第3話 少女たちの船

 少女たちの船


 神の船に乗る少女達がいた。船は空中を飛び、海に潜ることができた。時空を超えることが出来た。その船は龍と呼ばれていた。龍のエンジンは永遠の命だった。船を操る少女達は教えられていた。何故なら龍に乗る少女達は何年もの間、少女であり続けた。自分たちは永遠に年を取らないと教えられていた。


 彼女達が操る龍は空中を音もなく飛び交うことが出来た。大陸を簡単に横切り成層圏上空の放射能の帯、バンアレン帯もものともせず宙を飛び交うことが出来た。


 少女達は未熟だった。龍を操るには余りにも未熟だった。ある時ある場所で龍はバランスを失った。


 数度の爆発を起こしながら地上に叩きつけられるように墜落した。


 網膜上に僅かな白い点が出来た。白い点は微かすかに点滅しながら少しずつ大きくなっていった。そしてそれは眩い光となった。先ずは白く爆発がおきてやがて黄色に変わり更にオレンジ色になり最後は真っ赤になった。脳が覚醒した。激しい心臓の鼓動が深い氷の下に眠るエバの脳内に響いてきた。


「エバよ。起きよ。目覚める時だ」


 声は脳内に響いてくる。それは懐かしいアンナの声だった。透明のチューブから栄養剤が右手の上腕筋に着けられたパイプから送られてきた。口に含んでいる管からゲル上の液体が流れてきた。脳内に信号点滅が起きた。ゲル状の液体は林檎の味となって感じられた。エバが一番好きな味だった。


「どうだ目覚めは」


 アンナの顔が網膜上に現れた。


「別に」


「別にって、そりゃ別に何にも無いはず」


「私を起こしたのは何か理由でもあるのか」


「理由」


「理由だ、そう、帝国の運営は上手く行っているはずだ。何も起きて働く必要などない。静かに眠っている方が遥かに楽で幸せなことではないか、同志アンナ」


「エバはあいかわず皮肉屋だな」


 アンナはまるで男の様に応えた。


「何か起きたのか」


「龍が墜落したことは知っているはずだ」


「総統が作らせた最終兵器の龍の話か」


「そうだ。砂漠に落ちた龍だ」


「報告は聞いた。アンナ。おまえからだ。未だあの時は子供だった。それは何十年も昔の話だろう。既に我が同志は龍を上回る新しい黒い龍を完成させたではないか。氷に下に眠るドラゴンを使って。新しい黒い龍があれば古い龍の失敗など恐れる必要はない。ラストバタリオンを制するのは我々なのだ。神の民だ」


「憎むべき敵国アメリカが古い龍を既に回収している」


「回収したって、それがどうした。観測用の気球と嘘の発表をしたのだろう」


「そうだ。しかし」


「しかし、何だ」


「奴らは終に理解した」


「理解、奴らに理解などあるのか」


「理解したと言うより利用した。龍の推進力を利用した」


「仮に龍と全く同じ物を作っても最終兵器新しい黒い石の龍があれば我らに敵はいない」


「エバ、確かにそれはそうだ。問題は本来その推進力の黒い石そのものを我々に作れないことなのだ。その推進力の原理も理屈も我々にも分からないのだから。ただ、利用法だけを我々が解明したのに過ぎない。何年も何十年もかけてあの船の推進装置の利用法を理解、いや了解したの過ぎないのだ」


「理論に過ぎないな。考え過ぎた理論だ」


「奴らになんか理解できるはずはないと最初は思っていた。奴らは黒い石を利用することが可能な船をつくることを始めたのだ。時空を超えて飛ぶ船を」


 アンナの言葉にエバは震えた。恐怖と言う忘れかけていた感覚がエバに蘇ってきた。野蛮なアメリカ人。月に行くとおおぼらを吹き、偽物の石を愚かなる劣等民族に渡して世界中を騙した傲慢で勝手なアメリカ人どもが我々の船の推進装置を利用したとは。


