あーん作戦に身もだえる

 衣装は決まった。



 ただ、男性の意見も聞くべきか。



 部屋に戻ると、魔獣ベヒーモスの転生体、トラ猫のモヒートが目をキラキラさせた。




「どうじゃろう、モヒートよ?」



「実にお似合いでございます。先代魔王妃の生き写しかと思いましたぞ」



「世辞などよい。それより勇者から連絡は?」



 



「先ほど、メッセージの通知が鳴りましたぞ」




 モヒートが言うと、ブランはスマホに飛びついた。



 不覚。リキュールに預けてソファに置きっぱなしだったことを忘れるとは。




「モヒート、そのメッセージを覗いておらぬだろうな!?」



「トンデモございませぬ! もとよりネコの手では、携帯端末を触ることすらかなわず」



 モヒートは自身の肉球をブランに見せる。



 



「ところで魔王ブラン様、デートのプランって、どんなカンジなんすか?」



「逢い引きではない。決戦じゃと言っておろう」




 そこは間違えないで欲しい。



 逢い引き後に子作りなど、不埒な計画ではないのだ。



 



「まずは映画じゃ、と申しておった」




 勇者から届いたメッセージを見せて、貼ってあるリンクへ飛ぶ。




 映画の情報だ。



 少女に化けたメスのペンギンが、冒険者の少年と恋に落ちる話らしい。



 最後はペンギンも人間になるという、ハッピーエンドである。



 原作マンガを読んでいたので、ブランも結末を知っている。




「無難なデートムービーッスね」



「決戦じゃ。まあよい。吾輩が好きじゃと言ったら、『じゃあ一緒に見ましょう』と誘われたのじゃ」




「デートじゃん」



 ボソッとリキュールつぶやく。



 



「ほんわかしたムードが終わったら、昼食を取る」



「また、手作り弁当作戦をなさるので?」



 モヒートが質問をする。




「それもよいが、映画館周辺に点在するスイーツ店も捨てがたい」




 せっかくの決戦なのに、二度も同じ手を繰り出しては、芸がないと思われそう。


 なにより、どの店もおいしそうで、ブランの乙女心をくすぐってくる。


 地球のお菓子なる品物に、偉大なる魔王がこうも翻弄されるとは!


 



「魔王サマ、『あーん』作戦なんてどうっすか?」


 リキュールが、珍妙な作戦を提案してきた。



「なんじゃ、それは?」



 ブランが尋ねると、リキュー右派スマホを操作する。


 ちょいちょいと、映画館周りの地図を出した。


「このお店なんですが、金魚鉢に入ったジャンボパフェがウリなんスよ」



「随分と詳しいのう? まさか事前に勇者の籠絡を!?」




 魔王が戦慄していると、側近リキュールはあっさり否定した。



「違いますって。仲のいい男子とオヤツを食いに行ったんすよ。後でそいつをオヤツにしましたけど」




 サキュバスであるリキュールは、自身の痴情をあっさりと報告する。




「でね、ちょっとスプーンですくったパフェを『あーん』ってやってあげたら、まあ喜んじゃって。その後のオヤツ本番より悦んでたッスね」




「そういう報告はどうでもよい。とにかく『あーん』は敵を油断させるのに最適だと?」



 



「いいカンジに盛り上がるんじゃないッスか? 魔王サマ、弁当食わせたっつっても、『あーん』まではできなかったって聞いたんで」




 そうなのだ。



 魔王ブランは照れくさ……敵に塩を送るような自身の行いを恥じ、そこまでの領域に到達できなかった。



 



「うむ、それじゃ! あーんのリベンジといこうではないか!」




「やっぱデートじゃん」

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