第24章 遍歴者ギルドでの登録にウンザリ

 翌朝、聖真たちは出発前にマクマードの遍歴者ギルドを訪れていた。


「お待たせいたしました。こちらが、〝遍歴証へんれきしょう〟になります」

 受付のカウンター越しに、美人のお姉さんが遍歴証を渡してくれる。


 遍歴者ギルドは、あらゆる自然に宿る半女神ニンフたちが運営している。彼女らは殺されたところで自然の数だけいるためきりがなく、政治には相互不可侵を条件に大陸全土の街などでギルド運営を認められていた。


「あ、ありがどうございます」


 カウンター席で、聖真は吃りながらも受け取った。緊張で、卒業証書授与でもされたみたいな挙動になってしまう。

 証がどうこうでなく、ニンフたちはパレオ付きの水着みたいな露出度の高い制服を着ていたからだ。元来服を着る習慣がないそうで、TPO的なものを弁えてやむを得ず隠している程度らしい。

 ともあれ受け取ったのは、


「銅拍車ですね、最下級の」

 横から覗き込んでルワイダが言及する。

「最初はみなそうです、愚僧も今回の旅に当たって遍歴登録をしましたがスヴェアでは銅でした。〝ロスの狼牙〟討伐に協力したことで、先ほど鉄拍車を貰いましたが。懸賞金も頂きましたけど、錬金術れんきんじゅつ銀行に預けましたので必要なときは仰ってください。ブエルを倒した預言のの手柄でもありますからな。まあ、河童のいる街でカッパーというのも乙ではないですか」


「フォローしてんのかもしれないが、なんかイラつくわ」


 苦笑いで、聖真はとっとと残る仲間の元に戻ることにする。

 振り返ると、勇者と巫女は後ろにある複数の客席を挟んで反対側の別なカウンターにいた。結構な距離がある。

 仕方ないので、ゆっくり歩きながらいろいろと訊いておくことにする。


「これって」銅拍車は、ただの小さな拍車だった。「やって身に付けるんだ」


「銅だけにですか?」

「怒るぞ」


「失敬。念じれば、所持者の知識にある装飾品にならば何にでも変化します。元の体積を超えたものにはなれませんしどこかに拍車の名残りが残存しますが、簡易な付喪神つくもがみですからな」


「なんだって、意思があんのかこれ?」


 付喪神は万物に魂が宿るとするアニミズム的な世界観を持つ日本の信仰。年月を経た物品に魂が宿り、妖怪化した存在だ。傘お化けとかが典型だろう。


「おそらく」ルワイダは解説する。「詳しい製法は秘密だそうですが、ニンフの世界で作られるようです。できることは装飾品への変形程度ですが」


 そこまで聞けば、想像がつかないこともなかった。

 本来、物品が付喪神化するにはかなりの年月が掛かるそうだが、妖精の世界では時の流れが違うという伝承がある。日本では、浦島太郎のおとぎ話とかがそれに当たる。妖精界で付喪神化させるほど置いても、こっちではたいして時間が経っていないとかいうカラクリ辺りだろう。

 試しに念じてみると、ぐにゃりと全体が縮んで必要なパーツが現れ拍車型の携帯ストラップになった。スマホがないのでベルトループに結んでおく。


「変わった装飾ですな」

 感想を述べて、ルワイダは羽毛の中から自分の鉄拍車を出す。毛深すぎて身に付けていたのにすら気付かせなかったが、今はただの拍車だ。

「あとは、ギルドに提示した自分の情報も表示できます。このように」

 すると、鉄拍車自体は縮んで代わりに裏へ薄いカードのような部位を広げるとアラビア語を刻む。


 聖真にアラビア語の知識はないが、アラブ系の女性名なルワイダの名前だと解読できる。以前侍女から教わった、無意識に行使できるほど簡単で日本語の会話を可能としている翻訳魔術ロゴスの効能だろう。

