第10章 宣戦布告の報せにウンザリ

「――だから、ここは南極大陸で宇宙にある地球っていう星の一部なんだって!」

 真相を悟った聖真は、図書館の先ほどと同じ場所で力説していた。


「そう仰られましても、貴方様の訴えにはおかしな箇所があります」

 一通り主張を聞き終えて、文部魔法大臣ヴィクトルは異を唱える。

「確かに海の果てで大陸は〝絶叫する五〇度シュリーキング・フィフティーズ〟という大嵐に遮られ外界を知れなくはなってはいますが、南極とやらがそうなったのは百年前なのですよね。我々には超神人ちょうしんじんから始まる一万年の歴史があります。そこが常に極寒の地だとも仰いましたが、アンタークティカには四季もありますし」


 顎に手を当てて聖真は悩む。


 もっともだ。超神人とかいうのも気掛かりだが、どっちにしろ南極だからってなんでこんなことになっているかの説明はつかない。

 記憶にある南極大陸と似ているのもおかしい。こちらの地図では、海上に描かれているのはきちんとした地面だという。しかし実際の南極は大量の雪と氷で陸地自体が海にいくらか沈んでおり、純粋な形自体は元世界で記されていたものと異なるのだ。


 ふと思い出して訊いてみた。

「おれが出現した位置は? あそこ、寒かったですよね」


「大陸の中心サウスポールですか、ああいった永久凍土の気候はあの一帯だけです。我々にとっても不思議で、故に未開の地なのですよ」

 と、大臣は指し棒でそこを示す。まさしく、ちょうど大陸中心部だ。


南極点サウスポールか。おれからすれば、あそこら辺が元の環境って感じかな」

 地図と睨めっこする男子高校生に、ヴィクトル大臣は察して傍らの図書館員へ何事か命じた。


「にしても、おかしかったわけだ」

 聖真はといえば、これまで遭遇したものと比較して独白していた。

「元世界に通じる代物があるんだから。現実とどこかしらで繋がってるって考える方が、筋が通る」


 すると、テーブルのアンタークティカ大陸地図上にさらなる図面が重ねられた。大臣に頼まれた図書館員が持ってきたもので、こちらはいくらか小振りだ。


「ちょ、まだ見てるのに――」

 いきなり別のものを持ち込まれたので、とっさに止めようとした。が、次の瞬間。

 聖真は新たな地図にさっき以上に魅入られて、さらなる大声を上げるはめになった。

「これ、世界地図じゃん!」


 そう、それは聖真が元いた世界。見慣れたメルカトル図法による地球だった。南極がない以外は。


「あれか、神界テラアースってことか」

 侍女から聞いたことを追懐して言ってみる。


「いかにも」図を重ねたヴィクトルは肯定する。「神々が住まう世界とされるもので、伝わっている向こうの陸地配置は全てこの形状です。あなた様はこちらからいらしたとか」

 彼は、図のほぼ真ん中。日本列島を指す。またしても中心だ。


「待てよ!」

 そこで、聖真はさらなる発見をして地図上に身を乗り出した。

「日本が真ん中にある!」男子高校生は仰天していた。「東西南北の向きも変わらない。これ、日本製じゃないか!?」


 だいたいの世界地図では、それぞれの国が自国を中心辺りにしたものを作る。南半球では南北が逆転したものさえある。そこにおいて、日本が真ん中で隅に示された方位記号の方向も同じだ。ということは、少なくともこれは日本か近くのどこかの国によるものとなりうる。

 わけがわからないらしく呆然とする大臣と兵士や図書館員たち。

 外界に通じる両開きの大扉が勢いよく開かれたのは、そのときだった。


「大変です!」

 叫びと共に正面玄関に現れたのは、伝令兵らしき人物だ。とてつもなく焦燥した様子だった。


 いきなりの登場人物に、これまでの流れも忘れかけて内部の人員たちが注目する。


 急使は外の人目を気にするように扉を閉めると、持ってきた報告を要約して絶叫した。

「神聖ノイシュバーベン・モード女帝国から、宣戦布告されました!!」


 即座に大臣が反応する。

「なんだと!? いったいどうして!」


「未開地域での争いに関し先手を打たれていたらしく、こちらの三つの預言を奪われていたようです! それを理由に我々が先に条約を破ったとして、マリーバードの預言板入手を魔族との結託によるものとの疑いまでかけ、救世主様を引き渡さねば戦争を仕掛けると――」


