第23章 夕食とこれからの目標にウンザリ

「――ご、五〇万!」

 夕食時、レストランの隅でテーブルを囲む浴衣姿の四人。そこで自身がもたらした、今や〝スヴェア攻防戦〟と呼ばれている戦の結果を聞いて、聖真は立ち上がってしまった。


 幸い、客は地元民を含めてもまばらにしかいなかったが、店員を含む驚きの眼差しと目前の勇者による咳払いを受けて慌てて座り直す。

 ただ、衝撃を受けるのも仕方ないだろうと彼以外の三人は納得していた。なにせ、アガリアレプトを含む五〇万の魔族を倒し、王女都を攻めていた悪魔軍団を撤退させ、エリザベス・コーツに逆転勝利をもたらしたという奇跡なのだから。


「そんなに死んだっていうのか!?」ところが、聖真の最初の反応はそういうものだった。「封印したんじゃなくて?」


「……魔族やフリームスルスら半神的巨人族などの霊的存在は、基本的にはくたばりませんよ」

 意外そうながらも、隣に座るフレデリカが教えた。

「浄化ができるだけです。外部から相応の手間を掛けない限り復活もしやがりませんから、先日エレバス山の半分と共に消滅したであろうブエルにしても同じですけれど」


「そ、そうなの。てことは安心していいのかな」

 聖真はいちおうほっと胸を撫で下ろす。

 彼がしたのは、ハデスに連行させてアガリアレプトたちを天岩戸に幽閉する試みだった。ブエルにしても、なにせ神である柱で数えられる単位の存在なので、死んだとまでは思っていなかったのだ。


「悪魔を殺めるのも嫌なんだね」

 剛毅勇者は感心したようだった。


「おれも意外だよ」正直に聖真は吐露する。「フィクションでしか知らないときは軽視してたのかもな。でも猟師でもないし、動物の殺傷だって馴染みがないんだ。しゃべって人格もあるアガリアレプトみたいなのと会って、んなこと簡単にできなかった」

 そこで、同行者が命のやり取りをする立場であることを懸念する。

「あ、ごめん」


「わからないでもないよ」

 チェチリは受け入れた。

「ぼくの人類種のみの不殺の誓いも、闘技場で殺しすぎた故の所詮は偽善だ。戦意のない者は魔族だろうと見逃してはきたけど、彼らの大半は残念ながら浄化でもしない限りこちらを殺そうとする。デーモンくらい下級になると上に命じられるがままの操り人形で、意志も確認されてないけどね」


 一端会話が途切れた。


 しばらく、全員が頼んだ自身のボグフィッシュ定食だけを食べる時間が続く。

 ボグフィッシュはアフリカの幻想動物で、豚と魚を融合したような姿をしている。オニキス川とヴィーダ湖の合流地点辺りに生息しているそうだ。泳ぎが得意な河童が捕獲して、和風の種族らしい彼らが開発した、ご飯と味噌汁も添えた地元の名物料理だという。