「何故」


 エバは静かにアンナに尋ねた。


 言葉を飲み込むようにアンナがエバに答えた。


「奴らは魔女と契約したんだ。黒い石を作ることの出来る魔女ヒミコと」


「妹と。いいやそうではない。馬鹿な私が再度アメリカの王を説得してみせる」


 エバの言葉にアンナが絶句した。







 紫の光を網膜上に感じた光は脳下垂体の表面に刺激を与えた。その刺激が仇夢の意識を戻させた。何らかの衝撃が己の周辺に起きたことを察した。そして自分が全裸であることに気がついた。あたり一面に花が咲いている。蓮の花だ。白い着 物、羽衣を着ているドールがいる。


 ドールとは言え、普通のドールではない。明らかに高貴な得も言われない雰囲気をかもし出している。


 見目麗しい二人の女官が仇夢の傍そばにたっていた。


 一人の女官は朱色に染まった唐模様の坪をもっている。左の手をその中に入れてゆっくりとゆっくりとかき回している。


 もう一人の女官が頭に白い帯の様な鉢巻をして緑色の大きな葉を携えた棒。白い紙が幾重にも重なっている棒切れを振り回している。


 一人の女官が仇夢を手招きした。こちらへと導いた。導いた先には霧にかかっていた。奥に人影が見える。


「安鈴か」


「父さん。やっぱり来たね」


 その声は紛れも無い仇夢の息子安鈴だった。


「安鈴、ここは何処だ」


「仇夢父さん、ここも時の海だよ」


「ここも時の海」


「そうだよ。ここも時の海」


「時の海」


「本当はここで生まれる筈だったんだ」


「ここで」


「ここで。そしてここでで死んでいく」


「分からん」


「仇夢父さん。分かる必要はない。全てが分かる必要がないんだ。分からないまま流れて行く。つながることが命なんだ。それを分かろうとすることは愚かなことなんだ。神に近づこうとすることは愚かなことなんだ」


「加員も眠りについてしまった」


「安鈴、それで黒い石は見つかったのか、それはどこにある」


「亀と龍です」


「亀と龍」


「亀と頭が八つある龍」


「八つ」


 安鈴が言いかけた映像が網膜上に再現されていることを感じたのが最後だった。


 仇夢は再び意識を失った。




 王がいた。美国の王だった。美国の王は鉄の車に乗っていた。車には馬がつながれていない。王は民衆に手を振った。あらん限りの笑顔を作って見せた。車には美国の王と后が乗っていた。斜め上空に龍が浮かんでいた。その龍の姿を誰も気がつかなかった。龍は王と一緒に車に乗る后のエバに命じた。エバは隠し持っている拳銃で王の頭を打ち抜いた。

 その傷口が龍からの力で爆発した脳漿が鉄の車の後ろへ飛んだ。気が動転した様に見せかけたエバが飛び散った脳漿を集めようとしているように見えた。


 その景色を仇夢は見ていた。しかし失う意識と蘇る意識の中で仇夢は己の肉体と魂の乖離を感じていた。

 肉体の重さと魂の重さをそれぞれ感じるのだ。

 魂は魂で別に存在し肉体とはかけ離れている。そして己の肉体が繭の様な白い、いや繭の様ではない。繭そのものだ。繭の中に置かれている。繭の中には液体が存在して、その中に己の裸の肉体が浮いている。

 エクスタシーの中ペニスは既に勃起している。そして何度も何度も射精をしている筈なのだが、その手応えがない。しかし緩やかなエクスタシーが仇夢包んでいる。今までの人生で感じたことのない感覚に包まれている。


「再び彼の地にあいまみえん」


 意識の中に自分の声ではない声が響いた。


 声は今までに聞いたことの無い音声だ。スサノウか、スサノウの声に似ている、確かに似ている。しかしスサノウではない。音質がもっと高い。響き渡る声だ。


「再び彼の地にあいまみえん」


 そしてその声を発しているのが干からびたドールだとは微かすかに見える視力で確認した。

 何年も時間を経過して賞味期限の切れたドールが見える。皺しわが走り既に腐食でも始まっている様な肉壊がそこにあった。その口元が動いている。皺しわで罅割れた土色の唇が音を発しているのだ。この醜い老醜にしか過ぎないドールが声を出している。まさか、そんな筈は無い。

