第20章 霊鳥の自己紹介にウンザリ

 角馬車が移動を再開できたのは、翌日の朝になってからだった。


 客車に乗っていた白魔術師ルワイダの回復魔法で治療されたフレデリカは、出発までにチェチリアと共同で自然の精霊に頼み自分たちの破壊した環境をできる限り修復してもいた。さすがに遠すぎて山までは直せなかったが、霊峰エレバスは普段立ち入り禁止の霊場なので犠牲者はいなかったと水晶で問い合わせたチェチリアたちに聞き、聖真はひとまず安心した。


 修復作業が終わる頃には、元々あとから来るよう応援を頼んでいたという付近の駐留騎士団もロス草原に到着した。

 悪魔は浄化されるか撤退していたが、盗賊は怪我人にルワイダが応急処置を済ませ、ヴィッティルやカムイが大地を操作して半身を埋め戦闘不能にしたのみで死者はなかった。

 チェチリアは人を殺さない主義で、フレデリカも戦争以外ではそうだからという。

 彼女たちは最初から、旅のついでにロスの狼牙に遭遇したなら生け捕りにし、騎士団に引き渡す算段だったそうだ。森には残党もいるだろうが、頭目のアルバートによる指揮が厄介の大半だったので、あとは遍歴者や騎士団でどうにかなるとのことだった。


 聖真はといえばルワイダの回復魔法もろくに通じず、そんな説明を聞きながらひたすら横になっているしかなかったが、幸い今回は意識までは失わずに疲労しただけで済んだ。


「また会うかもしれねーですね、アル」

 最後にフレデリカは馬車背面の幌の隙間から、未だ気絶している盗賊団の頭目へと囁いた。アルバートたちは駐留騎士団の馬車十数台に積まれ、反対方向であるフレデリカたちがやってきた方角に連行されていったのだ。


 聖真の乗せられたフレデリカたちの馬車内は広く、荷物を含めても四人分の寝床と座椅子があり、三人が対面するかたちで座る格好になっていた。フレデリカは、御者席でユニコーンを操りだしている。

 盗賊との戦いの際、表に出てこずに男子高校生を護る役目とやらで指示だけした四人目もいた。荷物として積まれていた制服のうち、ちょっと暑かったので夏服としてのシャツとズボンだけを着た聖真はまずその人物に問う。


「で、教わりたいことは山ほどあるんだけど。とりあえず、あなたは何者なんですかね?」


 しばらく進んでからのことだった、それまでは質問をする気力もなかった。

 本来ならもっといろんなことを尋ねねばならないのだろうが、とりあえず四人目のビジュアルが気になって仕方がないので、後の問題に集中するためにも解決することにする。


「愚僧は、ハーフ・カラドリウスのルワイダ・カラドリウスと申す者です」

 相手は、魔法の使用で減った精神力を回復する効能があるという小瓶に入ったエーテルを飲みながら、深くお辞儀をして名乗った。


 エーテルは世が地水火風の四つで成り立つという四元素説において、第五元素とされるものだ。ここでの外見は、火花放電を纏う液体飲料らしい。


 ともあれ、ルワイダは継続する。

「エリザベス・コーツ王女国王女都スヴェア内、マリーバード市国女教皇庁じょきょうこうちょうで助祭枢機卿を務めさせていただいております」


 彼女の外見は、チェチリアよりちょっと大きい鳥だった。

 全体的に白く、首周りとそこに提げているアヌビスの描かれた小袋、尾の付け根と足だけが黒っぽい。目と嘴は小さめで、片方の翼を手のようにして、一匹の蛇が巻きつくデザインの杖を持っていた。衣服は身に付けていない。


「へー、霊鳥カラドリオスと他種族のハーフってことかな」聖真は相変わらずの知識で推測した。「フィクションでいうならハーフエルフとかみたいなものですかね。アスクレピオスの杖を持ってるってことは、医者?」


「さすが預言の、よくご存知で。まあ、ハーフカラドリウスは確認されている限り大陸に愚僧しかおらず、この杖は教会の白魔術師なら誰しもが支給されるレバノン杉製の模造品ですが」


 カラドリウスは中世ヨーロッパの伝説に登場する、病を吸って癒す才があると信じられた鳥である。彼女が持つ蛇の絡み付いた彫刻のある杖は、ギリシャ神話の医術の神アスクレピオスの杖を象ったもの。元世界でも医者などのシンボルとして用いられる。

