ビクトリア女王国

第30章 妖精門の前で阻まれてウンザリ

 翌日。


「起きてください! 預言の!!」

 甲高い声と共に、聖真は往復ビンタで強制起床させられた。

「……ちょ、やめぇい!」

 抗議して相手の手をつかむと、翼だった。犯人は、仰向けに寝ていた自分に跨るルワイダである。

 開けられたカーテンから差し込む光はまだ薄暗く、そうとうな早朝。

「どういうつもりだよ!?」勢いよく上体を起こし、鳥人間を弾き飛ばす。「救世主だなんだと言っときながら殴るとか――」

 そこで思考が停止する。


 目前に胸と股を隠す程度の着衣、もとい下着だけを纏った少女二人がいたからだ。

 チェチリアとフレデリカ。彼女らは、足元に転がってきたルワイダで男子高校生の起床に気付き、向き合った形で沈黙。みるみる赤面していった。


「何をまじまじと見てるんだ、覗き魔か君は!」

「最低変態糞野郎ですか! 救世主様ともあろうお方が!!」

 二人の怒号と部屋中のものが投げつけられる。


「ご、誤解だ。てか一緒に温泉入ったし、目の前で着替えてるなんて――ごはっ!」

 棚に埋められて黙らされる。

 昨晩寝るときには、わざわざ背を向け合って寝巻きに着替えたのに疑問だった。


「温泉のときは今より隠してたよ! それに時間がないから、急がなきゃならないんだ!」

 聖真の夏服を投げつけてチェチリアは言う。

 フレデリカも余った着替えを投げつけながら補足する。

「入国審査は終わってやがるはずです、すぐに向かいましょう!」


「い、いきなりどうしたってんだ?」

 尋常でない雰囲気に降り積もった瓦礫をどかした聖真は、もぞもぞと布団の中で着替えながら問う。


水晶透視魔術クリスタルゲージングにより、緊急連絡があったのですよ」

 ルワイダが打った頭を撫でつつ辛そうに起き、羽毛の懐から水晶板を出す。

「夜分遅くにディアボロスが動いたそうです。魔帝国全土をドーム状に覆っている結界が上から徐々に解かれだしているとか。防御に徹する姿勢を崩したのは確実、なにかを察知したのでしょう」


「なっ!」聖真は焦って布団を跳ね除けた。「じゃあ急がねーと!」


 布団内で途中まで着替えていたのでほぼ裸だった。

 ルワイダ除く女性陣の悲鳴と共に、飛んできた机が顔面を襲った。



「ビクトリア女王国へようこそ、お気を付けて!」

 国境の壁に開いた検問所の門両脇を固める全身鎧の番兵たちは、テラアースにもある敬礼で挨拶をした。


「ありがとよでございます」

 返答もそこそこに通行許可証を丸めて後ろのワゴンに投げ、フレデリカは手綱を操る。


 救世主一行の角馬車は瞬く間に走りだし、東バイアテラノアであるビクトリアに入国。並木に挟まれた双頭蛇中央大通りのアスファルトの道を疾駆した。

 街並みは変わらず石造りのシダが纏わりつく建物が中心だが、クラーパの火の花は七夕しか咲かないという伝承通りにもうない。東はビクトリア第二位の都市なので街自体の規模は西よりずっと大きかった。

 そんな環境をよく観賞する暇もないほどの速度で駆け抜ける。あまりの速さに道の両脇を満たす開店準備中だった商店街の人々が仰天する。前方をとろとろ走っていた馬車は、脇に逸れてウィリー気味に抜っかす。


