものあり、レズビアン(いや、”百合もの”というべきか)ものありと、有名なグルメタレントのキャッチフレーズじゃないが、
”エッチの宝石箱”
と呼ぶにふさわしいラインナップだった。
『くろだ先生はウチの看板作家ですからね。あんまりいじめないで下さいよ』
白いシャツブラウスに黒のスリムなパンツ。ショートカットの髪にに切れ長の目を光らせて俺を見たのは、この「フェアリー倶楽部」の編集長、川田奈津子女史である。
『彼女の正体については、今のところはっきりさせていません。男性か女性かも分からないようにしてあるんです。だからペンネームも、男女不明のようにしてあるわけです』
彼女は俺が聞きたいことを察して、先手先手と打ってくる。
なるほど、これでなくちゃ編集長なんて商売は務まらんだろうな。
『彼女の作品に対する反応は?』
『
彼女は得意そうに鼻をうごめかした。
デスクの端に最新号が載っている。
表紙には日傘を差し、夏物の着物を着て髪をアップに結った女性と、半そでのセーラー服を着た少女が仲良く寄り添っているイラストが描かれている。
この絵もどうやらくろだ薫先生の筆になるもののようだ。
一見するとセックスを売りにしているようなアダルト雑誌には見えない。
『何しろこのところウチみたいな雑誌には、色々と規制の目が厳しいものですからね。これなら別に扇情的でもありませんから、買う方もさほど違和感がないし、お店から懸念を持たれることもないでしょう』
俺は手に取って、頁を繰ってみる。
大人しやかな表紙とは違い、中は相当にどぎつい。
いや、俺はそんなに道徳家じゃないから、こんなものに目くじらを立てるつもりはないんだが、真昼間に読むにはいささか刺激が強すぎるようだな。
『まあ、それは結構ですが・・・・ところで、くろだ薫先生に対して、このところ脅迫状が届いていると聞いたのですが、彼女が人から恨みを買うとか、そんな話を何かお聞きになっていらっしゃいませんか?』
編集長氏は、はっきりした口調で、
『いいえ、とんでもない。先ほど申し上げました通り、読者の評判もいいし、彼女自身も真面目で才能もあります。恨みを買うような話は全く心当たりはありませんね』
と、答えた。
『では、男性関係で揉めていたようなことは?』
彼女はまた”とんでもない”という風に首を振った。
『彼女・・・・くろだ先生はああ見えてその点非常に潔癖なんですよ。私も最初この編集部に来た時、彼女の担当だったんですが、そんな話、一度も聞いたことはありません』
それから10分ほど、彼女に付いて色々と訊ねたものの、大した収穫はなかった。
『分かりました。色々どうも』
俺がそう言って椅子から腰を上げた時、
『あのう、編集長。山神なぎさ先生の原稿が上がりましたが、チェックお願いします』
すぐ後ろでか細い声がした。
振り返ってみると、そこには一人の若い男が立っていた。
ボサボサの頭に黒メガネ。
服装は、冴えないチェックのジャケット・・・・と、印象に残っているのはこれくらいで、後は殆ど記憶に残らない。そんな人物だった。
『岡田君、今度は間に合ったようね。貸しなさい』
川田編集長は少しイライラした口調で、ひったくるようにして原稿の入った封筒を受け取ると、指で一枚一枚丹念にチェックをしてゆく。
原稿をめくるたびに彼女の額に青筋が立ち、こめかみが細かく痙攣する。
『なにやってんのよ?!貴方ここに来て何年になるの?!こんなんじゃ全然駄目じゃない!作家にいいものを描かせるのも担当の腕なのよ!いい加減仕事を覚えなさいよ!』
きつい口調で青年を叱り飛ばす。
青年はただひたすら『はぁ、はい』と、頭を下げるだけだ。
『いい?!今日中にもう一度描きなおし!直ぐに電話しなさい!いいわね』
編集長は青年に指示を細かく与える。
青年は頭を下げ、また深く頭を下げると、自分の席へと戻っていった。
”まるで自衛隊並みだな”
俺は思った。まあ出版業界ってのは、生き馬の目を抜くともいわれるところだし、何せ出版不況と来てるから、編集長が必死になるのも無理はあるまい。
青年は自分の席に変えると、机の上の電話を取り、小さなぼそぼそした声でどこかに電話をしている。
彼の脇を何気なく通り過ぎようとした時だ。
一番上の引出しが半開きになっており、そこには所々切り取った痕のある雑誌と、彼女がこれまで出版したと思われる単行本が積んであり、一番上には最新の
”あなたと私、秘密の時間”が・・・・いや、正確にはカバーだけが載せられていて、女性のイラストの目の部分だけが、黒く塗りつぶされているのが見えた。
俺が編集部の部屋を出る時、すれ違いに一人の女性編集員が中に入ろうとしたので、俺は”岡田”という青年について訊ねてみた。
『オカダ?ああ、岡田弘君のことですね』
何でも彼は今年の初め、同じ出版社の別の雑誌の編集部からこちらに変わって来たばかりだという。
『別に陰気っていうわけじゃないんですけど、何となく影が薄いっていうか、存在感があまりない、兎に角いるかいないか分からないような、そんな人なんですよ。』
気が弱い所は玉に
俺は入り口で立ち止まり、もう一度彼の方を見た。
受話器を持ち、何度も目に見えない相手に向かってお辞儀を繰り返している。
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