第21章 街道町での買い出しにウンザリ

「馬車ではすまなかったね、冗談のつもりだったんだが」

 辿り着いた砂漠の入り口の街道町マクマードで、勇者チェチリアは平謝りだった。


 実際フレデリカたちのビンタはめちゃくちゃ軽かった。彼女たちは聖真が目覚めたら打ち解け和ませるためのジョークを考えていたらしく、開始の合図がルワイダの格好を尋ねるものだったらしい。ちなみにあの鳥人間は、実のところ裸で平気だそうだ。


「やたらツッコみを入れるノリのいい性格だと聞いていたから、喜んでくれると予想したんだけど」


「はは、和んだ和んだよ」

 聖真は苦笑いで受け入れる。女の子にビンタされるなんて経験も馴染みがないものだから、普通にショックを受けてしまっていたが。

「実際、王女都じゃツッコみまくってたけど。誰がそんな紹介したんだか」


「文部魔法大臣のヴィクトルさんだよ」


「おお」やっと嬉しい報せが聞けたようだった。「あの爺さん無事だったんだ、よかった」


「重傷でやがりましたけれどね」

 戻ってきたフレデリカが口を挟んだ。


 アンタークティカ最長の川オニキスの途中にあるヴィーダ湖沿いの石造りのベンチ。チェチリアと並んでそこに座っていた聖真と目が合うや、彼女も一緒にいたルワイダと共に謝る。


「あ、馬車では本当に申し訳ねーでした救世主様。少し、元気になられたようでよかったです」


「愚僧も忸怩じくじたる思い。おお、預言のと主よ許したまへ」

 と鳥人は胸の前で一文字を描いた。

 彼女が属するアブラム正教は、元世界でいうユダヤ教やキリスト教やイスラム教などを内包するアブラハムの宗教に通じるらしい。


「もう気にしてないからいいよ」

 ともかく、聖真は治める。


「でリッキー」チェチリアはフレデリカに尋ねた。「どうだったんだい?」


 ここに着いて馬車小屋に角馬車を預けてから、一行は手分けして残る旅の準備を進めた。


 主な用件は買い物。魔力回復薬の定番というエーテルと、体力回復薬の定番というマナなどの購入だ。

 マナはたぶん、イスラエルの民が飢えたとき天から降って空腹を満たしてくれたという食物だろうと聖真は目星を付けた。ここでは、甘く白い粘つかない餅みたいなものだったが。


 ちなみに、飛来矢が召喚できるならエーテルやマナも取り寄せられるんじゃと待っている間に試したが、水滴みたいなエーテルが目前に現れて落ち、土に染みただけだった。どうやら、ルワイダの飲み残しの瓶底にあったものが出現したらしい。

 何度か試して、おそらくこの世界に当たり前にあるものは自分から一番近くにある実物を目前に移動させるだけだと気づいた。魔法的じゃないものである土や石にも通じない。これでは迂闊に使えない、下手したら泥棒にもなりうると男子高校生は危惧して以降やめた。


 ともかく、マクマードはここまでの近道と正規ルートとの合流地点で、次の目的地にはあと三日ほどで着くそうなので買い出しも僅かで済んだ。フレデリカたちが様子を窺いに行っていたのは別の目的だ。


「貸し切りみてぇですよ、セシル」

 フレデリカは、嬉しそうに勇者を愛称で呼んで告げる。彼女たちの仲は結構深いらしい。

「ビクトリアも当事国になってからはお客様も減りやがったようで。全体的には、よくないのでしょうけど」

 そこで、彼女はちょっとはしゃいだのを反省したようにしゅんとする。


 そういうことらしかった。

 戦争に突入した当初は隣国ビクトリアへの主な通り道であるこの街も逃れようとする人々でごった返したが、女帝国と魔帝国がビクトリア含む西国同盟に改めて宣戦布告してからは無意味さを悟り、静まったらしい。


 確かに、美しい湖畔は石畳で整地され彫刻で飾られ、テーブルやベンチも配置してあり水の精たちを祭る祠もある。

 湖面ではスカンジナビアの水精すいせいネックが老人姿で胡座をかいてハープまで奏でてくれていた。遠方ではポーランドの霊精れいせいトピェレツたる美女たちが、全裸で踊りながら金の長髪から流れる音色で伴奏まで添えている贅沢さだ。遠すぎてよく見えないのが聖真には残念だったが。


 さておき、湖で戯れる妖精たちの賑わいに反して陸の人影は疎らだ。ずいぶんと、いろいろな変化があったらしい。

 聖真自身は王女都スヴェアでアガリアレプトらと戦った時点で記憶が途切れているので、だいぶ話を聞かねばならないと思った。


「さて」そこに、チェチリアが声を掛ける。「じゃあ長旅で疲れたろうし、湯船にでも浸かりながらゆっくり話そうか」


「へ、湯船に浸かりながら?」

 予想だにしない提案で、頓狂な声を出してしまう聖真だ。


 ここには、ネックやトピェレツが人類から貢ぎ物や祈りを得る代わりに湖と川の水を誘導することでできた温泉があるそうだ。

 『千夜一夜物語アラビアンナイト』などでお馴染みな、〝封印されて呼び出した者の願いを叶えるよう縛られていた妖霊ジン〟を町長が解放したときから成り立つらしい。湯を沸かす当番以外は自由でいいと契約していて、以降ジンが決まった時間に自身を構成する灼熱の煙からなる肉体で仕事を担うという。


 フレデリカとルワイダはそこが空いているのか確認に行っていたのだ。

 しばらく寝ていたようではあるもののヴィッティルが例の老廃物の処理とやらをしていたらしく聖真には不快感もなかったが、気分転換に入ってもいいかとは考えていた。当然、男湯と女湯は別れているものだと捉えていたが。


 温泉は、露天風呂の混浴だった。

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