「カーチェイスかよ!」

 荷台であちこちに揺すられながら、聖真は抗議する。

 壁に押し付けられ、チェチリアのほどよい両胸を鷲掴みにしてしまった。

「違っ、不可抗力だ!」

 言い訳も聞いてもらえずビンタされて反対側に吹っ飛ぶ。次は車体がそちらに傾き、チェチリアが抱きついてくる。

「こ、これは誤解だ!」

「いやいや」弁明する彼女に、男子高校生は洩らす。「さっきこっちの言い分無視したくせに!」


 重力と慣性の影響を僅かに飛ぶことで凌ぎ、バランスを保つルワイダが呆れた。

「やれやれ、人族は面倒ですね」


 正面。双頭蛇東灯台根元に埋め込まれたアブラム正教会の前に、広場が現れてくる。ストーンヘンジのごとく円形に巨石が並べられ、根元に沿ってキノコが生えていた。

 フェアリーゲートだ。


「あれです!」フレデリカが後部を励ました。「もうちょっと辛抱しやがれですよ!」


 ときだった。


 暗い光がゲートから昇天した。

 周囲にいた門番や、疎らな市民がざわめく。

 ゲートから異形も出現したからだ。コウモリの翼に二足歩行する山羊の肉体を有する一般的な悪魔、デーモン兵たち。


「魔帝軍!?」

 フレデリカも叫んで角馬車の手綱を引く。主人の指示に従い、ユニコーンたちは地面を滑りながら止まろうとした。

 間にも、悪魔たちは周りの人間に襲い掛かる。


 そこで――。


『警告』ストーンヘンジが声を轟かせた。『無許可のゲート使用を確認、侵入者を検知。契約に基づき、排除する』


 輪に沿って整列する石柱の陰から、武装した雄山羊に似た不格好なドワーフみたいな小人が出現。たちまち装備品ごと十メートル前後の巨人となり、槍や弓で人々を庇って悪魔たちを蹴散らす。


「なんだありゃ、どうなってんだ!」

 停まった角馬車。騒ぎに感づいて前に出た聖真が、フレデリカの後ろでそんな光景へ口にする。


「スプリガンです」ルワイダが隣で答えた。「ゲートを無償の住処として与えるのと引き換えに、警備を担当する契約を管理国と交わしています」


「おおっ、スプリガンが味方か!」

 やはり聖真はそいつを知っていた。

 遺跡などに住み、宝の番人も務めたりする妖精だ。普段は小人だが、侵入者などと戦う際は巨人化もできる。


 彼の後ろから頭を出したチェチリアは、さらに言及した。

「そんなことより、なぜ悪魔が出現したかが問題だ」


 デーモンたちは光るゲートから次々と沸き出るも、スプリガンたちの実力と拮抗していた。が、次の瞬間。


「愚問だな」

 おどろおどろしい声が、勇者の疑念に解答した。

「ディアボロス魔帝国の前身、マリーバード女教皇国にもフェアリーゲートがあったからに決まっておろう。女皇国が敗北間際に破壊したと信じていたようだが、我らが封印し使わずにいただけだ。人類を支配する機会が到来した際、奇襲を掛けるためにな」


 同時。リングから光線が放たれ、スプリガンたちを焼いた。

 逃げ惑う人間たちを、阻む者がなくなった悪魔たちが襲う。


「この感じ!」大きな第六感に襲われ、聖真が悟る。「ブエルくらいに強力な悪魔だぞ!」

 止めに行こうと馬車を降りた彼は、チェチリアに引っ張られて後ろに転ぶ。

「だめだ、邪眼イービルアイだよ!」


 勇者が警告し、さっきまで高校生がいた辺りも光線が貫く。チェチリアは親指を人差し指と中指の間から覗かせる握りをした右手でそれを弾いた。

 光は、奥の家屋の屋根を粉砕し空へ消失する。


「あ、あんまりやりたくない真似をさせないでほしいね」

「ご、ごめん」

 照れぎみにチェチリアの言う意味が聖真にはわかった。彼女が行った女握りマーノ・フィーカは邪視を退けるが、女性器も意味する。


「気をつけてください」一方、フレデリカは馬車を降りながら警鐘を鳴らす。「これほどの邪視ガンを垂れるとは、救世主様の仰るとおり十八魔属官以上かと!」


「ご名答」

 称えながら、フェアリーゲートから出現したのは高貴な身なりの二つの影だった。

 開口していたのは、厳つい男の顔を持ち体格のいい猿の肉体を有する者。四〇の悪霊軍団を率いる十二魔神階級の八位、地獄公爵グシオンだった。

 肩を並べるのは、鋭い剣を持ち大きな牙と二本の角を生やした厳つい人物。六〇悪霊軍団の長官、魔神階級で十位の酷悪伯爵ボティスだ。

 スヴェア攻防戦でも対峙した、ブエルと同格の悪魔たち。いずれも、階級的には十一位階であった彼より上である。

 二柱とも、生存者のスプリガンを邪眼で焼き付くすと眼光をおさめた。

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