神聖ノイシュバーベン・モード女帝国

第13章 報告を待つ女帝にウンザリ

 翌日、神聖ノイシュバーベン・モード女帝国。女帝都マイトリ。


 トルシャウン山地の麓に位置し、そこから流れ込む大河ロアール・アムンセンに抱かれ、森と草原に満ちる豊かな街。中州を整地して中心に築かれたドローニング宮殿を取り巻くように、複数の橋で繋がれた河の周辺にバロック建築の雄大な大都市が築かれている。


 いわゆる通常の人族に似た緑髪の女性と犬の頭部を有する人型の男性種族を主に、多様な人種からなる都民やよそからの来訪者で溢れる街は活気に満ち、大陸で最も強大な国の平穏を謳歌していた。

 昨日、小規模な地震が都を揺さぶり国民全員に原因不明の空腹が訪れる怪異もあったが、すぐに治まったのでもはや気に留める者はいない。エリザベス・コーツ王女国のある方角を中心に目撃された怪光についても同様だ。


 コーツへ宣戦布告がなされたことは、帝国民にとって既知のことである。元老院の発表によれば、異変は戦争を始めた理由によるもの。魔族と結託していたことを看破されたコーツが仲間割れを起こし、内戦状態に陥ったためとされていた。

 そして神聖ノイシュバーベン・モードは人類最強の国であり、ここ百年は戦争に負けたことがない。千年を超える歴史を誇る人類最長の国でもあり、〝千年帝国〟とも称される。内乱に翻弄される敵国になど、簡単に勝てるだろうとみな安心しきっているのだった。

 それは、帝侯ていこう貴族たちも同じだ。


 広大な庭園に彩られたバロック様式の左右対称で黄金率を取り入れた優美なドローニング宮殿。

 立派な絵画と豪美な照明を備えた高い天井、彫刻と装飾に彩られた広大な会議の間。そこでモード女帝と、将官以上の軍人、諸侯貴族等からなる政治家たちが大きな長方形のテーブルを囲んでいた。


「ディアボロス魔帝国からの連絡はまだか?」

 みなを見渡せる玉座から、エカテリーナ・暁麗シャオリー女帝は待ち遠しそうに言った。

 大きめの水煙草を吸っており、室内には混ぜ込まれた香料の匂いが立ち込めていた。


「まもなくかと、陛下」

 最も近い席で宰相がにこやかに答える。


 彼は頭部が犬であった。宰相だけではない、室内の約半分は女帝都の民と同様に頭が犬の男たちだ。

 誰もが、体毛は獣同様に濃く腰から下をタヒチの民族衣装マロのような布を巻いて隠す程度で上半身は裸。せいぜいマロが派手で、上流階級としてのアクセサリーで飾っている程度である。

 残る半数はドレスを纏った、髪が緑で縦に細長いスリット状の瞳孔以外は人と差異のない女たちだったが、全員煌びやかな部分鎧を上から身に付けていた。


 ノイシュバーベン・モードは主に、男だけからなる狗国人キュノケファルスと女だけからなる亜馬森人アマゾネスから構成される。

 片方の親がキュノケファルスの場合は男児しか生まれず、片方の親がアマゾネスの場合は女児しか生まれない。故に、二つの民族は子を欲するさい交配が可能な他種族の異性を求めた。必要とあらば戦争を仕掛けて無理やり妻や夫とすることもあった。

 こうした実情に加え双方ともに好戦的な種族だったため、やがて周辺一帯で勝ち抜いた両者は深い繋がりを持った。キュノケファルスとアマゾネスが子を成せば、男児はキュノケファルスで女児はアマゾネスになる以外、およそ二分の一の確率で男女の性別が決まるのでどちらにもいい共存相手でもあった。


 エカテリーナ・暁麗の玉座後ろに掲げられる国旗内の、巨犬に跨った武装した女戦士はそんなありようを物語っている。

 そして室内の政治家たちはみな笑顔だった。まるで、吉報を確信しているかのように。


 ところが、ややあって聞こえてきたのは場違いな口笛だった。

 いや、口笛ではない。笛のような音色。音源は室外、廊下からだ。

 正体に覚えがあったため、全員がざわついた。

 ややあって、テーブルを挟んで女帝の正面に位置する大扉がノックされた。


「女帝陛下」嫌みったらしい男の声が向こうから言う。「伝令が、お待ちかねの報告を運んで参りましたぞ」


「ホーコン伯か、なぜそなたが?」

 宰相の発言と同時に、室内の動揺は増す。


 ホーコン辺境伯アウラ・ロドリゲスは、女帝にホーコン七世高原の統治を任されている。諸侯の中で唯一、「悪魔は信頼ならない」と今回の計略に反対した人物だ。

 故に、この軍議の場にもいなかった。否、もとから女帝都マイトリ、ましてやドローニング宮殿にはめったに来訪しない人物だ。


 当然みなが訝しがったが、とうのアウラはこんなことを述べる。

「なあに、実は戦況が気掛かりで水晶通信室の前で待機しておりましてな。つまらない戦果ならば帰ろうとしていましたが、あまりに素晴らしい報せだったために、僭越ながら伝令と共に参った次第です」


「胡散臭いですな」即座に、宰相がエカテリーナに囁いた。「いかがいたしましょう?」


 全員が主君の顔色を窺ったが、女帝は動じずに扉両脇を固める番兵に命じた。

「構わない。通しなさい」

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