第31章 国境前での対峙にウンザリ

 角馬車の前に並び、聖真とチェチリアとフレデリカとルワイダは、グシオンとボティスに対面する。

「ブエルめ」ボティスは嬉しそうだった。「最期に大役を務めたか」

「無駄死にではなかったな」グシオンが同意する。「奴とアガリアレプト司令官の弔い合戦だ、始末をつけさせてもらおう」


「無謀だね」

 剣を構えつつ、チェチリアが警告する。

「こっちには君たちの同僚と上官を倒した救世主に加えて、ぼくらもいる。女王都に近い第二位の都市だし、騎士団本隊もすぐに駆けつけるはずだ」


「甘いな」グシオンが不敵に応じた。「そんな未来はとうに見通し、対策を講じている」

 彼の発言に呼応するように、街に散っていた悪魔たちが十体ほど戻ってきた。彼らを見て、救世主一行ははっとする。

 悪魔たちは、それぞれが一人ずつ市民を抱えて自らの鋭い爪を喉元に突きつけているのだ。


 焦る救世主たちへと、ボティスが言ってのける。

「ブエルは戦闘経験を魔帝国に送信していた、救世主の戦い方は心得ている。脅威は神等階梯級の大規模魔法だろう。でなくとも、これで自由には戦えまい」


 図星だった。

 王女都スヴェアでは、悪魔たちの主力が空にいたためそこに絶大な魔法を放っても市民の被害はなかった。今回はあえて飛ばないようにしているようで、地上であのときのような魔法を用いれば街をも巻き込んでしまう。そもそも、人質がいれば迂闊に手出しはできない。


「……耳をかっぽじって聞いてください」

 フレデリカが、救世主一向にだけ聞こえる小声で訴えた。

「今頃、魔帝軍と女帝軍の本隊も進軍を開始しだしたはずです。形勢逆転できる可能性は、救世主様がケンプ共和国に向かう手段しかねーかと」


「しかし」傍らで、ルワイダが意見する。「フェアリーゲートの異常は妖精輪管理の結界を通じて各国にも伝わっているでしょう。共和国も閉鎖するのでは」


「デーモンたちはともかく、十八属官の魔力値は平均数十万だ。二体も退けるのは難しいよ。人質もいる」

 敵を見据えたままチェチリアは言う。


「……考えがあります」

 そこで、フレデリカは何かを閃いたようだった。

「とりあえず救世主様はこれを、入国許可証です。簡易な式神しきがみでもありやがるので、一度持てば役割を果たすまで落としても持ち主を追跡し、なくなりません。所持したままゲートの上に入れば、即座に希望する別のゲートへも飛べます」


「切符みたいだな」

 聖真がそんな感想で受け取ったのは、先程、検問所で入国許可証と共にもらったものだ。

 ロゴス魔術で読むことはできる。〝円陀Bケンプ行き〟とアラビア語で書かれた小さな四角い厚紙だ。ちなみに式神は陰陽師の術で、紙などに仮初めの命を吹き込み使役する方法である。


 その後もしばし、救世主一行は自分たちに聞こえるだけの声量で相談をする。十八属官はやや待ったが、やがて痺れを切らしてグシオンが話しかけた。

「無為な会議は終わったか?」

「来ないのならば、仕掛けさせてもらうぞ」

 次いでボティスが宣告。じりじりと、二体の悪魔は近づきだした。

 ところで、救世主たちはやっとまともに対峙した。が、属官に呼応するように後退する。

 悪魔たちが違和感を覚えたとき、


「分が悪いのはわかったよ」

 チェチリアが発言し、続いて聖真は手まで振ってほざいた。

「そういうわけで、逃げるが勝ちだ!」

 言うが早いか、二人は踵を返して大通りを逆行。フレデリカとルワイダも続く。

 元来た道を引き返すように、ゲートと正反対の方向への全力疾走を開始したのだ。


「「えっ!」」

 予想だにしなかった行動に、属官二人は声をそろえて仰天。遅れて後を追いだした。

 ディアボロス本国がコーツ国内に進軍しだしているのは事実だ。その間、救世主と勇者を引き止めていなければ悪魔も困る。

 救世主はともかく、まさか属官から挑発されて後退するなぞこれまでのチェチリアにはなかった動きで不意をつかれた。


 勇者と救世主たちが再び国境に迫る。すぐ後ろには属官二柱が肉迫する。


「今だ! 夏狐ナツコ雄龍雌龍オンリュウメンリュウ!!」

 唐突に、チェチリアは刀を掲げて命じた。

 鍔の縁から雄龍神が、鞘から雌龍神が、鯉口から夏狐神が躍り出る。風神たる夏狐は後方に霧を吐いて目を眩ませ、雷神たる龍神たちは背に聖真を乗せるや空を引き返した。


「しまった!」

 悟ったグシオンは叫び、ボティスと共に、頭上を通り過ぎる龍神たちを追うべく踵を返した。


 飛んで戦うことを避けたので、悪魔は空にいない。霧で発見も遅れた。フェアリーゲートの前まで戻った龍神たちは、救世主を投げる。

 手前に陣取っていた手強い属官たちをどかすのが狙いだった。ゲートは地面から上にある一定の高さまでのものを転送する。

 聖真はフェアリーリングの真上の空間に接触するや、消失した。

 彼が去った直後。ぎりぎりのタイミングで円陀Bケンプ共和国もゲートを閉鎖、リングからの光は消灯された。


 属官二柱は、もはや勇者チェチリアたちと対峙するしかなかった。


「はめおったな!」

 妖精門を背にグシオンは怒り、隣でボティスが同調する。

「こうなれば、貴様らだけでも仕留めてやる。救世主がいなければ勝機は無いのだからな!」


 勇者も実力者であるし、アガリアレプトと同格で魔力値の平均が数億である次席上級六魔神の一柱を倒してはいる。とはいえ聖真ほどあっさりではなく、長時間の戦いの末に当時の仲間たちを失いながら満身創痍でやっと達成できたことだ。


「あまり愚僧らを侮らないことですな」

 それでもルワイダが、アスクレピオスの杖を構えて覚悟を決める。

「同感でやがるです」

 フレデリカも同意して、トネリコの杖を魔神たちに向けた。

「まったくだ」仲間と共に国境の門を背に、チェチリアは刀剣を敵対者に向けて決意した。「勝負を始めようじゃないか。警戒すべきは聖真くんだけじゃないって教えてあげるよ!」

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