第18章 狼と化す盗賊団にウンザリ

「待ってくれ!」

 異を唱えたのは頭目だ。

「ブエルさんよ、どうしてか知らないが救世主が寝てるのに起きるのを待つって? 命取りだぜ、相手はあんたの軍を壊滅させた化け物って聞いてる!! 寝こみを襲っちまった方が――」


「アルバート!」

 止めたのはフレデリカだ。

「あなたそこまで堕落してはいなかったでしょう! 準貴族への昇進が決まった頃に行方を暗まして、どうして盗賊団なぞ率いてやがるのですか!!」


 アルバート、それが頭目の名前だった。元から気性は荒かったが、かつてフレデリカが遍歴者だった頃に鎬を削った良き同期の一人なのだ。

 二人とも、それぞれ異なるが戦乱に巻き込まれることが多かった国境の街の出という共通点がある。ために気が合い、フレデリカには当時の粗暴な口調が出ることもある。けれど数年前から、アルバートは行方知れずとなっていた。

 その古い戦友は、あきらめたように肩を落として答える。


「……まさに貴族のせいだよ。準貴族の称号を得る直前で、お偉いさんの一人が口を挟んで取り消しやがった。おいらが狗国人くこくじんで、親がモード出身なのを理由にな! 頭にきてぶん殴ったら白状しやがったよ。あとで暴行罪に加えてスパイ容疑まででっち上げて投獄しやがったがな!! 脱獄してからは真っ当になんざ生きてられなくてな、転落は早かったぜ!!」


 いずれ名を上げて、故郷の田舎も有名にしてやろう。誰にも言わなかったが、そんな意気込みを胸に遍歴者になったのがアルバートのはずだった。

 彼を陥れるような輩にフレデリカは覚えがあった。遅れて準貴族になった彼女は、悪事を隠している差別的な不良貴族に気付いて不正を暴いたことがあるのだ。お蔭で出世にも繋がったのだから皮肉だった。


「……そうですか」同期を憐れんで、彼女は言う。「たぶん、あなたを不幸な目に遭わせた野郎はわたしが豚箱にぶち込みました」


「そりゃありがたいが」

 もはや、アルバートの目に後悔はなかった。

「一人潰そうが同じさ、屑みたいなお偉方が蔓延ってやがる! もう立派な敵国になったノイシュバーベン・モード出身者が、おいらのときよりまともな扱いされてると思うか?」


「そんな世の中にさせねーために、戦っているつもりです」

 明確に否定できない己が、フレデリカは情けなかった。


 彼女も女帝国との争いによる煽りを大きく受けた、貧しい地方の出身だ。だからこそ勉強して狭い故郷から広い世に臨み大局を変えねばと志した才女だった。

 だが、隠れて蔓延る不正の全てを正せたとはとても言い難い。まだまだ未熟なのである。


「この地位に就いたからには、努力し続けやがります!!」


「勝手にするがいいさ」

 腰の左右の鞘からアルバートは一対の鎧通しを抜き、両手に爪の延長のように装備した。

「おいらは陥れた国のために役立つつもりはねえ!!」


 ブエルが、徐に立ち上がって言った。

「そちらも決着をつけるがよい。勇者よ、おまえも退屈はさせん」


 やにわに、辺りに殺気が満ちた。鳥や獣や虫たちが逃げていく。

 蜃気楼のように、森と草原全体を埋め尽くす約数万からなる悪魔たちが溢れたのだ。コウモリの翼に二足歩行する山羊の肉体を有する特別な名も姿もない一般的な悪魔兵、デーモンを中核とした魑魅魍魎である。


「我が五〇の悪霊軍団。今や半数にも満たぬが、彼らが相手をしよう」


 盗賊たちも武器を掲げ、歓声を上げる。

「い、行けるぞ。この数なら!」

「やってやろうぜ、相手はたかが二人だ!」


「だな」アルバートも身構えた。「救世主を混ぜれば三人だが、変身すれば勝機はある。やれ!」


 頭目の号令に従うように、手下たちは自らの武器で手足を小さく自傷し、装備に刻まれたスルスのルーン文字に血を満たす。

 さらに全員で合唱を始めた。


「〝槍の大君と我らは太き絆に結ばれ 彼を信ずるに我が心安じぬ〟」


 意味を悟って、フレデリカは先ほど角馬車を足止めした岩を窺う。

 そこには、ルーンアルファベット最初の六文字フウスアルクが刻印されていた。


「人狼化のルーン魔術!」

 フレデリカは言い、多数の半透明な善霊ヴィッティルを召喚する。


「フラッシュバックの応用か」勇者が一歩踏み出す。「手強そうだね!」


 薬物常用者が薬を使用していないにも係わらずふとしたきっかけで使用時の状態に陥るフラッシュバックという作用があるが、これは変身術などの魔術でも起こるのだ。例えば、狼人間が満月を見ることで変化してしまうという伝承のいくらかは、それを示している。

 逆手に取って、本来複雑な手間が掛かる儀式魔術を簡略化し、似た状況を作ることで効果を発揮する技術がある。岩のルーン文字も儀式の一部だ。こうして人狼ワーウルフ化する技が〝ロスの狼牙〟の十八番であり、名称の由来でもあった。


「〝フリッグFrigg ティールTyr トールTorr シフSif バルドルBaldr ナンナNanna フォルセティForseti ヘルモーズルHermodr ヘルHel ヘイムダールHeimdall ブラギBragi イズンIdhunn フレイルFreyr フレイヤFreyja〟」


