エリザベス・コーツ王女国

第16章 盗賊に襲撃される角馬車にウンザリ

 朝方。ロス森林沿いの丘陵が連なるロス草原の中を、二頭の一角馬ユニコーンに牽かれるコネストーガ幌角馬車ほろつのばしゃが未舗装の道を進んでいる。

 荷台は大きいが、ユニコーンは馬以上の馬力を出せるので問題なく牽引できていた。ただし、処女のいうことしか聞かずそれ以外には凶暴なため使役は難しい。


 道が、草原の端にぽつんと佇む巨岩と森に挟まれる狭い場所に差し掛かった時。角馬車は急停止した。

 手綱を握るフード付きのケープで顔を隠した従者は、馬の前方を確認する。


 そこには太いロープが岩に巻き付けられており、森の木と結ばれる形でぴんと張られ、進路を塞いでいたのだ。

 賢いユニコーンが止まるわけだった。むしろもっと前から発見していたのなら、乗り手に注意してゆっくりと停車しただろう。

 つまり、この縄はさっきまで地面に弛んでいたのをたった今張られたということだった。


「久しぶりの上客だな」

 岩陰から、頭が犬の男が出てきて言った。


 狗国人キュノケファルスだ。濃い体毛に覆われた上半身にも部分鎧を装着していたが、下半身は神聖ノイシュバーベン・モード女帝国の同族同様にマロのような布を巻いているだけだった。

 長身で引き締まった筋肉を有し、顔や身体には古傷が刻まれている。腰の左右には革製の鞘に入った、猛獣の爪じみた三又の刀身を備える短剣――鎧通しジャマダハルを装着していた。


「護衛もなさそうだ」武器の柄に手を掛けながら、彼は笑う。「〝ロスの狼牙ろうが〟も知らねーんじゃねえか? 最近じゃビビって獲物も通らなくなったんで、近隣の集落まで襲って名を上げたつもりだが」


 ロスの狼牙は、エリザベス・コーツ王女国のロス森林に巣食う盗賊団である。

 数年前からこの一帯を縄張りにしていたが、当初は通行人しか襲わなかった。悪評が広がると遍歴者ギルドも討伐を依頼したが、相当な実力者の集団らしく挑戦者はことごとく返り討ちに遭っていた。

 もはや頭目に掛けられた懸賞金は生死を問わず、アンタークティカ全土の共通通貨で一億ガンパチ。盗賊団そのものの壊滅に掛けられた懸賞金も一億ガンパチ。しめて二億だ。一億ガンパチは、普通に生きれば一人の人間が生涯必要とする金額といわれている。


 国が介入して解決しようとするのも間近だったが、そんなときに預言の救世主を巡る一連の事件が勃発した。

 かくして、モード女帝国とディアボロス魔帝国の双方と戦争状態に陥ったコーツは国内の問題への対処が疎かとなり、隙をついてロスの狼牙も勢力を拡大していた。今や、コーツの悪党集団では最大規模とさえ目されている。


カシラ、こんな人数必要でしたかね」


 最初に出てきた男が頭目らしく、森から新たに加わった人間の小男が隣に並んで呼び掛けた。

 それが合図だったように、続々と巨大岩と森の陰からガラの悪い男たちが出てきた。ゲキボクやドワーフやエルフなどもいたが、ほぼ人族だ。

 誰もがせいぜい量産された部分鎧や剣や斧などといった単純な武装だが、よく手入れはされていた。そして装備のどこかに第三のルーン文字である〝スルス〟を刻んでおり、狼の毛皮を頭から被っているという共通点があった。


 彼らはだべる。

「客車の中も、どうせ世間知らずのひ弱しか乗ってないだろうしな」

「カラでも、ユニコーンの角二本と処女がもらえるのは確定だ。相当な収穫ですぜ」


 まさしく、処女にしか懐かない一角獣で移動するというのはそういうことを意味する。

 ユニコーンの額から生えた螺旋状の筋入り一本角は、どんな病にも一定の効果があるので薬の材料としても一本につき数百万ガンパチの高値で取引される。ために一時期は乱獲され、昨今は絶滅を防ぐために野生種は保護され、飼育したものの伸びた角を少量収穫するのだけが基本的に合法だ。

 外見も美しいユニコーンは移動手段としても人気はあるが、それができるのは専ら高貴な身分で大勢の警護を伴う場合に限られていた。こんな人けのない道を単体で無防備に通るなど自殺行為だ。


 逆に怪しくもあるが、ロスの狼牙も馬鹿ではない。森林は道を挟んで見通しのいい草原に位置しているので、ずいぶん前に森の中から馬車を発見しながら望遠鏡で監視し続け、守衛がないのは確認済みなのだ。

