第8話 船上タッグ

 アイシェンの目の前にいきなり現れた三発の弾丸。

 銃声も聞こえなかった。

 実を言うと、ナポレオンの「死んでくれるなよ」というセリフも聞き取れなかった。「死んで――」で途切れた気がする。

 いやそれより考えるべきは刻一刻と迫るこの弾丸をどう避けるか、ということだ。

 普段のアイシェンならば、刀で弾くかギリギリで躱すかぐらいはしただろう。

 だがそれは相手の動きの予測と銃声という合図があったからこそできる芸当。

 その銃声すらも聞こえなかった現在、反射で動くことも不可能だ。

 ……では何故このようなことを考えていられるのか。

 不思議なことに、アイシェンは今、身体が動かない。向かってくる弾丸も、ゆっくりに感じる。

 そのくせこうして頭だけは働くのだ。

 ヒトは死の間際、なんとかして生き抜こうと方法を模索するために脳をフル回転させ、世界がスローモーションに感じるという、あれだと思った。


 現状を整理しよう。

 自分の目の前を、今にも当たりそうな距離まで弾丸が迫ってきている。

 世界はゆっくりと動いているくせに、身体を動かすことも反射で三発すべてを弾くこともできない。

 もし着弾すれば、一発は眉間にはいる。まごうことなく、即死だ。

 ――あ、終わった。


「ハアァァァアァッ!!」


 視線だけ声の方へ向けた。

 ファフニールが、アイシェンの方へ飛び込んでくる。

 気が付けば彼女が戦っていた船は近くまで来ていた。

 いざという時のために、自分も戦いながらアイシェンの補佐もできるよう船を動かさせたのだろう。

 流石としか言いようがない。だが肝心なところを忘れていた。

 ファフニールが今こうして、アイシェンを助けるために飛び込んだということは。


「ぐっ……ぅ……!!」

「ファフニールっ!!」


 ファフニールの右脇腹に三発、弾丸が撃ち込まれた。

 いや、彼女は不老不死の邪竜だ。死ぬことはないし、傷だってすぐに治る。

 ロンドンでシェイクスピアに殺されかけたときも、そうして治していたのだ。

 だが。


「傷が……治らない?」

「ちっ、この嫌な感覚……聖なる力か?」

「聖なる……?」

「安心しろ、死ぬことはない。少し治るのが遅いだけで――」

「流石ドラゴンの中でも高位に位置すると言われている邪竜だな!!俺様の武器の秘密に気づいたか!!」


 ナポレオンは歯を見せて清々しく笑う。


「魔族の国と相対するんだ、それなりの準備はするだろ。だから、うちの王国の工業大臣が、自身の持つ聖剣から聖なる力ってやつだけを取り出して、多くの武器を作り上げた。出来上がったものは大半が、生まれたばっかの魔族に聞く程度の弱いものだったが俺様のこいつはちげぇ!!」


