エリザベス・コーツ王女国

第28章 天の川への願い事にウンザリ

 港街バイアテラノアのコーツ側にある、双頭蛇アンフィスバエナ西灯台に隣接する酒場は繁盛していた。天の川に架け橋ができてからというもの特にテラス席が人気で、普段は酒場になど寄らない新規の客も増えている。

 今日も、観光客らしき三人組がテラスの角に陣取っていた。うち二人は静かなもので、盛大に酔っているのは一人だけだが。


「ちくしょう、これで酔わなきゃやってられるかってんだ!」

 叫んで卓上に空になった大ジョッキを乱暴に置いたのは、問題の酔っ払い聖真だった。


「いい加減にしておいた方がいいよ」同じテーブルのチェチリアが注意する。「飲みすぎだし、荒れたところで意味もない」


「おかしいですね」ルワイダは不思議がる。「自ら元の世界では酒を飲んでいけない年齢制限に該当すると仰った上でそれを注文しまくったので、密かに医療魔法でアルコールを抜いたのですが。自己暗示による催眠ですかな」


 フレデリカは二つの国境越えと大妖精門使用許可の手続きのために検問所に出掛けていた。


 残る二人の言葉など聞こえないのかように、聖真は管を巻く。

「五〇万の悪魔だけじゃなくて、数千万の星を消したって!? そこにもし生物がいたら、おれは全滅させたことになる! なんてことしちまったんだ!!」

 頭を抱え、救世主は卓上に突っ伏す。


 チェチリアとルワイダは首を捻った。

 聖真の元いた歴史上でも、地球が他の惑星と同じ球体であるのは中世には認知されていた。とはいえ、こちらでは天体が魔法に反応して姿形を変えるのも珍しくなく、星々を神霊に結び付ける神話も実現している。故に、他の星が地球となんら変わらないという発想は実体験をもって否定されていた。当然、異星人的なものがいるということも考えがたい。


「よくわからないけど」

 チェチリアは、前述の事情をどうにか感じて諌める。

「君がいた神界テラアースとは星々のあり方も違うはずだよ。学者によれば星に影響を及ぼすのに要するエネルギーは同等とのことだが、アガリアレプトが太陽になろうとしたように、アンタークティカでの星空は意識に反応する巨大な魔法装置の一部だ。そこに生き物がいるという話は聞いたことがない」


「……そうなの?」


 意外なほどにあっさりと聖真は顔を上げた。酔い自体、思い込みなのだから不思議はない。

 この世界の住人の主張を信じるにたる理由もあった。なにせついこないだ、突然射手座を出現させたブエルが襲ってきたばかりだ。

 あれは射手座がある方角でもなかったし、あのあと星座は何事もなかったかのように消え失せたのに、現在は確認できる。


「確かに、知ってる宇宙じゃないのかも」

 納得しかけて、今度は別なことが気に掛かる。

「でも、他の影響は? 星空にちなむ文化とか、魔法関係なら占星術とかの問題があるんじゃ……」


「ある魔法に必要な星は、なくなっても欲すればいつでも現れるよ。誰かが再構築しない限り、使えばまた消える程度になってしまうけどね」


 何となく予測できた回答ではあった。

 ブエルの射手座にしても、昼間にいきなり空が部分的に夜となって現れたのだ。聖真が知っていた魔術でも星空を利用するものはあったが、自然に星々が出ている時間帯にしか使用できないとかいうものだ。ここではイエスが生まれたときに出現したというベツレヘムの救いの星のように、魔法的事象が天体の方に影響する面が強調されているのかもしれない。


「ちょうどいい時期ですから、ご覧下さい」

 ルワイダが翼で上空を示す。

 気付けば、市民たちもまだ天を仰いでいる。釣られて聖真も目撃した。


 満点の星空。天の川から、無数の流れ星が降り注いでは燃え尽きていた。


「七夕の魔法です。小惑星サイズですが、それでも一人でこんな芸当は無理で、アンタークティカ中の七夕を祝う人々が協力することで流星が降り、そこに願い事をする風習があるのですよ。当然、いくら降っても星は減りません」


 どうやら短冊は不要らしい。

 こんな風習を毎年続けていたら、星も尽きそうだがそうもなってはいない。想像以上に元世界とはずれているのかもしれなかった。


「ともかくわかったろう」

 チェチリアは述べた。

「君には力がある。だからこそ、助けが必要なんだ。さて、ぼくらも祈りでも届けたら明日の準備をしよう」


 勇者は神社や寺にでも参拝するように、天に向かって手を合わせた。ルワイダは例によって、一文字を切る。

 市民たちも、思い思いの祈り方をしていた。決まったものはないようだ。

 聖真も悩んだ末に、目だけ閉じて願い事をしておいた。


(変人でも生きていける世界でありますように)


 自分のことなのか他人のことなのか、テラアースのことなのかアンタークティカのことなのか。曖昧な願望だった。

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