そのコメディは時を超え

ろくろだ まさはる

そのコメディは時を超え

「被告、土岐田正行ときたまさゆきを極刑に処す」


法廷に響く裁判長の声を聞き、傍聴席の瀬田せたは天井を仰いだ。




「彼とは1975年の調査の時に知り合ったんだ」


アクリル板を挟んで、土岐田は話し始めた。


「不思議な魅力のある男でね、話しているうちに彼がコメディアンだと知った」


口調は淡々としていたが、口元に笑みが浮かんでいた。

瀬田は、初めての表情を見せる土岐田を驚きの目で見ていた。


「こっちに戻った後、局のアーカイブを検索して保存されていた彼の動画を見た。

最高だった。もちろん、今では検閲に引っ掛かるような表現も多いが、大衆が求めていたんだ。それを見事に体現化していたよ」


そう言って土岐田は俯き、クスクスと笑った。


「土岐田さん?」

「失礼、思い出し笑いだよ」


「あるネタがね。・・・あぁ、ネタと言うのは何というかコメディにおけるシナリオみたいなもので」

「知ってますよ、自分もアーカイブ見ました」

「・・・そうか。いつも勉強熱心だな瀬田くんは」


勉強熱心と言われ、瀬田は気恥ずかしくなった。

恩師だった土岐田に、何度そう言われた事か。


ただ、今の瀬田と土岐田の間にはアクリル板よりも厚い心の壁がある。


「土岐田さんは、なぜあんな事を?」


瀬田の問いかけに、土岐田が顔を上げた。


「彼を死なせないためだ」


即答。


先程の表情は一変し、寡黙な普段の彼に戻っていた。

幾度となく見た表情だが、その目の奥にはいつもとは違う熱を帯びた炎が揺らめいている。

見据えられ、瀬田は気圧けおされそうになった。


「知っていると思うが、過去に渡る時間調査官の姿や声には認識偽装が施される」

「【調査中、別時間で会った人物と対面した際に違和感を与えないため】ですよね」

「そうだ」

「俺も土岐田さんみたいに調査官目指してますから」

「・・・・・そうだったな」


狭い部屋の空気は張り詰めている。

そこには、本心を隠しながらも何かを伝えようとする師と、

一言一句聞き漏らさないようにする弟子の姿があった。



「彼と最初に会ったのは、さっきも言ったが1975年、それ以降は89年、2002年、

そして、2020年の夏が最後だ」

「それって、自分から会いに行ってるって事ですよね?」

「もちろん偽装した上でだよ」

「当たり前です!」


立ち会いの刑務官が、ちらりと後ろを振り返る。

その姿を目端に捉え、瀬田は声のトーンを落とし。


「自分から故意に特定の人物に接触する、これだけでも十分に時間法に触れてるじゃないですか」

「だから、私はココに居るんだがね」

「茶化さないでください」


くっくと笑う土岐田、しかめ面をする瀬田。

悪戯坊主とそれを諭す教師の様であったが、以前とは人物が逆転している。


「私はね瀬田くん、彼に魅了されてしまったんだよ」

「魅了・・・ですか?」

「そう。彼という人間に触れ、彼のコメディを見、要はハマってしまった訳だ」

「気持ちは分かりますよ、俺も見たって言いましたよね。すげぇ面白かったです」


「そうだろう」


土岐田は、自分の事のように誇らしげな顔をした。


「それでも。それでも俺は分からないっス」


「俺ら、局の人間は時間渡航者が歴史の改竄かいざんを行えないよう、監視・調査するのが仕事じゃないですか。それなのに、なのにアンタが」

「落ち着け瀬田くん。昔に戻ってるぞ」

「・・・・・すいません」


瀬田は感情が抑えきれなかった。

そこを昔のように土岐田に指摘され、赤面してしまう。


「私はね、君が思っているような出来た人間じゃないんだよ」


諭すように、穏やかな表情で土岐田は続けた。


「そもそも私が局長になったのは、自ら渡航先とその時間を決める権限が欲しかったからなんだよ」


「・・・どういう事ですか?」


瀬田の背筋に冷たいものが流れた。

今まで築いてきた物が崩れる、という思いが瀬田の体を強張らせる。