 ばばぁんと見せびらかすように、その銃を天に掲げた。


「フランクで作られた数少ない成功作!!これならブリタニアの奴らの持つ魔剣にも対抗し得る……かもしれない!!」

「そこまで来て断定なしか!!」


 はっはっはと今度は高笑い。

 だが結局、彼は肝心なところを言っていない。

 さっきのあの謎の技、あれはなんだろうか。

 突然弾丸が目の前に現れたようにも思えた。


「いつものアイシェンならば避けられたはずだ。何だあれは?」

「さぁ、全くわかんない。でも、対処法はわかった」

「なら、一人で戦えるだろうな?」

「いやそれは無理」

「そうか、では我は戦いにもど……はぁあ!?」


 綺麗な二度見。

 それくらいアイシェンの今の発言はファフニールにとって予想外のものであった。


「いやだって、敵の能力の謎がわかんないんじゃあ俺程度すぐにやられるぞ?」

「いやそうかもしれないが……ここは俺に任せて先にいけくらい言えんのか……」

「あいにく、俺にそんなカッコいいことは言えない!!」

「威張るな!!あぁもう、背中を守るって言ったのは我だしな……わかった付き合ってやる!!」

「あれ、てことは2対1か?弱ったなぁ……流石の俺様もそれは分がわりぃや。仕方ねぇ……ジャンヌ!!」


 ナポレオンが先程までファフニールが乗っていた船に向かってそのように声をかける。

 しかし、その先には誰もいない。

 確かにファフニールは誰かと戦っていたはずだ、しかしその誰かもいない。

 どこへ言ったのかと二人が頭の上に疑問符を浮かべていた時。


「うらぁぁぁあぁッ!!」


 そんな声が、二人の頭上から聞こえてきた。

 よく考えなくともその声の主が二人の命を狙っているということはわかるだろう。

 アイシェン達は頭上を見上げる前にその場から離れた。

 ずずぅんという轟音がアイシェンとファフニールのいた位置に鳴り響く。

 そこには、真っ赤な髪色と目の色をした少女がいた。


 猫耳のようなものが付いた帽子を被っており、右手が義手、左手に黒い手袋を装着している。

 腰のベルトに付けられている棘の付いた鉄球は、ただのアクセサリーと思われるが、彼女の手首と鎖で繋がれている鉄球が彼女の武器だろう。

 片方が棘の付いた物、もう片方が何も付いていないただの球体。まるで彼女の強さのようなものを象徴するみたいだ。

 そしてこの場に似つかわしくない短めのショートパンツ、それが何故か、返って恐ろしく思えた。

 これらの特徴は、モルドレッドが教えてくれた。

 フランク海軍指揮官の一人であり、魔女と呼ばれているほどの人物。

 その名は――。


「ジャンヌ・ダルク・ボルドファ……だったよな」

「おや、私のことを知っているのですか!!嬉しい嬉しい、すっごく嬉しい!!故に残念です……私どもは神の御命のもと、あなたさんを殺さなくてはならないのですから……」


 その残念そうに言う言葉とは裏腹に、彼女は両手の鉄球を回し始めた。


「でもまぁいっかぁ!!とりま死んでください!!」

「あっぶねぇ!!」


 ジャンヌは鉄球を縦横無尽に振り回す。

 アイシェンとファフニールはそれを反射だけでかわした。


「おいおいジャンヌ・ダルク、ここには俺様もいるんだからもうちょっと気遣ってくれよ」

「はぅっ!!申し訳ありませんナポレオン様」

「ナ、ナポレオン様!?くぅー!!何度呼ばれてもいい響きだなぁおい!!」


 攻撃が止んだ隙きに、アイシェン達は作戦を話し始める。


「よしアイシェン、貴様はとにかく攻めろ。後方から我のフロッティで援護する。本当は貴様の魔力銃で戦うのが良いのだろうが……」

「残念ながら攻撃を回避しながら撃つなんて技術、俺にはありません」

「だろうな。だが、あの女は我が倒す。貴様はあのナポレオンだけに集中しろ」

「あぁ、了解した!!」


 アイシェンはナポレオンに向かって走り出した。

 それに気付いたジャンヌが、彼に向かって棘の付いた鉄球を投げる。

 ナポレオンも左手に持っていたカトラスを右手に持ち替えて応戦を試みた。

 先程までふざけていた顔つきとは打って変わり、野球選手がピッチャーから投げられるボールをバットで打つ時のように冷静な表情に切り替わる。

 投げた鉄球は、ファフニールが伸ばした突刺剣フロッティでギリギリ弾くことができた。ジャンヌは弾かれたと見るや否や、最低限自分だけは守れるようもう片方の鉄球を構える。

