第9話 スサとジル
場面は移り変わって、アイシェン達が戦う船から100メートルほど離れた船の上。
そこでは二人の男が戦闘を繰り広げていた。
一人はブリタニア軍、アイシェン率いるRainbow騎士団歩兵隊隊長、スサ・バンブ=ファスト。
もう一人はフランク軍、ダノワール海軍指揮官の一人、ジル・ド・ケティ。
スサは吹き矢を用いてジルに牽制する。発射したのは、触れた瞬間に爆発する火薬弾だ。
しかしジルはフランク王国では有名な火薬のエキスパートだ。例え初見であれども、火薬を使った攻撃はすぐに見切られる。今発射した火薬弾も、ジルは難無くかわした。
その弾は海に落ちていき、大きな水柱を上げて爆発した。
彼らが乗っているこの船はブリタニアのものだ。
決して自分の船に穴を開けるような攻撃はしないだろう。
この攻撃もあくまで牽制、驚かせるもののはずだ。
使ったところで彼ならばかわせるし、狙いが外れて船に攻撃をするかもしれない。あの威力ならば、一撃で船は沈む。
ジルは確信する。火薬弾を使うのはこれで最後だと。
「くっくっく……、万策尽きてそうだなぁ」
ジルは嫌味ったらしい笑みを浮かべながらスサに話しかける。
ゴーグル越しに伝わるその視線からは、どんな小細工も見逃さないというような眼力を感じる。
全体的にブカブカとした服装をしているが、動きにくそうにはしていない。むしろ服の皺の中に小さな爆薬を仕込んでいたりするので、機能性という観点から効果を発揮しているのではないかと誤解してしまいそうだ。
全体的に緑色、髪と目の色も。であるが、彼はどうにも目に優しいという印象を受け付けない。例えて言うと、彼はたくましく育つ雑草であると同時に、性根が腐っているかのようだった。
「万策って……まだ火薬弾かわされただけっスよ。自分にはまだまだ策ぐらいあるっス」
「いやいやぁ、ぼくにはわかる。あれ、自分で調合したものだろぉ?ぼくは、か、火薬にはちょっとうるさいんだ、あはは。威力こそ申し分なし、されど爆発のタイミングを相手に委ねるともなれば、加えてこんな船の上じゃ、さぁ……?」
ジルは頭を斜めに曲げながら、持論を述べる。「ぼくなら時限式爆薬を作るね」
「あっそ。それはそれとして、自分は吹き矢だけのヒトじゃないっスよ。近接戦闘くらいできなきゃ、話にならないっスからね」
「くっくっく……そこ!そこなんだよぉ……くっくっく」
今度は口元を両手で隠すように笑い始めた。
これ以上見るのは気味が悪いと思ったスサは、吹き矢を剣のように持ち替えてジルに迫る。
だが、ジルが両手に隠し持っていたある物を見て、その足を止めた。
小型の爆弾を指と指の間に挟んで隠し持っていた。
ジルはそれを見せびらかすように手のひらを広げると、スサに向けて放り投げた。
その数や8個。
威力によってはこの船を沈ませてしまう。
ところがそれらは全て、火を出さなかった。
爆弾の正体は音のみを発して敵を驚かせるというもの。
「ぐはっ……!?」
その正体に気づいたと同時に、スサの腹部に鈍い痛みが現れる。
蹴りだ。音でひるませたと同時にジルは距離を詰め、スサの腹部に蹴りを入れる。
近付いてくるときの足音は音爆弾のせいで気づかれにくく、牽制という点で言えば、先程のスサの火薬弾より有効だった。
「もういっぱぁつ!!」
そこからもジルの攻撃は続いた。
腹部を殴ってバランスを崩したスサに対し、位置が低くなった顔面を蹴り上げる。
もちろんスサも負けてはいない。
後方に蹴り飛ばされたが受け身を取って反撃の体勢に変わる。
特注の吹き矢で、ジルの足を狙う。金属音が響いた。
恐らくブカブカな彼の服の下には、最低限身を守るための鎧を装備しているのだろう。
それでも決して攻撃は止めない。
スサは吹き矢を吹かず、ひたすら剣のようにふるい続ける。
ジルもまた、彼の攻撃を服の下に装備した鎧で受け続ける。
永遠に続くかと思われた猛攻、周囲のブリタニア兵が何度も助太刀にと思ったが、戦いのレベルの高さについていける自信のあるものはなかった。
どちらかが限界になるまで、攻撃は続くだろう。
それが先に来てしまったのは、スサだった。
「くくっ」
スサの思わぬミス。
吹き矢をジルに掴まれてしまった。
そして彼の方に引っ張られ、スサは少しずつ近づく奇妙な音に気付いた。
シューッという不思議な音。それがジルの持つ爆弾の導火線に火がついた音だと気がついたのは、その直後だった。
引き寄せられたと思われた彼の身体が、今度は後方へ放り投げられる。ジルの爆弾とともに。
「な、なにぃぃいぃっ!?」
ヒト一人を飲み込む爆炎と、周囲に轟く爆発音。
船にも穴が空いている。幸い、船底には異常はないようだ。
ジルの笑い声が響き渡る。
「おっとぉ……この笑い方、ジャンヌにダメだって言われるんだった……あ、危ない危ない。さてと、あとはこの船を沈めて……うーん?」
次の瞬間、ジルは絶句した。
爆散させたと思っていたスサがなんと、立ち上がったのだ。