 ここは隣国ビクトリア女王国への最短距離となる近道である。大方、何らかの理由で急いだ世間知らずの金持ちが誤ったのだろうと踏んでいた。


「用心にこしたことはねえ。ユニコーンは凶暴だ」

 もはや岩陰と森陰から出て馬車を囲む二百人ほどになった部下の男たちへと頭目は言い、次いで御者へ呼びかけた。

「とはいえ嬢ちゃんよ。どーせなら、暴れねえようにおとなしくさせといちゃくれねえかな。服でも脱いで宥めてやってくれよ。ああ、単なるいきおくれのブスなら見せるのは顔だけでいいぜ」


 手下の男どもは下品に笑う。

 こういうところがあるのが、彼らが男ばかりな所以でもあった。


 対して、ケープの女はぴくりともしない。ただ、顔が窺えないので心情もわからない。

 少し待って、彼女は徐に両手をフードに持っていき、下ろした。

 現れたのは、ウェーブした金の長髪と碧眼を持つ、賢そうな顔立ち。文句のつけようのない美少女だった。


「ヒュー、こりゃ上玉だ」

 賊たちが興奮する

「カシラ、娼館へ売り飛ばす前に楽しみましょうよ! こいつなら中古でも値がつきますぜ!! ……カシラ?」


 喜ぶ手下たちを置いて、頭目だけが緊張していた。


 一方、賊の大半はさらに盛り上がった。美少女が胸元に手を掛けたからだ。

「お、いいぞ!」

「そうだ! まずは上からだ!」


 するりと、ボタンで留められていたケープの前面がはだけられた。

 瞬間、空気が凍ったようだった。彼女が下に着ていた薄手のローブの、大きな胸元にあった光る物体のせいだ。


 ――黒く輝く拍車型のブローチ。


 意味を部下たちが悟りきる前に、頭目が叫んだ。

「野郎ども、森に退け!」


「〝善霊ヴィッティル〟!」

 同時。美少女も唱える。


 暴風が吹き荒れ、道を構成する砂と石灰の埃が舞った。反射的に命令へ従った以外の賊たちは、目を庇って立ち尽くす。


「畜生、まさか隕鉄メテオライト級の遍歴者!」

 森の茂みに屈んだ賊の一人が嘆く。

「戦争準備で忙しいんじゃねぇのかよ!」別の盗賊も悔しがる。「派手にやり過ぎたか。こっちに隕鉄拍車を回す余裕があるとは!」

「焦るな、所詮は小人数だ。全員で掛かればどうにかなる! カシラだって元隕鉄級遍歴者だ!」


「バカ野郎どもが!」

 その頭が怒鳴った。

「あの顔もわからねえのか、ただの隕鉄級じゃねえ。〝霜巨人ヨトゥン殺し〟のフレデリカだ!!」


 まさしく、角馬車を操縦していたのはフレデリカだった。


「まさか、近衛北欧このえほくおう戦巫女隊ヴァルキリーたいのフレデリカ・ライコネン戦巫女いくさみこ隊長ですかい!?」

 部下たちが戦慄する。


 そう、本来彼女が率いるのは王女直属の親衛隊だ。故にエリザベス二九世が最も信頼し、最も重要な仕事を任せることが多い。だから、救世主送迎遠征隊にも選ばれていた。


 そして遍歴者とは、騎士志望者が各地を放浪しながら武者修行をする〝遍歴の騎士〟から派生発展した人々だ。

 彼らには、それを生涯の仕事とする者もいる。正式な騎士にならずに生きる者たちだけに限らず、魔法使いや商人、雑用をこなす者まで所属する人員は多種多様だが、魔物も出没する世界を頻繁に旅する性質上武術の心得が必須とされる職業だ。

 好きな時に好きな場所で好きな仕事を選び、活躍によっては富や名声を得られ、場合によっては準貴族にもなれる人気の職でもある。


 この者たちに、様々な依頼主からの仕事を仲介する団体として、国とは独立しつつ大陸全土を結ぶネットワークとなって発展した組合が〝遍歴者ギルド〟だった。

 遍歴者ギルドでは、所属する人員を働きぶりによって七段階に階級分けしてもいる。それはギルドから支給される拍車を模った装飾品によって証明することができ、上から順に


 緋緋色金ヒヒイロカネ拍車

 隕鉄拍車

 白金プラチナ拍車

 ゴールド拍車

 シルバー拍車

 アイアン拍車

 カッパー拍車


 となっている。つまり、隕鉄級の拍車をもらえるのは上から二番目の地位だ。

 この位になると、もはや権力者から請われて準貴族の待遇を受け、国の重要任務を任されたりするレベルがほとんどである。

 フレデリカは、まさしくそうして出世した遍歴者なのだ。

 それは、ロスの狼牙の頭目も同じだなのだが。


「こんなとこで再会するとは、運がねえぜ」

 彼は、忌々しげに呟いていた。

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