 仇夢はエクスタシーの中で思った。手応えの希薄な射精が続いている。マザーだ。あの醜い肉壊こそが加員の言っていたマザーだ。エバのマザーだ。仇夢は確信した。


「我。再び彼の地にあいまみえん」


 正確に音声が発せられている。


 マザーは木製の椅子に座っている。帝國ホテルだ。帝國ホテルの山本の部屋だ。黒いピアノが見える。


 そのピアノの黒い椅子に干からびたドールのマザーが座っているのだ。


「仇夢」


 マザーが今度は確実にこの龍 仇夢に向かって音声を発した。


「仇夢よ」


「誰だ。お前は」


「スサノウ」


「スサノウ、マザーではないのか」


 仇夢は人工冬眠に入りたかった。


 この様な理解不能の状態に陥った時は必ずセンサーが働き仇夢を安全な場所に移したのだった。それはソフィア、そう知恵であった。


 しかし、今そのソフィアが今回は作動しない。醜い老女のドールは間違いなくスサノウと名乗った。あの美貌の少年スサノウの名を名乗った。


「スサノウ」


「お前の唇を奪ったスサノウだ」


「おまえがスサノウとして何が目的だ」


「異な事聞くな。言葉の意味すらわからん」


 醜いドールにしか過ぎないスサノウの皺しわだらけの唇に不敵な笑みが浮かんだ。


「とぼけるな、スサノウでも卑弥呼でもいい、おまえたちが、この仇夢に望むものは一体なんなのだ」


「わらは何もおまえに望まぬぞ」


「何も望まぬ」


「何も望まぬ」


「そう、何も望まぬ」


「馬鹿な」


「望んでいるのは、ぬしだ。仇夢の望みだ。ぬしはこのスサノウに恋している」


 声と共に老醜のドールの顔に縦の深い皺しわが走った。走ったと同時に赤いおびただしい黒ずんだ血液が流れた、肉壊は二つに裂け中から血に塗れたスサノウが現れた。神のごとき見覚えのある美少年だった。この世のものとは思えぬ仇夢が恋焦がれている美少年スサノウだった。


 仇夢の射精は続いている。そしてスサノウはふわりと空に浮いた。白い絹と思われる布を身にまとい長い黒髪を後ろに縛っている。そして小柄なスサノウの身の丈に届く様な剣を背負っている。


「スサノウ」


 うめく様に仇夢がスサノウに語りかけた。


「仇夢、ぬしの望みを叶えてやろう」


 そしてスサノウは空に浮いて、空を切り仇夢に飛んできた。そしてスサノウの唇が仇夢の唇をふさいだ。仇夢は濡れたスサノウの唇を感じた。


 その唇の濡れた感触を仇夢は覚えていた。そして、その濡れた唇の感触が忘れかけていた激情をもたらした。そして激しく射精した。今度こそ間違いなく射精した手応えを感じた。そしてその時初めて気がついた。己の魂が滅び去る時が来たのだ。龍 仇夢の魂はスサノウの唇から肉体を通り黒い机に座る二つに裂かれたドールに転移した。


「姉じゃ」


 深い意識の底で呼びかける声がする。紛れもないスサノウの声だ。何年かの人工冬眠を経たのであろう。


「スサノウ」


 何のためらいもなく仇夢いや卑弥呼が応えた。


「新しい服はいかがですか」


「とても良い。心地よく思うぞ」


 脳の中で会話が聞こえる。一体誰が喋っているのであろうか。


 声はあくまでも仇夢の頭蓋骨に響いて聞こえている。


「姉じゃ。八岐大蛇が軌道に載ります」


「軌道に」


「高天原に落ちてまいります。亀をぶつけて軌道を変えねばなりませぬ」


「軌道を変えるとどこに落ちる」


「地上に」


「地上」


 卑弥呼がそういいかけて、いきなり意識が飛んだ。自動チェアに加員が座っている。青ざめた顔でこちらを見ている。


「パズルを超えたパズル」


「そうだ、パズルを超えたパズル。中国共産党だけではない、人類の存亡をかけた物語と言うパズル。いやパズルを超えたパズルだ」


 自らの唇が加員に話しかけている。しかしその光景が現実なのか、幻なのか。


「姉じゃ」


 再びスサノウの声がした。


「うむ」と声を返すとスサノウが笑った。


 美しい笑顔だった。男でも女でもない。えもいわれぬ微笑だった。


「ごゆるりと」


 意識の中に牧場にぼろきれの様なみすぼらしい姿をしている子供たちが三人いる。


 三人の前にいきなりかみなりが起きた。そして場面が変わるように桃色の景色がひろがった。そして前方にひいらぎの木が見えた。その木のねもとにそこに一人の美しい貴婦人、三十をこえただろうか中年の美しい極めて目鼻立ちの整った女性が立っていた。十歳になる少女ルシアに貴婦人は正確なスペイン語で話しかけた。