「なんだよそれ!?」たまらず聖真が吼えたが。「やっぱヤバそうなことに巻き込まれんのか!! ……って、ん?」


「王女陛下はどう対応なさるおつもりだ!?」

 大臣が口にしたところで、

 聖真は彼の前に腕を伸ばして遮った。

「待ってください」


「な、なんでしょうか救世主様?」


「非常事態っぽいから、それ以前に気になったことを聞いとく」改まって、男子高校生は伝令に尋ねてみる。「魔族って、フリームスルスみたいな雰囲気のやつら?」


「え? ええまあ」相手はおどおどしながらも答えた。「違いはありますが、神々によって地位を奪われ魔族に身をやつした者もおりますから、似ているかもしれません。ですがそういった話はあとにして、王女陛下がお呼びですので――」


「わかった」

 彼に手の平を向けて、聖真は止めた。

「ともかく、あんたらは魔族と友好関係なんて結んでないわけだよな。〝ぼくは悪い魔物じゃないよー〟とかいうのもいないと?」


「は、はいそうですが。だからこそ安全を確保するため、こちらに!」


「じゃあ」伝令の手招きを含む応答が終わらぬうちに、聖真は辺りを見回しながら訊いた。「この場で変装する魔法とか使ってる人いる?」


 いくらかしんとする。ややあって、文部魔法大臣が相次ぐ異変に緊張しながらも言及した。

「まさか。救世主様と接する場です、そのようなことをする理由はありません」

 取り巻きの兵たちも同意する。


「OK。じゃあそこの人」

 いくらか納得した聖真は、たった今飛び込んできた伝令兵を指差した。

「たぶん姿偽ってない? なんかあんただけ、おれを最初に襲った巨人たちと似た気配放ってるけど」


 まさしく、あの第六感への刺激を来訪者が纏っていたのだった。

 これまで同じものを感じたのは、巫女たちを襲っていた氷塊巨人、資格のない者が座ると死ぬ椅子。ならば、よからぬものである気がした。


 当事者を含む全員がざわつく。


「ななな、何を仰るのですか救世主様!」あからさまに伝令は狼狽える。「冗談を仰っている暇はございません!!」


 取り巻きの兵士たちも遠慮がちながら言及する。

「救世主様とはいえ、さすがにそれはありえないかと」

「王女立大図書館は国の重要な知識の宝庫。第二階梯の解呪かいじゅ魔法が結界として施されておりますので、入館時点で不要な術は解かれますし」


 しかし、文部魔法大臣はみなの前に出て伝令と対峙した。

「〝女神マートよ〟」

 彼は、もはや神妙な面持ちで呪文を紡ぎだしている。

「〝死せる霊魂の真を計測せし天秤よ 隠蔽されし真実を 不可視のものを明示し給え〟」

 そして戸惑う伝令兵へと両手の平をかざし、唱えたのだった。

「〝マートの天秤〟!!」


 聖真は知っていた。

 それはエジプトの法と正義の女神マートの助力で真実を暴く魔術だが、本来はもっと道具や儀式が必要だ。呪文を唱えて手を翳せば発動するなんてものではない。


 なのに、例によって変革は起きた。


 ――伝令の兵装が燃える紙のように剥がれ、消えていく。服だけでない。下にある人間の表皮までもが昇華している。


「ま、まさか」

 取り巻きの兵士たちが喚いた。

「文部魔法大臣による詠唱込みの解呪法を受けねば解けない変身術!? 第一階梯相当だぞ!」


 やおら、館内が暗くなった。いや、窓の外から闇が来ていた。

 さっきまで昼だった王女都スヴェアが、夜の帳に包まれたのだ。暗雲が満ち、豪雨と雷が襲う。

 日暮れと誤感知した魔法の蝋燭やランプが自動的に街中で青薔薇炎を灯していき、市民はパニックになる。それは大図書館にも及んだ。

 いったん暗黒に没した館内に照明と稲光で浮き上がった伝令は、もはや別人だった。


「お見事」

 アカデミックドレスに身を包み、角帽モルタルボードを被る長身痩躯の色白な女が称える。

 ただし、彼女はフクロウの頭部と翼を持つ怪人で、両手小指に指輪をし、片手に巨大な鍵を象った杖を持ち、小脇に分厚い本を抱えている。

 恭しいお辞儀と共に、彼女は挨拶をした。


「初めまして、我が名はアガリアレプト。ディアボロス魔帝国の統馭三魔帝とうぎょさんまていが一柱、黎明れいめい魔王ルキフェル帝にお仕えする、第二魔軍の総指揮官です」

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