VOL.2
『驚かれたんでしょう?女性がこんな漫画を描いてるなんて』
アトリエ(仕事場の事を彼女はこう呼んでいるらしい)の隣の六畳間のソファに向かい合って座り、用意してくれた紅茶を飲みながら、彼女はそう言ってほほ笑んだ。
彼女・・・・くろだ薫というのはペンネームだそうだ。
本名は岡本花江。年齢は24歳で独身。プロの漫画家になったのは、つい二年ほど前のことで、それまでは高校を卒業後普通のOLをしながら、暇を見つけてアマチュアとして同人活動などを地味にやっていた。
そのうちにある同人誌即売会で、漫画雑誌の編集者に目を留められ、
”ウチで描いてみませんか?”となり、二・三の短編を描いて渡したところ、これが思った以上に好評で、プロとしてやっていく決心を固めたという訳だ。
最初の内は性描写はあっても、もう少しマイルドなものを手掛けていたのだが、そのうちに編集者から望まれるままに、次第に過激な内容になって行き、作風も大幅に変え、今に至るという訳である。
『最初にお断りしておきますが』俺はそう前置きし、いつも通りに法に反するような調査は出来ない事。自分のポリシーに反する依頼も原則として引き受けない旨を伝えた。
『ご安心ください。そんな依頼じゃありません。』彼女はそこで声を潜めると、
『拝見しても?』
俺が言うと、彼女は頷く。
最初の一通を見てすぐに分かった。
脅迫状だ。
封筒の宛名は、細かい所に至るまで全て雑誌の切り貼りをしてある。
封筒の一つを開けてみると、中には便せん二枚で、大体次のようなことがしたためられていた。
”貴方の漫画は気に入らない。というよりあんな作品を描くのは許しがたい。貴方のような人間に漫画など描く資格はない”
『これが一番最初に来た手紙です』
彼女の言葉に頷きながら、俺は二通目に目を通す。
今度のは作品のストーリーや、登場人物の行動などについて、微に入り細を穿って批判が展開してあった。
あて先はどれも連載や単行本を出版している雑誌社になっていた。
当然だが、彼女は自宅やアトリエの連絡先も非公開だし、自分の顔写真すら載せたことはない。従ってごく一部の編集者以外、女性であるということすら知らないのである。
裏を見ても、差出人の欄には何も書かれていない。
消印は都内であることが分かっただけで、全てバラバラになっている。
『後はどれも同じようなものばかりですか?』
『ええ、でも、それが日に日にエスカレートしていくようで、怖くて』
彼女は眉を顰め、視線を落とす。
『実はこれだけじゃないんです。私はブログをやってまして、そこにも・・・・』と、彼女はもう一つの箱を指さした。
その中にはブログの感想欄をプリントアウトしたものが入っている。
ブログというのは、インターネット上で個人がやっている、HPの小型版のようなもので、作者が自分の日記や思いなどを綴れるようになっている。
彼女の場合は、次にどんな作品を描くかとか、出版した本についてとか、体験したことなどを書いてあり、それを読んだ読者から感想が書けるようになっている。
こういう場合の感想は、好意的な内容が殆んどなのだが、一件だけ、それもほぼ毎日のように批判・・・・いや、そんな穏やかなものじゃない。罵詈雑言に近いようなものが必ずあるのだという。
しかし、ブログには管理者がおり、彼女の場合はパソコンに詳しい友人と、編集者の一人がやってくれているので、この手の書き込みは事前にチェックして削除するようにしているそうだ。
『おま・・・いえ、警察には届けたんですか?』
『ええ、でも向こうも”物理的に何かして来ない限り捜査のしようがない。”と言われてしまいました』
幾ら”ストーカー規制法”なんてものが出来たからって、警察だってそうそう暇じゃないからな。奴らは犯罪かどうか立証できなければ、多分腰をあげることもせんだろう。
『・・・・分かりました。やってみましょう。それで、突き止めてどうされます?』
『警察に逮捕してもらうということもありますけど、一番は何でこんなことをするのか知りたいんです。私はただ好きな漫画を好きに描いていたいだけなんです』
『なるほど、ギャラについては一日六万円、他に必要経費と、あと仮に拳銃などの武器が必要な場合、若しくは物理的な危害が及ぶと判断した場合は、危険手当として一日四万円の割増しを頂きます。後はこちらの契約書をお読みになって、納得されたらサインをお願いします』
彼女にサインを貰って『では、契約成立という事で』と、俺が椅子から立ち上がろうとすると、
『一寸待ってください』
と、彼女から声が掛かった。
アトリエに戻り、暫くごそごそしていた彼女は、スケッチブックとサインペンを持って戻ってきて、
『あの、折角ですから、貴方の顔をデッサンさせて貰えませんか?なかなかハンサムだし、それに・・・・』
『それに?』
『探偵さんなんて職業の方とお会いできる
俺は苦笑するしかなかった。
『いいですよ。ハンサムと言われて悪い気はしない。ただ私の顔をエッチな場面に使わないでください。こっ恥ずかしくて仕方がない』
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