 さらに、その下に妙なものが追記される。長い線と短い線の組み合わせがセットのようになっていた。


 ䷔䷬


「なにこれ、バーコード?」

 そいつを指差して訊いた。


です」


「ああ、な。バーコードハゲか。って、やかましいわ!」

 立ち止まって漫才みたいにツッコむ。


 ルワイダ含む、周りにいた疎らな遍歴者が冷たい眼差しを聖真に注いだ。

 外で風が吹く音がした。


「……六四卦ろくじゅうしけです」


「わ、わかった! 悪かった! そりゃ知ってるけど、なんでだよ。えき占いで運勢でも表示されんのか?」

 照れ隠しに早口で捲し立てる。


 六四卦は道教に起源を持つ森羅万象を表す六四種のシンボルで、これを何度か導くことで占術ができる。


「ここでは違います」

 ルワイダは解説した。

「アンタークティカでは誰もが魔力を持ち、体術しか用いない者でも生物学を超越した武術には魔法が影響し、それは鍛練で魔術師同様に上昇します。即ち、魔力量は強さの推測に役立つのですよ。遥か昔に易者えきしゃがこれを卦で導くことに成功しましてな。ここでは六四卦に割り振られた数字だけに着目すればよいのです」


「すると」聖真はちょっと記憶を探る。「火雷噬嗑からいぜいごうの21と、沢地萃たくちすいの45かな」


「よくご存じで。あとは組み合わせた数字で作れる最も低い値から高い値までが、その者の魔力量の目安となります」


「1245から5421ってこと?」


「そうです。ちなみに、訓練していない一般人の平均で一桁。鍛練を積んだ者の平均は二桁。強者とされる者の平均で三桁ですな。つまり、愚僧は自慢ではありませんがかなりのつわものとなります。あくまで目安で、白魔術師としてなので直接的な戦闘力ではありませんが。あと、値が大きくなるほど使用されている卦の占術的な意味は術者としての傾向も示すようになります」


 言いながら、羽毛の中から今度は小さな紙切れを出す。四次元にでも通じているかのような収納っぷりだ。

 ともかくそこに彼女がインクで記録していたところによれば、


 フレデリカが䷞䷤で、1357~7531。

「最低値は愚僧に及ばないかもしれませんが、最大値は高いというところですな」


 チェチリアが䷆䷹䷺䷐で、155789~987551。

「つまり約十六万から百万です」


「文字通り桁違いじゃねーか!」


 そんなことを話してるうちに対岸のカウンターに着いた。

 そこは中国っぽい置物や掛け軸などの装飾で満たされている。お香も焚かれていた。


「新人の遍歴者は、向かいのカウンターで登録を済ませている間に後ろ姿から易者が魔力を感じ取って卦を導くのが恒例です。さて、拍車に追記してもらいましょう」


 カウンター席にはチェチリアとフレデリカが座している。易者はやはりニンフだが、彼女だけは水着でなくセクシーなチャイナドレス風衣装を着ていた。


「なんだ」聖真はカウンターの上を見て判断した。「まだ始まってないのか」


 なにせ、占うときに用いる筮竹ぜいちくは手にしておらず筮筒ぜいとうに置かれている。


「のようですな。……ん!?」


 ルワイダは異変を察知し、まもなく聖真も気付いた。

 みんな動かない。呆然として卓上を眺めている。

 卓上には、長い書道紙が置かれていた。魔力測定を終えた後に卦が墨汁によって書かれるもので、すでに筆は硯に置かれて紙面には線が並んでいる。


「……終わってるよ」やがて、チェチリアが静かに開口した。「これが結果だ」


 ䷁䷂䷃䷄䷅䷆䷇䷈䷉

 二から十までの卦が順番に並んでいた。即ち、


 霞ヶ島聖真。

 推定魔力値、0123456789~9876543210。

 約一億二四〇〇万から一〇〇億。

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