しかし彼の身体は火傷だらけ、もう立っているのもやっとという状況だろう。
「ちっ、まだ生きていたのか。なら今度はもっと威力の高い爆弾をぶつけて――」
「あーあっ!!てめぇクソめんどくせぇことしやがってんなぁ!!」
スサは叫ぶ。彼の言葉の中に、先ほどまでの下っ端らしい弱々しさのようなものはない。
「え、ちょ……あんた?」
「船の修理って結構すんのによぉ……この身体の治療費も馬鹿にならねぇんだろうなぁ、あぁ?ジル・ド・ケティさんよぉ?」
「…………」
「ま、俺は前向きなもんで?こんなときでも前向きに考えるとすっか。てめぇのその便所の水みてぇなきったねぇ服から、搾り取るだけ搾り取ってやるよこのゴミやろうがっ!!」
「なぁあんた、どうしたってんだよぉおい!?さ……さっきと人が変わったみたいじゃないかぁ!!」
スサは驚いた表情を浮かべ、口元に手を添える。
「おっと、自分としたことがついうっかり、つい汚い言葉を使っちまったっス。アイシェンの旦那がいないときで良かったっスよぉ、ほんと」
するとスサは吹き矢を腰に掛け、まるで刀を抜こうとするかのように掴む。吹き矢を掴むスサの右手が。ペットボトルの蓋を取るような動きをして少しだけ回ると、かちり、という小さな音が響いた。
そして、ゆっくりと、抜かれていく。
吹き矢から、刀が抜かれていく。
「なっ!?なんで刀ぁ!?それ吹き矢じゃあ……」
「自分のこの吹き矢はいろんな機能を搭載した特別製っスから。まぁ、使ったのなんて何十年ぶりかわかんないけど……お手本はすぐそばで見て戦ったっスから」
ちらりとスサはアイシェンの方を見る。
彼はファフニールの背中を擦られながら、海に向かってゲロを吐いている。
――何やってるんスかね、あの人は。
だが、おかげで元気が出てきた。
本当だったら、アイシェンはここにいてはいけない人なのだ。
ああやって、こんな場でもバカなことをしていたほうが、彼らしい。
だからこそスサは決めた。
少しでも良い。アイシェンの助けになろう、と。
「あの女より、旦那のほうが見てて楽しいっスからね」
「ごちゃごちゃとぉ……近づいてみろ!!来た瞬間、この船を爆破させて」
「やってみろっ!!てめぇにその覚悟があるならなぁ!!」
導火線に火を付けるジル・ド・ケティ。
それを見て颯爽と駆け出すスサ。
その速度は、誰の目にも留められなかった。
「シントウ流剣術……」
「ッ!?」
「其の肆『無双』!!」
隕石のように鋭いスサの斬撃が、ジルと彼の持つ爆弾を捉えた。
周囲の人達が次に見ていた景色に映ったのは、ジルを斬って通り過ぎたと思われるスサがその場に倒れ込む姿だった。
***
その船に乗っていたブリタニア兵が、一様にスサの名前を呼ぶ。
だが近くにはジルが立っている。迂闊には近づけない。
彼の持っていた爆弾は細切れにされた。スサが狙っていたのは、彼の持つ爆弾だけだったのだ。
だがダメージも相当溜まっていた彼は、爆弾の破壊にすべてを使い、ジルを倒すことは叶わなかった。
「シントウ……まさかこいつはシントウの民?いや、フランクの諜報部隊の情報だと、シントウはここの団長と女の二人って……あれぇ?」
「ごはっ……ハァハァ。ちくしょー……」
スサは仰向けになって刀を鞘に収め、吹き矢に戻した。
「やっぱ……見ただけじゃあダメっすか……。円卓にならなかった天才も、落ちたもんっスねぇ」
と、自分を卑下する。
しかし、スサは守ったのだ。この船に乗るブリタニア兵を。
「でも、それでもぼくの勝ちだ!!最後に立っていたぼくの勝ちだぁ!!」
「……フッ」
「いたっ……!?なんだ?」
スサは吹き矢でジルを射した。それは針のようなもの。彼の最後の抵抗と、ジルは考えた。
だがその考えはすぐに否定される。
「その針には毒を仕込んでるっス」
「んな!?」
「もしあんたがまだこの船を爆破させようってんなら、自分はもう一発打ち込む。だが、もしここから手を引こうってんなら、見逃してやってもいいっすよ。その毒は遅効性でね、効くまで30分ってところっス」
「そんな遅い毒を、なんで……!?」
「使ってる毒の解毒剤も、多分軍の医療所にあるんじゃないっスか?それくらいポピュラーなものっスから。さぁ、さっさと帰って解毒剤をもらうか、ここに残ってさっさと死ぬか、好きな方を選ぶっスよ!!」
「………くそっ!!」
ジルは近くを横切ったフランクの船に飛び移る。
その船に命令を下し、フランク司令部まで船を進めさせた。
スサの船に乗っていたブリタニア兵は、ブリタニアの医療所まで船を進めさせながら、ジルの乗った船へ向けて石弓と大砲を撃った。
しかし、その攻撃は結局、彼を捉えることはできなかった。
だが、スサは撃退したのだ。
勝敗で見れば、彼は負けていない。
仲間を守った。敵を撤退させた。
スサは勝ったと、自分で思った。
スサは仰向けに寝そべりながら、天に向けて拳を突き立てた。
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