第14章 戦果の吉報と凶報にウンザリ

 番兵二人が返事をし、両開きの扉を一枚ずつ開放した。


 まず目についたのは、にやついたアウラだった。

 顔付きは優男だが、なにせ彼は身長七メートルはある亜人で、マロだけを纏った半裸。あちこちに頭をぶつけてので、四つん這いで訪れていたからだ。おまけに、両脇の下には複数のココナッツが実っていた。


 ミナタ=カライアという異形の種族なのだ。


 その背丈、無限に生えかわる脇下のココナッツを食すことで自給自足できてしまう性質、ために、普段住んでおり与えられた領土であるホーコン七世高原内に築いた身の丈に合った街で同族と暮らす方が楽らしく、外部に出ることはあまりない。連絡も大抵水晶で済ませていた。

 単純な長身とヤシの実を容易く割る石頭は、生まれつきの戦闘力の平均としてはキュノケファルスとアマゾネスをも凌駕する。さらにアウラは、ミナタ=カライアでは小柄なものの最も強かった。


 ホーコン伯は、書簡を携えた軽装の伝令兵と共に入室。後ろで戸が閉まるとそろって跪く。


「虞ながら」アウラは、隣の伝令を腕で示す。「女帝陛下にこの者が吉報と凶報を持参しましたので、案内を兼ねて馳せ参じました。陛下に在らせられましては、どちらからお聞きになりますでしょうか。わたくしは、吉報よりお耳になさるのがよろしいかと存じ上げます」

 大仰な身振りに合わせて、笛のような音が鳴る。男のミナタ=カライアは頭頂部に穴があり、大きく動くとそういう音がするのだ。


「笑止な」

 宰相は苦言を呈した。

「陛下は幾度ものコーツ王女からの対談申し入れを延期し、アガリアレプト司令官から水晶による侵入成功の連絡を確認して初めて応じたのですぞ。準備は万端であった、凶報などあるまい」


 エリザベス・コーツ王女の疑念は当たっていた。

 それ以上に悪かった。モード女帝国は蛮族どころか魔帝国と手を組み、霞ヶ島聖真の身柄を確保しようとしたが奪われたことを認知、対策を練っていたのだから。

 結果、秘密を暴くことに特化した諜報員としてコーツ王女国に潜入させたアガリアレプトに協力を仰ぎ、聖真だけを拉致する機会を窺っていたのである。


「だいいち」宰相は続ける。「奇襲が失敗したのならば、なぜコーツは沈黙しているのか」


 諸侯たちも同調する。

「昨夜の異変はケンプ共和国の辺境にまで届いたという」

「貴殿も経験したはずですぞ。あのような業は神等階梯の禁呪に他なるまい。人の身では扱えぬもの、魔帝軍が何事かを成し遂げた証であろう」


「あるいは」アウラが口を挟む。「救世主ならば、扱えるかもしれませんがね」


 場がしんと静まった。


 しばしして、宰相は沈黙を破るように笑い飛ばす。

「は……はは、戯言を」

 しかし笑声は乾いていた。それでも、諸侯の一人は同調する。

「その通りだ! 人を飢えさせ地を震わす魔法なぞ、救世主が扱う類のものではない!!」


「ですが」別の諸侯は、不安げに述べる。「ホーコン辺境伯ほどの方がわざわざお出でになるということは……」


 どよめく室内に、モード女帝が檄を飛ばす。

「静かにしなさい」

 それから、沈静化した中でコポコポと水煙草を吸引。アウラへと真っ直ぐに対峙する。

「ホーコン辺境伯アウラ卿。いいでしょう、あなたの希望通りに報告を聞きます」


「ありがとうございます」恭しく頭を下げて、アウラは隣人に勧めた。「さあ、吉報からお話しして差し上げろ」


「は、はい」

 怯えた挙動ながら、伝令兵は書簡を広げて報告を読み始める。

「まずは作戦通りに、アガリアレプト司令官は王女立大図書館にて預言救世主を襲撃することに成功」


「おお」

 聴衆の安堵する声に迎えられて、伝令は続ける。

「図書館員や護衛隊を全員死傷させ、文部魔法大臣に重傷を負わせた上、禁書地獄室の解放にも成功し全知識を得た模様です」


「素晴らしい」宰相は満足げに主君へと言う。「どうやらホーコン伯のはったりですな。帰還の暁には、司令の習得した知識もいただけるよう交渉してみましょう」


「続けて」

 エカテリーナは緊張を解かずに促した。


「……はい」

 受けて、伝令はなお話す。

「その後、救世主に攻撃を仕掛けました。図書館で学んだ知識も用いて、ブエル総統、グシオン公、ボティス伯、並びに、アガリアレプト司令官が率いる第二魔軍全軍を召喚。約百万の悪霊軍団による王女都への急襲にも成功したとのこと」


「なんと!」

 もはや拍手喝采であった。諸侯たちが称える。

「想像以上の成果だ!」

「ならば救世主のみならず、王女都も落とせたのではないか?」


「続けなさい」

 一人平静を保つ女帝エカテリーナの導きに、伝令兵は応じる。

「はい。……第二魔軍の攻撃自体による戦果としては、魔帝軍側の死傷者は数百名に対し王女都側は守護騎士団などの兵力に都民も含め数千人の死傷者を輩出したものと見積もられています」