「何も恐れることはありません。あなたの世界にこれからあなたの望まないことが起きます。戦争は終わりを告げるでしょう。そして新たなる悲しみがまたおきる。そして遠く離れた異国の都に二つの火が降り多くの子供たちが死ぬでしょう。そして幾年もの後に火を降らせた国の一番大きな都に空に龍が現れる。龍は八つの頭を持ち口から火を放つ。そしてその龍を操る少年達は神を信じない。しかし祈りなさい。祈りこそが救いの道なのです」


 ルシア、ジャシンタ、フランシスコの三人の子供たちは貴婦人の声を聞いていた。そして貴婦人は上空に浮かびそして消えた。








 氷の世界


「お集まりの誇り高い同志諸君。いよいよ我らが最後の望み、人類浄化計画そうラストバタリオンをを始めねばならない。悪魔をこの地上から除去しなければならない。悪魔を除去しなければ我々はこの地上から人間としての地位を失う。


 永遠に奴隷の地位。いや奴隷どころか家畜の地位に置かれるようになる。古いにしえのエデンの園で我らの開祖が起こした罪を永久に償うつぐなうことになるのだ。罪は既に償ったのだ。そして我らこそ、罪を償った我らこそがこの地上の本当の支配者、神になるべきなのだ。それにこそ我らの崇高なる使命なのだ。より高度な文明に我ら人類がたどり着くために我が成し遂げることこそが使命であり我らこそが神であることを証明せねばならない。


 我らこそが神でなければならない。我らは悪魔ではないのだ。我ら神こそが崇高なる教えを人類に伝えるのだ。だからこそ神である我らが最も敵対する 悪魔を除去しなければならない。それこそが人類の浄化なのだ」


 金髪の美しい顔立ちの少女が演説をしている。赤い軍服を着た少女達が何百人も整列している。それぞれ赤い軍帽を被っている。


「おまえたちの中から八人の戦士を選ぶ。八人の戦士は八つの頭を持つ神の船に乗る。八つの頭のそれぞれを操る。史上最強の軍艦、バトルシップ。そして我ら全てがこのバトルシップに続いて戦いにでる。そう人類浄化、それこそがラストバタリオンの始まりだ」


 歓声があがった。少女達は軍服を着ている。金色の刺繍が施されている八つのボタンの軍服を着せられている。腰にはサーベルだろうか、剣をもっている。そして少女達が放つ声は甲高い声の歓声だった。拡声器があるのだろうか、鈍い金属色に輝く壁が見える。声は広い工場に更に鳴り響いていた。


「エバ」


 整然と並んでいる軍服姿の列から離れている場所で金髪の少女がエバと呼ばれた別の少女に話しかけた。二人の少女は全く同じ顔をしている。


「アンナ、ドラゴンは間違いなく動くのであろうな」


「間違いありません。動くどころではありません。今すぐ飛ぶことが出来ます。そうです。直ぐに戦が出来ます。しかし長くは戦うことが出来ません」


「長く戦えない」


「そう、長くは無理です提督」


「それは何故だ、何故長くは戦えない」


 提督と呼ばれた少女エバは全く同じ顔のアンナに尋ねた。


「新しい黒い石さえあればドラゴンは永久に戦えます、氷の下で見つけたドラゴンは動きます。あれこそが最終兵器。そう黒い石、永遠の命こそが最終兵器なのです。黒い石、永遠の命こそがラストバタリオンを制するのです。あれこそが神の意思、