 ルワイダは、エリザベス・コーツ随一の癒しと補助に特化した白魔術の使い手として高名だと、聖真がダウンしている間にフレデリカたちが話してくれた。王女都スヴェア内にある、ディアボロス魔帝国に滅ぼされたはずのマリーバードの名を持つ市国というのも気になったが、イタリア国内ローマ市内にあるカトリック教会の総本山バチカン市国みたいな感じじゃなかろうかと高校生は目星を付ける。


「けど待てよ」

 とにかく聖真は鳥人が不思議なので、今度は彼女が首から下げているアヌビスの袋を指差して尋ねてみる。

「カラドリウスってそこに病気が溜まると卵産むんじゃなかったっけ。それでハーフってどういうこと?」


 だからこそ〝彼女〟としていたが、その彼女は快く答えてくれた。

「孵化したときには、育ての親たるアブラム正教せいきょう修道院のシスターたちしか周りにはいなかったので詳しくは存じませんが。彼女たちが愚僧を預かったときに親鳥から聞いたところによると」


 親鳥扱いなんだな、と思う聖真。


「母は、さる人間の女性を癒すのに生涯を費やして身籠ったそうです。本来なら、手遅れの相手は見捨てる他ないのですが諦めきれずに。愛していたのでしょうな、半端な愚僧がそんな愛に応えられているかは自信がありませんが。耳にした時から感激して、聖職を志望したきっかけではあります」


 なんだか悪いことを聞いた気分になった男子高校生だった。


「謙遜しないでよ、ルワイダ」勇者チェチリアがフォローした。「君の回復補助魔法で救われた人は数限りないぞ」

「そうですとも」フレデリカも続く。「癒された患者でもあるわたしたちがほざくんですから、間違いありません」


 聖真も乗っかることにした。

「ま、まったくだよ。それこそ本物のカラドリウスじゃ、病気を治せても怪我は治せないはずだし」


「そう仰っていただけると光栄です」鳥人は嬉しそうに会釈をした。「もっともカラドリウスは吸った病魔の悪い部分を空高くに飛んで吐きますが、ハーフの愚僧は地面から20キュビット10メートル上くらいしか飛べないので袋をいっぱいにしないよう母鳥由来の能力は控えています。回復補助魔法の習得にも、人並みに勉強せねばなりませんでした。同族もいないし、一人異世界に放り出されたような日々でしたな」


「……異世界か」


 この世界に一人しかいない種族なら、かもしれない。外見とは裏腹に、聖真にはいろいろと共感できる相手だった。

 自分だけじゃないんだなと思うと共に、ところで別の部分はどうなるんだろうと新たな疑問も呈してしまう。


「にしても、君は」

「ルワイダで結構ですよ」


「あ、どうも。ルワイダは、メスの鳥と人の女の間に生まれたってことなんだな。百合万歳じゃん」


「よくわかりませんが、女同士の間に生まれたということにはなりそうですね」


「で、ルワイダも女の子なんだよね?」


「カラドリオスに雌雄があるかは存じませんが、愚僧もアヌビスの袋が満たされれば卵を産むので。……メスなんですよね?」


「聞き返されても困るんだが」


「救世主様でもわからないことがおありですか」


「むしろわからないことだらけだよ、こっちに来て増えるばっかだし。今も増やされた」


 みんながクスクス笑って、若干空気が和んだ気がした。

 全員可愛い笑声だ。同い年だという北欧巫女のフレデリカに、ロリっ子の剛毅勇者チェチリア……。


「あれ、これはハーレムといっていいんだろうか?」


 一羽? いや一人鳥だけど。

 ふとした呟きにみんな首を傾げる中、聖真は大事なことに感づいてしまった。


「ていうか」自身の羽毛のみを纏うルワイダを指差す。「女の子なのに、いや男でもだけど。ルワイダは全裸ってこと?」


 まあここまで来る間もずっとこの状態だったのだろうし、当たり前にみんな自覚してることだろうし、さらに空気が和む冗談にでもなればいいかなと思った。でもやや静まったあとで、


「きゃあぁーッ! 救世主様のエッチーーっ!!」


 ルワイダがほざいて両翼で身体を隠し、残る女性陣にビンタされた。

 解せぬ。

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