 伝承通り味は極上の豚肉で、昨日から味気ない保存食ばかりだった聖真にはご馳走だった。箸を使っての食事も懐かしい。


「……それで」明かされた内容と共に定食を存分に呑み込んでから、聖真は新たな話題を振る。「スヴェア攻防戦が終わったあとはどうなったんだ?」


「はい」答えたのはルワイダだ。「あれから今日まで、あなたはおよそ二カ月間眠っていました」


 聖真は一瞬沈黙し、ややあって叫んだ。

「二カ月だって!? あ、待って。それってどのくらい? なんでおれは健康なんだよ」


 そこからは、この世界の三人によって一年の流れを説明された。

 どうやら、一年が十二カ月でほぼ365日からなるというのも同じらしい。四季や朝夕は、中央未開地域を除く大陸全土で時差なく訪れるとのことだった。

 月の呼び名も違った。一月から十二月までには名前が付いていて、以下のようになるという。


 ヤヌスの月

 ハデスの月

 マルスの月

 アフロディーテの月

 マイアの月

 ウェスタの月

 天棚機姫神アメタナバタヒメの月

 祖神それいの月

 月読ツクヨミの月

 ジャック・オ・ランタンの月

 犬神の月

 サンタクロースの月


 どれも、元世界の神霊に基づく名称だ。いくつかは月名の由来まで同じな気がした。

 現在はキアラ暦1271年とやらの、天棚機姫神の月始めで夏に該当するらしい。どおりで暑い感じがしていた。とはいえ、例によって屋内では祭られた水の精たちが冷水を活用した風をクーラーのように送ってくれたし、馬車内ではフレデリカがヴィッティルで涼風を起こしてくれたのであまり不快ではなかったが。

 どうにせよ今は元世界でいうところの七月四日、転移した当初はマイアの月始めだったという。


「マジで、二カ月か」


「そうです」愕然とする聖真へ、ルワイダはさらに説明する。「愚僧の補助魔法で診断した結果、あなたは魔法を使えても精神力が少ない。通常、魔法とは適切な教育のあとに相応しいものを学び、日常的に行使することで鍛えられる精神力を消耗して発動させます。なのに預言のは、魔力を用いる機会がなかったかのように精神力が低い」


 なんだかバカにされたような気分ながら、男子高校生は自分なりに納得する。

「MPが足りない、みたいな?」


「エムピーは存じませんが、精神力とするならかもしれません。体術に体力を消耗するように、魔法は精神力を消費します。本来、その限界を超えたものは行使すらできませんが、あなたにはできる。人類には扱えない神等階梯さえできてしまう。

 精神力も休めば回復しますが、預言のは限界を超えた量を消費した魔法さえ使えてしまうので、そうなると回復まで精神を失う。つまり気絶するのですが、精神はいわば魂ですからね。肉体の時が止まったようになるのです。王女国内でできる限りの処置も試みましたが、二カ月でも短縮できる限界でした。ブエルも数日は縮められたようですが」


「なんてこった」

 と言う他なかった。じゃあ目覚めたばかりで使った昨日の魔法も危なかったのかもしれない。そう思ったら、


「ちなみに避来矢召喚は、ぎりぎり超えてました」

 などとルワイダが言及した。だから、あのあとも虚脱感に襲われたのだろう。


「ん、んで、二カ月の間にどんなことがあったんだ?」


「はい」新たな質問にも、鳥人は答えてくれた。「預言のがもたらした結果を恐れ、すぐにでも攻めてくるはずだったモード女帝国は国境手前に軍隊を駐留させたまま動かずにいます。魔帝軍も同様。むしろ、彼らは自分たちの領土に結界を張って防御に徹していますね」


「でも、おれは眠ってたわけだろ?」


「エリザベス・コーツはそれを暴かれないようにするために全力を注いでおりましたから。両国とも、反撃してこないことを不思議がりつつも迂闊には攻められないといったところでしょうな」


「じゃあ、なんでこんなとこにいるんだよ」


「永遠に膠着状態が続けられるわけではないからね」

 今度はチェチリアだ。

「君が目覚めても強力な魔法を使えば気絶してしまうんじゃ、東西どちらかの国を相手にするので精一杯だろう。両帝国ともエリザベス・コーツの軍事力を上回っているから、痺れを切らして攻めて来たら終わりということさ。君には戦争自体を止められる可能性があるとぼくらは信じてるんだ。強みは、おそらく弱点がばれていないこと。それを活かすための旅だ」


 状況はだいぶ切迫しているようだった。


「なら、よっぽど意義のある旅なんだろうな?」

 緊張しながら、聖真はなおも問う。


「はい、預言板に基づきやがりますから」

 話し始めたフレデリカは、三百年前に七大国にもたらされた救世主の預言について軽く解説したあと、本題に入った。

「本来なら、スヴェア攻防戦がなかった場合あなたに行ってもらう予定だった場所がありやがるのです。預言によれば、円陀Bケンプ共和国に救世主を導くことで魔帝軍に対抗できるとのことでした。そちらさえどうにかすれば、女帝国もビビッて進軍を諦める期待もできますので」