 新しい黒い石出来た龍です。我らこそが地上を支配すべきとの神の意思なのです。あれこそが神の本当、意思。真理を持つのです」


「とにかく既に飛ぶことは出来るのだな。実験は成功したのだな」


「はい、なんなら証拠をお見せ致します」


 アンナと呼ばれた美しい少女は静かに目を閉じた。氷の下の工場の中に電流の様な火花が起きた。カギ十字の紋章のある軍服を着た少女の隊列の上にホログラフの青い映像が起きた。幾つものビスが打たれた鉄の体を持った八つの頭を持った龍が現れた。それは生き物なのだろうか、機械なのだろうか。そのどちらなのか。その場にいた少女達の誰もが見たことも想像したこともない物体だった。龍の一頭が威嚇するように雄たけびとともに口を開けた。口の奥から鈍く光る金属製の砲がせり出してきた。少女達のすさまじい叫び声があった。金髪の少女達の間から悲鳴が起きた。少女とは言え軍人らしからぬ悲鳴だった。軍服姿のまま、床にへたり込んでいる。


 見ると股間が濡れている。失禁しているのだ。龍は金色の八つの頭を持っている。八つの頭の根元の銀色の明らかに金属性と思われる胴体の脇に飛行機の様な三角形の翼を備えている。翼も銀色だが真珠の様な輝き方だ。


 後ろにはロケットエンジンだろうか巨大な排気口が二つ備えられ白い蒸気を放っている。

 背後から見れば明らかに人工の飛行機のごとく見えるがその前部でうごめいている八つの龍頭と金属の様に光る金色の鱗の生えた八つの長い首は生き物、いや妖怪のごとくである。八つの龍のそれぞれの目は赤く輝き、それぞれの頭は辺りを睥睨するように鋭い目線を軍服姿の少女達に向けていた。


「うろたえるな」


 アンナが叫んだ。そして呟いた。


「これがバトルシップドラゴンの姿だ」




「姉じゃ」


「スサノウ」


 高天原でスサノウが卑弥呼にささやいた。


「大蛇がきます」


「大蛇」


「大蛇を倒す為に新たなる石が必要です。新たなる石が」


 仇夢の意識が微かすかに残る卑弥呼の頭ではスサノウが何を言っているのか分からなかった。しかし目覚めた卑弥呼の前で美少年のスサノウは仇夢いや卑弥呼に跪いてひれ伏すように報告している。大蛇がくる、八岐大蛇が。


 八岐大蛇を倒す為に黒い石が必要だ。新たな黒い石が。その石を作るために自分に何が出来るのだ。その疑問を打ち消すようにスサノウが卑弥呼に諭した。


「姉じゃ。お孕み下さい」


「孕む」


「左様でございます。お孕みなさる時が来ました」


 と言ったか、言わなかったかを感じる間もなかった。スサノウは龍 仇夢あだむ、いや卑弥呼を抱きしめた。唇が塞がれた。スサノウの唇が卑弥呼の唇を塞いだ。懐かしい感触だった。夢にまで見たスサノウの唇だった。本来ならこの感触だけで射精が可能な筈だった。


 しかしそれは叶わぬ事だった。仇夢、いや卑弥呼は改めて思い知った。己が仇夢で はない。女の卑弥呼にその姿を変えていることを。舌は唇から肌けた胸に移った。桃色に輝く己の乳首が見える。その片方の乳首にスサノウが赤子の様にむしゃぶりついている。快楽が卑弥呼を包んでいる。体が全て溶け出して流れていきそうな感じがしている。

 スサノウが腰を浮かせ、己の衣服を解き放った。。大蛇の様なスサノウのペニスが現れた。スサノウは己の亀頭を卑弥呼の膣の入り口にあてがった。卑弥呼は自分の魂がガラスの様に砕け散ることを感じた。嵐のような快楽が卑弥呼に訪れた。快楽は子宮からあふれて海を作った。


 夥おびただしい潮が卑弥呼の子宮から溢れた。遠のいていく意識の中で生暖かい命がスサノウから放たれたのを卑弥呼は感じた。そして自ら作った海の中で卑弥呼は再び深い眠りについた。




 幾年が経過したのであろうか。自分は卑弥呼なのだろうか、仇夢なのだろうかもはやそれはどうでも良いことであった。何れにせよこの睡眠が単なる人工冬眠ではないことは間違いがなかった。