「……ほう、なかなか」

 と宰相は若干の感心を示したが、明らかな疑問を抱いていた。それは諸侯たちも同じらしく、口にした。

「ですがその人数ですと、都は落とせなかったのでしょうか」

「敵が降伏し、占領に成功したのかもしれんぞ」


 そう。大悪魔を含む百万の軍勢に奇襲されたにしては、人類側の被害が少なすぎるのだ。

 これが一般的な戦場ならば圧勝かもしれないが、王女都スヴェアは人口三百万の都市とはいえ、大多数は一般市民。戦闘員は、国に属さず雑多な仕事を仲介するギルドの依頼を受けて諸国を流浪し戦うこともある〝遍歴者へんれきしゃ〟と呼ばれる者たちを含めても、騎士団と合わせて三〇万人ほど。

 早々に降伏したならありえなくもないが、魔族の場合それを受け入れずに無意味な虐殺を継続することも珍しくない。この程度で済むことはまずありえないのだ。


「ありえないわね」みなが内心思いながらも口にしなかったことを、女帝は遠慮なく指摘した。「なにがあったというの?」


「そ、それが」

 ニヤニヤするアウラの隣で、尋ねられた伝令は慎重に発言した。

「アガリアレプト司令官はそれら犠牲者を生贄に変換。図書館から取得した禁呪、〝第六太陽〟を救世主及び王女国を滅ぼすべく発動したとのこと」


「なんだと!?」

 絶叫して宰相は立ち上がった。

「〝第五太陽失墜トナティウ=第六太陽昇天ナナワツィン〟を用いただと? ならば飢餓と地震の説明は付くが、救世主は生け捕りにしてこちらに引き渡す約束のはず。でなくとも危険すぎる。なにを考えておるのだアガリアレプト司令は!!」


 一気に場が騒然となる。

 硬い表情で沈黙するエカテリーナと笑顔を張り付かせたホーコン伯だけが例外で、互いに睨み合っていた。


「正気じゃない!」別の諸侯も喚く。「我が国にも封印されている大禁呪ではないですか!!」


 無理もなかった。

 基本的に人類へ有害なだけの魔法は禁呪とされるが、〝大禁呪〟とされるのは世を滅ぼせる規模のものだ。


 さらに別の諸侯も机を叩き、怒りを吐いた。

「エリザベス・コーツ王女国どころじゃない、大陸ごと滅亡してしまうぞ!! だいいいち、あれは魔神であっても司令官クラスでは術者の命さえ……」


 そこで、全員が違和感を覚えた。

 通称第六太陽。〝第五太陽失墜第六太陽昇天〟は、諸侯でも一部しか知らない大神等階梯の大禁呪法だ。


 神等階梯とは、善神であれ悪神であれ基本的に神にしか扱えない魔法。アガリアレプトは十二魔神階級の二位で次席上級六魔神にして柱の単位で数えられる魔神ではあっても、大禁呪という域に到っては普通の神ですら容易く扱えない。まともに使えるのは六魔神より上たる統馭三魔帝、十二魔神階級ならば最上位の帝王に属する三柱だけとされている。

 その効能は、術者本人が第六の太陽となり、第五の太陽を墜落させて飢餓と地震によって世界を滅ぼすもの。魔帝ならば使用後元に戻れるが、他の術者は無事では済まない。比喩でなく、本当の太陽になってしまうのだから。


「……ひょっとして」


「それほどの覚悟がいる相手」

 誰もが先を口にし難かったことを、エカテリーナ女帝は神妙な面持ちながら言ってのける。

「そうでもしなければならないほど、預言救世主が手強かったということね。わらわたちがこうして生きているのが証拠」


 凍り付くしかない諸侯たちを差し置いて、ホーコン伯アウラが称えた。

「さすがは女帝陛下。まさしく、第六太陽は不発に終わったからこそ世界は滅びなかったわけです。さあ、悪い知らせである結末を教えて差し上げろ」

 と、彼は伝令に命じた。


 伝令兵はもはや汗を床に滴らせながら、泣くような声で最後の報告を始めた。

「……はい。預言の救世主は、神域天岩戸と異教冥界神ハデスの召喚でこれに対抗。ハデスでもって魔軍を岩戸内へと連行する試みを実行しました」


「だ、大神等階梯以上を二つ!?」

 誰かがやっと呟けたがそれだけだった。大神等階梯と大禁呪法の威力は基本同等規模とされるが、前者は人類にとって有用となりうるものと定義されている。


 やや待って、伝令は継続した。

「結果、第六太陽は打ち破られ、ブエル殿は瀕死の重傷、第二魔軍はおよそ半数の五〇万名が浄化されて撤退を余儀なくされ」


「五〇万……」

 絶句する諸侯。そして伝令は、もはや聞き取れないようなか細い告知をする。

「アガリアレプト司令官は、討ち死にしました」


 会議の間は大混乱に陥った。諸侯の中には卒倒する者さえいる。

 ただ、冷静なモード女帝エカテリーナと冷笑するホーコン伯アウラだけが、静かに視線を衝突させていた。

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