第17章 勇者と悪魔と巫女と盗賊にウンザリ

「ちくしょう、なにも見えねえ!」

 悲鳴を上げながら、道に置き去られた盗賊たちは砂嵐のなか襲い来る善霊にやられている。


 さらには馬車の後部が開き、一つの人影が躍り出た。風のようなそれにそばを駆けられた賊たちも、次々と倒れていった。

 僅かに開けた嵐の合間に、影は姿を現す。

 半袖とミニスカートの布製鎧クロスアーマー。部分鎧と刀、程よく膨らんだ胸、後ろで結った長髪に赤い光の拍車を飾る美少女だった。


「オリハルコン級!!」

 彼女を茂みの狭間から目撃した頭目が、驚嘆の声を上げる。


 そばの部下たちもざわめく。

「オ、オリハルコンって緋緋色金級!?」

「カシラより上じゃないですか!」


「どころの騒ぎじゃねえ」頭目は、戦慄して口にした。「あの宝刀と赤髪、正体は決まってる。〝剛毅勇者〟チェチリアだ!!」


 大陸で最強の金属オリハルコンとヒヒイロカネは同じものだ。円陀Bケンプ製の上質なヒヒイロカネ製品が有名になるまではオリハルコンの名称が一般的だったが、もはやヒヒイロカネの名が定着している。

 ヒヒイロカネ級の拍車は、隕鉄級の上。七段階からなる遍歴者で最上級である。そこに到った者は、人類史上でも二桁で足りるほどしかいないとされる。

 現在における人族のたった一人。それが剛毅勇者とあだ名され、確認されている限り大陸最強レベルの現存する人間としても名高い、預言救世主に迫るとも称えられる少女。チェチリア=里得る・フィオリオなのだ。


「もういいよ、夏狐ナツコ

 勇者は、宝刀クトネシリカを鞘に収めて言った。


 砂嵐は止むが、まだ辺りは曇っていた。いつの間にか霧も発生していたらしい。そいつは、チェチリアの背後に控える夏狐神の口に吸い込まれて晴れ、狐はアイヌ刀の鯉口にある装飾へ帰った。

 馬車を囲っていたロスの狼牙のうち、道に置き去られた約半数は全滅していた。たった二人の少女によって。


「隠れてる人たち」

 チェチリアが、森に逃れた残兵に呼び掛ける。

「投降しなよ。仲間は峰打ちだしぼくの剣は人を殺めるためにあるんじゃないから、君たちの命も奪ったりはしない。しかるべき場所での裁きはわからないけど、自首すれば刑が軽くなるかもよ」


「ど、どうしやすカシラ」

 部下に泣きつかれて、頭目は考える。

「フレデリカだけならおいら一人でもいい勝負ができたかもしれねえが、勇者までいたんじゃお手上げだな」

「そんな!」

「落ち着け」頭は決断した。「奥の手を使うときだ」

 彼は、部分鎧の胸元からなにかを取り出した。仄かに赤く輝く小さな円盤だ。

 それを認めるや盗賊たちは、新たな恐怖が訪れたように蒼白になった。


「出てこないね、攻め込もうかリッキー?」

 道では、刀を肩に担いで退屈そうにチェチリアが提案する。

「いいえ」

 フレデリカは緊張の面持ちで答えた。

「手配書の時点で怪しんでいましたが、頭目に覚えがありやがります。元はわたしと同じ隕鉄級の遍歴者。彼が指揮していたのなら、常駐騎士団では対処しきれねぇわけですね」

「へえ。でも、理由はそれだけじゃないかもよ」


 そのとき、森の茂みから何かが投げられてきたからだ。

 目前の道上に転がったのは、頭目が手にしていた物体。奇妙な紋章が描かれたヒヒイロカネ製のメダルである。


 紋章を一目見て、チェチリアが首を傾げた。

「ブエルの印章シジル?」

「おそらく本物でやがりましょう!」

 フレデリカは、傍らの布に包んで置いていた杖を取り出す。馬車を降り、円盤の方に身構えながら断言した。

「ドワーフしか加工できないヒヒイロカネでわざわざ呪物を作るほど、あの遍歴者は間抜け野郎ではねーです」

「どうやら、そうみたいだ」

 チェチリアも剣を抜き、戦闘の構えをとる。


 天上が俄かに掻き曇ったのだ。不吉な風がそよぎ、円盤が宙に浮く。その真下に、メダル表面に描かれていた印章と同じ魔法円が遥かに大きく地面に光で転写され、内部から何者かの影が揺らめき出る。

 やがて、メダル自体が影と一体化。正体を現した。


 ライオンの頭とヤギの脚を身体の周りに持つ異形。

 以前、アガリアレプトに召喚されて王女都スヴェアに現出した悪魔。次席上級六魔神アガリアレプトの下につく下位十八魔属官まぞくかん、十二魔神階級の十一位階。大総裁にして長官のブエルだった。

 ただ、本来五本だった脚はうち二本が途中で千切れている。


「やあ、ブエル」チェチリアは親し気に呼び掛ける。「あの星辰総統が、人類の盗賊団に協力していたとはね」


 しかしブエルは答えなかった。

 後ろを振り返り、森の茂みの方におどろおどろしい声で言う。

「呼び出すのは、預言救世主の手掛かりを得たときと指示したはず。我を軽んじれば罰を下すぞ」


 チェチリアとフレデリカの顔が強張る。


 茂みからは、頭目が立ち上がって上半身を現した。

「す、すまねえ」彼は、強面を情けなく歪めて弁明する。「ピンチだったんだ、助けてくれねえか? おいらたちが全滅したら、あんたも奴に会う機会が減って困るだろ。勇者は救世主と一緒に称えられる奴だしよ、近いんじゃねえか?」


「まあよい。幸か不幸か、救世主はいる」ブエルは、意外な答えで馬車を睨んだ。「その中に!」


 頭目を筆頭に、盗賊たちが呆気に取られる。チェチリアとフレデリカは緊張した。


 ブエルはヤギの脚を崩して不器用に座ると語った。

「一度対峙した身、前にして見紛うことなどなき魔力だ。国中の名のある悪者に紋章を預けてよかった。我は弱った者を癒す異能も有する、救世主はまもなく目覚めるだろう」

 どうやら自身を召喚する魔法円を刻んだあの円盤を、他の悪党にもばら撒いていたらしい。


「なんのつもりだい?」

「剛毅勇者よ」不思議がるチェチリアに、ブエルは請う。「貴様とも因縁はあるが、此度は直属の上官を退けた預言救世主に用がある。今生の願いだ、奴と一騎打ちをさせてはくれぬか」

「それは――」

 口を挟みかけたフレデリカの前に腕を伸ばして制し、勇者は悪魔へと話す。

「君は重傷のようだし、上官と無数の配下を倒した相手だ。勝ち目はなさそうだけど」

「本来ならあと数日は眠っているはず。救世主も万全でなかろう」


 述べた悪魔と、勇者はしばし睨み合った。


「……わかった」人間の方が折れる。「ぼくはそういうの嫌いじゃないよ。ここで負けるようならどのみち救世主の役割は無理だろうし。フレデリカも、いいかな?」

 フレデリカはやや悩んだあとに、決断する。

「……一理ありやがります。いいでしょう」

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