「私は、どうしても2020年8月の、東京の渡航調査をしたかったんだ。・・・いや、しなければならなかったんだよ」


再び、土岐田の目には炎が、狂気を帯びた炎が揺らめき始めた。


「私達にとって彼は過去の人間だ。だが私達には記録が残されている。

彼がどう生きて、何をし、何を残し・・・・そして死んだか」


「じゃあ・・・そのために、今までキャリアを築いてきたって事ですか?、彼を救うために時間渡航するのが目的で?」


瀬田の問いに、土岐田は頷いた。


「もちろん、最初からそんな目的があった訳では無いよ。彼と知り合ってからだ」

「何年前からですか?」

「そうだな・・・・ざっと、20数年前、かな」

「ファンの鑑じゃないですか」

「茶化すなよ」


くっくと笑う瀬田、しかめ面をする土岐田。


「あの日、2020年8月5日、彼は病院で死んだんだよ。知ってるかな?その頃に流行ったウィルスの話を」

「知ってますよ、大規模拡散で全世界に蔓延したやつですよね。今となってはワクチンがありますけど」


「そう、そのワクチンだ。私は自ら渡航の認可をし、以前から話をつけていた知り合いのツテでワクチンを取り寄せた。現在はほとんど流行らないウィルスだ、何の問題もなく買えたよ」

「局長自らの調査、いぶかしむ調査員もいたでしょう?」


土岐田は首を振り。


「幸い、2020年はウィルスの蔓延やオリンピックの中止など、この国にとってのターニングポイントになった年だ、私が赴く理由なんていくらでも挙げられるよ」

「そのために積んだキャリアですしね」

「いささか毒がある言い方だな」


崩れるかと思った信頼関係は表面的なものだった、と二人は気づいていた。

師弟の築き上げてきた塔は、同じ土台の上に成り立っている。


「後は知ってのとおりだ、調査渡航の名目で2020年に降り立った私は彼の下に赴きワクチンを打った。そして帰ってきて逮捕され、裁判を受け、ココに居る」


「幸いにも君達【操作課】の迅速な対応により、私が書き換えた歴史はパージされ、繋ぎ合わされてほとんど影響を受けずに今日こんにちに至っている。見事だよ」

「あなたの仕業でしょう、土岐田さん」

「・・・・どういう意味かな?」

「あなたのシナリオは彼を死から救う事ではなく、彼が生き長らえた歴史をパージさせる事が目的だった・・・って事ですよ」


部屋の空気は再び張り詰めていた。


「大体おかしいんですよ、あなたが自分の利己的な目的で歴史の改竄をするとは、俺には思えない。改竄をすれば歴史変わり、未来も変わる」


「過去の人間を救う。それが及ぼす膨大な犠牲と責任を考えないあなたじゃない、

そうでしょう?」

「さっきも言っただろう、私はそんな出来た人間じゃあ無いんだよ」

「だったら、これはどうです」


瀬田は持ち込んだ鞄からレポートを取り出し、アクリル板に押し付けた。

【班内PC調査表】と書かれたレポートには、細かなアクセス履歴とその調査結果が羅列されていた。


「ウチの班の鈴木のPCのアクセス履歴です。一見問題なく見えますが何箇所かリモートで操作された痕跡があります」

「それが私だとでも?」

「分かりません。ただ、今回のパージの際、鈴木のPCがどの操作課のPCよりも早くから異常を感知し、対応に動いたのは確かです」

「面白い仮説だね。でも仮にそうだとして、私は何をしたかったのかな?」


「目的は極刑、つまりは時流ときながし」


瀬田の言葉に土岐田は目を細め、長年の弟子を見据えた。

そして、表情を綻ばせ、聡明な弟子に笑ってみせた。


「そうなんですね、やっぱり!」


「刑務官、面会は終わりました」


そう言って立ち上がる土岐田。


「なぜなんですか!自分の痕跡がこの世界から消えるんですよ?!パージされた歴史に流されて、何があるんですか?!」


食い下がる瀬田に土岐田が笑いかける。


「彼が生きているよ」




「これから私は、彼の生きている世界で今まで見たことの無いコメディを見るんだ。まだ、誰も見たことのないコメディをね」

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