 ヴァン・アース教の神々の名を唱える盗賊たち。狼の皮の下で彼らは脈動し、獣の顔と肉体と爪と牙を得て、まさしく本物の人狼へと変異していった。


 変身完了を皮切りに、馬車とブエルを除く全員が動きだす。

 人狼と化した盗賊は地を、悪魔は加えて空からも攻める。

 しかし。まるで馬車を球形の結界が覆っているかのように、賊も魔も近付けなかった。


「〝善霊ヴィッティル〟!」

「〝小狼ショウロウ〟!」


 フレデリカとチェチリアが唱えて杖と剣を振るえば、霊と狼神が自然を動かす。風の刃が悪魔を斬り、土が隆起陥没して盗賊たちを呑んだり跳ねたりする。

 瞬く間に、馬車周りの勇者と巫女と悪魔長官がいる以外の土地は豹変した。

 元の森と草原は、どんどん荒野と化していく。呼応するように悪魔と盗賊の包囲網も遠ざけられていた。


「何してやがる!」

 賊ではただ一人、戦闘開始時点と同じ位置で地形を変える攻撃をかわしながら耐えるアルバートが叱責する。

「勇者はともかく、フレデリカなんぞに翻弄されやがって!!」


 チェチリアは救世主に迫る伝説だ。もう一万は悪魔を倒し、人狼化盗賊も十人は倒している。彼女に敵わないのは仕方ないにしても、自身と同格の遍歴者に翻弄されるのが頭には我慢ならなかった。

 盗賊たちも人外となった狼の機動力で跳び回り、攻撃を仕掛けているが爪も牙も届かない。悪魔たちも同様で、瘴気を交えた遠距離技さえ阻まれていた。

 勇者も魔力を遠方に飛ばす第五階梯の基本技、人類にとっての瘴気のような〝気光星アストラルライト〟を使いこなしているからだ。アルバートはそいつを紙一重でかわし持ち掛ける。


「おい剛毅! 星辰総統はおいらにも霜巨人殺しと決着をつけろと言ったぞ。サシでやらせろ!!」


「いいかいリッキー?」

 チェチリアの問いに、巫女は標的を旧知の敵へと絞りつつ応じた。

「望みやがるところです!」


 勇者の横を、見逃された頭目が駆ける。二人の来訪者が猛攻で張る円陣内に、初めて突入できた一騎だった。

 その隙を突こうとする有象無象を、すかさず気光星でチェチリアが遠退かせる。


「〝ヴィッティル〟!」

 フレデリカが放つ善霊の鎌鼬を舞うように避け、頭目は斬りかかる。

「雑魚掃除の技なんざ通じねぇ!」


 突きに特化したジャマダハルを、フレデリカは善霊で補強したトネリコの杖で受けた。

 アルバートの獲物の柄にいくつか文字が刻まれているのを確認する。縦横斜めの直線を組み合わせたものに、たまに曲線も混じっていた。


 ――ネミディア教に伝わるオガム文字だ。


「〝ニワトコ傷害〟!」

 敵の叫びに、フレデリカは身を引く。対応するオガム文字〝ᚍ〟が光り、振り下ろされた両手のジャマダハルは大地にクレーターを容易く刻む。

 陥没した地面に脚を取られ、ユニコーンが嘶いた。

 ドルイド僧兵流武術を基礎とした、アルバートが得意とする我流の短剣術だ。装備に刻んだ文字を唱え、象徴される加護を発揮するもの。彼はこの技を研いて隕鉄級に到った。


「第三階梯入魂セイズ魔術、〝ヴァルキュリア〟!」

 フレデリカも戦法を変える。


 彼女の身体から白鳥が放たれた。否、白鳥のごとき白いマントを羽織り、西洋甲冑を纏って天馬に跨る女騎士だ。

 ヴァルキュリアは、北欧神話の主神オーディンに仕える半神。戦場を駆り、神々の時代の終焉たる最終戦争ラグナロクに備え、優秀な戦死者の魂を味方として迎える女騎士たちである。

 彼女はアルバートの突きを巧みにかわし、腰から抜いた剣で斬りつけたが


「〝聖なるニワトコ金属棒〟!」

 新たな単語を頭目が唱えると、〝ᚈ〟の文字が光って肉体は硬化。剣を弾いた。

 直線上を疾風のように通り過ぎたヴァルキュリアは、複数の悪魔を道ずれにする。

 すぐさま反転して引き返すも、アルバートも跳躍して宙で身を捻り。

「〝ニレ火炎〟!」

 剣を片手のジャマダハルで払い、もう一方から白熱した炎を放ちながら唱えた彼が刺突を喰らわすと、ヴァルキュリアは無念の表情で天馬ごと掻き消えた。

 さらに両手に火炎を纏い、回転してフレデリカを襲う。


「セイズの隙はなしですか」

 斬撃を新たに召喚したヴァルキュリアの剣でなんとか流し、北欧巫女は覚悟する。

「ガンドで迎え打つしかねーですね!」


 ヴォルヴァの魔術はセイズとガンドからなる。この世界では独自の発展も遂げているが、基本的にセイズ魔術は身に下ろした神霊を行使するもの、ガンド魔術は己の霊魂を解き放つものだ。

 ヴィッティルやヴァルキュリアは霊を使役する前者に、ロスの狼牙の人狼化は後者に似る。接近戦はアルバートのお家芸で、懐に飛び込まれては他者たる神霊を介して攻撃している暇はない。

 すなわちフレデリカは、自らの魂と肉体を用いての直接攻撃を決意したのだ。

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