 述べて、彼女はもう全員食べ終えていた食器類を隅に寄せだした。みなも手伝って片付くと、フレデリカは懐から小さな地図を出して卓上に広げる。

 そして口にする地点を指差した。

「ここが現在地ですので、三日後の七日にはたどり着けやがるでしょう」


「嘘だろ」確認して聖真は意見する。「明らかに遠いじゃん」


 そう、現在地はビクトリア女王国との国境手前。円陀Bケンプ共和国はその北にある国をさらに一つ越えた地点で、ビクトリアとジョージ五世王国の二国をまるまる横切らねばならない。


「もしかして、妖精輪フェアリーリングを知らないのかな。水道の蛇口とかにも、極小マイクロ・妖精輪フェアリーリングとして繋がってたはずだが」

 チェチリアが首を傾げて問う。


 単語だけは元世界で覚えがあったので、聖真は口してみる。

「たぶん、妖精が輪になって踊った跡っていわれる円形に生えそろった植物の輪かな」

 知識を頼ると、想像はついた。

「ひょっとして、ワープするってことか」


「正解です」

 フレデリカが称える。


 フェアリーリングはヨーロッパなどの伝承に登場するものだ。効果や成り立ちには諸説あるが、うち一つに、中に入ると遠く離れた別のリングへ瞬間移動できるというものがある。どうやら、ここではそれを長距離移動手段としているらしい。

 スヴェアだけでなくマクマードでも、風呂やトイレの水道管代わりに繋がっている円盤があり、魔法による転送装置とされていた。聞く限り、あれらの中にも小さなフェエアリーリング、極小妖精輪とやらが入っていたのだろう。


 そこはつかめたが、聖真には疑問が浮かぶ。

「でも、それって妖精が踊った跡だろ。この世界では簡単に作れそうだけど、なんで馬車なんかできたんだよ?」


 残る三人が顔を見合わせたあと、今度はルワイダが嘴を開く。

「歴史的事情についても詳しくはないようですね」

 彼女は翼組みをして説明した。

「そんなに簡単に移動できては国境も何もあったものではないでしょう。国がいくつかできた段階で各国は条約を結び、生活環境を整える以外のフェアリーリング使用を互いに限定することで合意したのです。

 これに基づいて大陸中に張り巡らされた結界で違法なリング使用は他国に感知され、敵対的行動と見なされます。現在はリングを加工して人が移動できるほどの妖精門フェアリーゲートとなったそれらは、限られた街にだけ固定して配置されているのですよ」


 元世界に照らし合わせれば空港みたいなものかもしれない。

 もっとも、友好的な国家間の移動では便利なもの。かといって、いきなり国の中心に他国からの通路を開くのには抵抗がある。そういうわけで、国境を超えるほどのビッグ妖精門フェアリーゲートは各国の首都に近い最初の都市に一つ設置すると決められているらしい。自然、そこは国を超えた人や物、文化交流の中心になるのでどこの国内でもたいがい一位二位を争う賑わいを見せる街となる。


「ビクトリア王女国における大妖精門設置都市は、次の目的地である国境の街なのです」

 と、鳥人は解説を終えた。


 人と河童の給仕が食器を片付けにきた。


 彼らが充分離れるのを待ってから、フレデリカが補足する。

「コーツの大妖精門はスヴェアからもっと近かったのですけれど、帝国を含む東方の四カ国はモードの口車に乗りやがって我が国からの長距離移動を封鎖しちまいましたからね。しかしビクトリアは宣戦布告も遅れたように、まだ東の国々とも敵対しきってはいません」


「預言板は盗み見られた恐れがあるから、聖真くんをケンプに導きたいのもバレてるだろうと想定された」チェチリアも再び話に混ざる。「だから、少数精鋭による密かな陸路移動が計画され、ぼくらが選ばれたというわけだよ」


「……なるほど」聖真はどうにか納得した。「なら国境を超えてビクトリアに入れば、円陀Bケンプとやらに即ワープできるってことか」


「そういうわけです、成功を祈りましょう」

 述べて、ルワイダはまた一文字を切った。

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