 しかしアイシェンの狙いはナポレオンただひとり。

 アイシェンは頭から真っ二つに割るように、ナポレオンの頭上から刀を振り下ろした。


「残念ながら見え見えだぜ!!」


 まずナポレオンのカトラスで刀を止める。その後すかさず左手の銃で彼を撃ち抜く。

 もちろん彼は躱すかもしれないが、ダメージは与えられるだろう。そんなシナリオだった。

 だがここで前提となる事象を覆す出来事が起きる。

 アイシェンが振り下ろすはずだった刀が、空中で消えたのだ。

 彼はナポレオンを斬ることなく、空振りして船の上に着地した。

 何が起こったのか。そう考える隙きも与えられない。

 彼が刀を持っていた両手には、別の武器が握られている。

 刀と同じ刃物。だがそれに比べれば頼りなく、遥かに短い。

 ナイフだった。

 ナイフが下からナポレオンの腹部に迫ってくる。刀で斬られなかったのなら斬られなくとも、やることは変わらない。

 位置が変わった。アイシェンの胸を撃ち抜く予定だったナポレオンの銃弾は、彼の眉間に向けて発射された。


「が……ぐはっ!?」


 次の瞬間、アイシェンのナイフはナポレオンの腹部を刺した。

 それはどうでもいい。たとえ即死を狙っても最後の力を振り絞って刺してくるかもしれないと思ったから。自分が刺されたのは想定の範囲内だった。

 だが奇妙なことに、自分は確かにアイシェンの眉間を撃ち抜いた。これだけ近いのだ。どんなノータリンでも外すわけがない。

 だが。しかし。なぜか銃弾はアイシェンの身体をすり抜けてしまった!!


「ナポレオン様!!こんっのぉ!!」


 ジャンヌの鉄球がアイシェンを襲う。しかしそれもすり抜けた。

 だがナポレオンは見た、アイシェンの身体が、まるで霧のような気体に変化していることを。

 ナポレオンはナイフを抜くために、彼の両手に向けてカトラスを振るう。

 するとアイシェンは颯爽と後ろへ下がった。


「くっそ……うおぉ!!」


 今度はナポレオンが右手に持った銃でアイシェンを撃つ。

 先程と同じく、突然アイシェンの目の前に銃弾が現れた。だがしかし、それもすり抜ける。

 これこそがアイシェンの言っていた対処法である。

 トーマスのナイフを持つことで発動する、両手以外の身体を霧に変え、物理攻撃を無効化する名技、『霧の都ロンドン・フォグ』である。

 名技を使われているということはナポレオン達にもわかったが、その実態はわからない。


「ファフニール!!」

「任せろ!!」


 その一声を合図に、ファフニールはアイシェンの腰に向けてフロッティを伸ばした。腰の部分だけ実体化させると、フロッティはアイシェンの腰にぐるぐると巻きついていく。


「ハアァァァアァッ!!」


 先端にアイシェンという打撃武器を手に入れたファフニールのフロッティは、ジャンヌとナポレオンに向けて幾度も攻撃を繰り返す。

 鞭のようにしなる剣、それを避けてもナイフを持ったアイシェンに切られる。

 アイシェンに向けて銃や鉄球で攻撃しても、身体が霧なので攻撃が通らない。

 ファフニールに向けて遠距離から攻撃をしても、彼女の反射神経でかわされるか、フロッティで自分の身を守っている。

 攻守において完璧だった。

 あっという間に、ナポレオン達は船の後方まで弾き飛ばされてしまった。


「よし、いいぞアイシェン!!このまま攻撃を繰り返せば、正体不明の名技も関係ない、奴らを倒せる!!」


 攻撃を止めたファフニールは、口内から出たと思われる血を拭いながら立ち上がる二人を見ながらそう言った。

 だが、彼らも軍人。

 手のつけようがないからと言って諦めてはいない。むしろ、心から楽しそうだった。


「ふ、ははは!!いいぞ!!こっから反撃だ、行くぜジャンヌ!!」

「はは、まだまだ終わらなそうだ。行くぞアイシェン!!……アイシェン?」


 フロッティに巻き付かれたままのアイシェンの反応がない。

 すると彼はゆっくりと振り向いた。

 その表情は青ざめており、右手が彼の口元に触れられている。

 その状態が意味するところはつまり――。


「ファフニール……うぷっ」

「……リバースタイムにつき一旦休憩!!」

「「Ouiいいよ!!」」


 一時休戦。

 五分後再開!!





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