 自動チェアに座っている仇夢が自分の記憶が半分ほど蘇ったと気づいた時、緩やかな光を感じた。それが合図だった。前に小柄な、そう、スサノウより遥かに小柄な年の頃なら十二、三の少女がいた。


「壱与だな」


「はい卑弥呼様」


「卑弥呼」


「そうです卑弥呼様。戦いくさ舟ふねは来るのですか」


「戦舟」


「とても手強い戦舟」


「手強い」


 混乱する脳の信号と錯綜する脳内間メールの中から自動的に仇夢いや卑弥呼の唇は音声を発した。


「そうだ。ぬしもわらわも殺されるかもしれない」


 壱与は白い装束に赤い袴を穿いている。


「卑弥呼様。壱与は恐れませぬ」


「恐れぬ」


「壱与、恐れてよいのだ」


「恐れてよい」


「左様」


「恐れる」


「恐れこそぬしの力だ」


「卑弥呼様」


「壱与」


 そして気がつくと壱与の腕の中に黒っぽい緑色の物体を抱いている。それは棘のように短い針が無数に生えている。紛れも無い小さい亀だ。


 仇夢と山本を乗せて高天原に届けた亀と全く同じ形をした物体だった。その形は本当に手足を引っ込めた亀の甲羅の様な形をしている。高天原にやってきた巨大な亀の様な針金状のセンサーの先端は光に反応するのか点滅を繰り返している。そして壱与は卑弥呼に命じられてその亀を神殿の前の海にゆっくりと入れた。亀は時の海。蒼くそして真珠色に輝く時の海に浮かんだ。


「しばしの別れだ」


 卑弥呼の声に呼応するかのように壱与がつぶやいた。


「スサノウ様」


 スサノウ様と壱与に呼ばれた小さな亀はゆっくりと潮が引くように海底、「時の海」に沈んでいった。










「アンナ」


 背後で呼ばれてハンスと呼ばれた金髪の美少女が振り向いた。


「エバ、目覚めたのか」


 アンナはエバと言う毛布を被った美少女に答えた。そして更に続けた。


「アンナ。魔女が亀を時の海に放ったぞ」


 エバがアンナに告げた。


「時の海」


「この氷河期でも凍らない時の海」


「時の海」


「そう、時の海に魔女が亀を放ったのを渡しは見た。脳の中に映像が現れわれた」


「時の海に」


 アンナはホログラフの怪物の大蛇の背中をなでながらエバに尋ねた。


「エバ、それが運命なのか」


「それこそ運命だ」


「運命」


「そうだ運命、時は永遠に流れている。いつも移ろう。それは誰にも逆らえない。あがなうことなど不可能なのだ」


「では永遠の命は得ることが出来ないのか」


「いや可能だ。永遠の時である命。永遠と命は両立している」


「両立」


「両立、そう命とは時間なのだ」


「時間と永遠は。そうだ両立しているのだ、アンナ」


「フューラーいやエバ。教えて欲しい。エバなら知っているはず」


 アンナが真剣は眼差しをしている。その表情には少女と言うよりも子供と言った方が良い幼さが見えた。エバはゆっくりと口を開いた。


「戦うことだ。戦い。傷つけ合い、憎しみ合い、そして愛し合うのだ」


 エバの台詞にアンナは天を仰いだ。その横に小柄な少女エバの風貌が見えた。美しい少年の様な少女だった。金髪の太い眉毛になみなみならぬ意思を表していた。そしてアンナにいや自分自身に諭す様に呟いた。


「その運命と言う奴と戦ってやる」


「戦うか」


「戦わねば我が偉大なる民は永久にこの空間から滅びてしまいます」


「滅びることを何故おそれる。全ては一旦滅びても再び産まれるのだ」


「しかしエバ」


「滅びることを恐れていて物語は進まぬ」


「物語」


「物語、私が兵士達に語ってみせた物語」


「物語。それこそがゲーム」


「ゲームか。ゲームでも物語でもアンナがそれで良ければそれでいい。しかし魔女卑弥呼は新しい肉体を得た。卑弥呼との戦いは長く激しい戦いになる。物語となる。ゲームとなる」


「永久に終わらない戦い。分かっている。しかし我々にはこれがある」


 アンナが触れているホログラフの怪物がいきなり輝きをました。絡むように八つの龍の頭がうごめいた。









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