第22章 美少女勇者たちとの混浴にウンザリ

 ヴィーダ湖とオニキス川とドライバレー砂漠の砂丘がそろって見渡せる絶景の湯であった。

 温泉は、町を人間と分けあっているという友好的な河童かっぱたちが切り盛りしていて、脱衣所と洗い場は男女別だが湯船は一緒だった。


 緊張しながらも身体を洗い終えた聖真が腰だけをタオルで隠しておしゃれな天然岩で囲まれた湯船に赴くと、フレデリカだけがいた。

 彼女を含め、みな貸し出されるタオルで身体を隠せば気にならないだろうとのことで遠慮がちながら勇者の提案に乗ってみたのだが、


「「ど、どうも」」

 互いに挙動不審気味に、同じ挨拶をしてしまった。


 戸惑ったまま、何となく聖真は彼女の隣の結構近くに、岩肌に背を預ける形で入ってしまう。


 ――ヤバい想像より上がる。てかフレデリカやっぱ綺麗だな。まずい近すぎたか。でも距離を置くのもおかしいな。というか他の二人はどこだ。気まずい、などと男子高校生が悩んでいると、


「わ、わたしはちょっとのぼせちゃいやがったみたいですので。お先に失礼します」

 と、フレデリカはいそいそと湯煙の向こうに去ってしまった。慌てていたからか立ち上がって前だけ隠していたので、すらりとしたお尻が丸見えだった。


「やれやれ」

 入れ違いに、チェチリアがやってきた。もちろん胸から下にタオルを巻いている。

「入る前は案外平気そうに提案へ同意したのに、男性との接触に不慣れすぎてどんな感じか空想できなかったのかな。まあ、彼女はあのぐらいがいいのかもしれない。非処女になられては、ユニコーンの操り手がいなくなってしまう」

 てことはチェチリアはという二重の意味で呆然とした聖真に接近し、フレデリカよりくっついて湯に浸かる。


 そこで、男子高校生は見入ってしまった。

 フレデリカより幼いが整った褐色肌の裸体にではない。それもいくらかあったが、チェチリアには傷跡があったのだ。

 もはや火傷のようなそいつは、肩から斜めにタオルの中へ入っている。大きさからして、胸を通って腹まで到っていそうな痛々しいものだった。


「この傷が気になっちゃったか」


「あ、ごめん」

 視線に気づいて勇者が言ったので、聖真はとっさに目を反らす。


「お風呂での会話は失敗だったかもね。神国日本人はケンプ共和国のように温泉を好むと神話にあったんでリラックスできると踏んだが、やはり属性で人を決めつけるべきではないな。ルワイダの時みたいに本題へ集中できなくては仕方ないから、明かしておくよ」


 述べて、彼女は自らの肩辺りの傷跡に触れた。


「これは、初めて殺めた人に受けたものなんだ」

 衝撃を受ける間もなく、チェチリアは続ける。

「ぼくは戦災孤児でね、3歳のときモード女帝国に家族を殺された。直後に、父の死体が握ったままだった剣を取って仇をとった。まさか3歳児が反撃するとは予想しなかっただけかもしれないけど、兵士に斬られながらも相手を殺したんだ。おかしなものだね。周辺の記憶はあまりないのに、そこだけしっかり憶えてる」


 彼女に残存するのは、その時の傷だという。


 そして、チェチリアの行いを評価した帝国軍の変わり者によって殺されるか売られるはずだった予定を変更され、彼女はノイシュバーベン・モードに連れ帰られて奴隷剣闘士グラディアトルにされた。

 4歳から厳しい剣の訓練をされ、6歳で初試合に勝利してからというもの連勝を重ね、11歳で最年少のチャンピオンとなり女帝より与えられることになった褒美の中から〝自由〟を選択して脱したのだ。


 殺し合いを強制される試合も制してきた彼女は、以降人類不殺の誓いを立てた。適切な白魔術治療を受ければもう少し消せる傷を、あえて残して。


 遍歴者となってからは人を護るために全力を尽くし、半年で金等級拍車になるという最年少記録を樹立までした。

 そんなとき、聖真が行ったような神界の武具召喚で呼び出されながら、術者に逆らってさ迷っていた意志持つ宝刀クトネシリカと遭遇。激闘の末に勝ち、唯一の主人として認められたのだった。


「それから、人類を襲っていた十八魔属官の一人を倒したのを機に勇者と呼ばれるようになって、魔帝軍と対立。一年の冒険の末に今に至ったというわけさ」


 とんでもない生い立ちだった。いきなりこんな世界に飛ばされたとはいえ、ふざける余裕のあった高校生は自分がましに感じた。


 しばらく沈黙したあと、聖真はやっと感想を洩らす。

「……若いのに、大変な旅してきたんだな。おれも現状に悲鳴あげてらんない気分になったよ」


「君とそんなに歳も違わないだろう」

 恥ずかしげに、チェチリアは相好を崩した。


「あの~」

 そこで湯船入り口に、甲羅を背負って頭頂部に皿のようなものがある緑の生き物が立ってを挟んだ。番頭の河童だ。

「ヴァンニクたちの入浴時間になりますので、そろそろ上がっていただけると嬉しいです」

 彼は頼むと、一礼して戻っていった。


 入り口にもそんな注意書きがあった。

 ヴァンニクとはスヴェアの城にもいた風呂場を守るロシアの妖精だ。元から湯気に紛れて姿が窺えないと伝わるように、ここにもいるが視認はできないらしい。彼らは人の入浴後、神霊たちと一緒に風呂に入るという伝承が元世界にもあった。邪魔をすると怒って悪事を働くとされるので、出た方がいいというわけだろう。引き換えに、温泉の管理を手伝ってもらっているらしい。


「おっと」チェチリアは困ったように言った。「結局、また本題に入れなかったね。食事時に機会を移そう」


「――いやあ、お待たせしましたな~」

 そこで、女子用の洗い場からルワイダが文字通り飛来した。

 勢いよく着水、聖真とチェチリアに頭から飛沫をぶっかけつつ湯に浸かる。

「愚僧は御覧のように羽毛が濃いもので、身体を洗うのに苦労しましてな」


 聖真はすっかりこいつを忘れていた。

 チェチリアは少し唖然としたが、ややあって愉快そうに笑った。

 もっとも、すぐにルワイダは立ち上がると出口に向かって歩きだした。


「とはいえ、入浴は〝八咫烏ヤタガラスの行水〟で満足ですがね。愚僧はカラスでなく、カラドリウスですけれど」


 改変された諺とつまらんジョークで去っていく彼女は、終始しっかりと胸から下をタオルで隠していた。

 聖真は我慢しようとしたが。


「いやおまえ普段全裸だろうが!」

 言わずにはいられなかった。

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