ドーヴァー海戦編

第7話 似た者同士の邂逅

 先程までアイシェンを襲っていた気分の悪さはどこかへと過ぎ去っていった。

 そんなものが気にもできないくらいに、戦争は過激なものへとなっていたのだ。

 命中精度の悪い大砲で、フランクの船へ向けてドカンドカンと発射する。向こうも負けじと反撃してくるだろう。

 刹那、本当に刹那の一瞬だ。

 複数の船で取り囲み、同時に体当たりをして相手を沈めるか、一回り大きな船での体当たりで沈めるかという判断が求められる。


 敵の動き、味方の動き。

 射った砲弾や矢、その方向から被弾状況、被弾した味方の船の戦闘続行の可否。

 先程言った体当たりの状況判断、もしくは敵船への乗り込みからの制圧。

 これらの情報を逐一、アイシェンはドーヴァー城で指示を飛ばすジークフリートに、以前マーリンから渡された水晶玉で報告する。そして指示もその水晶玉から飛ばされる。

 届いた指示は船の汽笛などで味方に知らせ、遂行させるのだ。もちろん、敵の知らない暗号を用いて。

 アイシェンの手が離せない時は、同船しているファフニールやスサに任せられている。


「――これが、戦争か」


 心のなかで留めておくべき言葉。

 アイシェンは思わず口に出していた。

 四方八方から聞こえてくるヒトの声。

 魔族のものもヒューマンの声も、もしかしたら民族のものも混ざっているかもしれない。

 ここにいるそれぞれの歴史を持った人々が、武器を持って殺し合う。

 アイシェンは別に、恐れているというわけではなかった。

 敵も味方も、国のために戦っている、戦場に来ている。だったら殺す覚悟も、逆に殺される覚悟だってしているはずだ。

 男も女も関係ない。

 その考えがあるからこそ、目の前に立つ自分と同じ二足歩行の生命体を殺すことに対して、抵抗感は抱かなかった。

 だがアイシェンが今まで行ってきたのは、一対一の命の奪い合いや、もっと少人数のもの。

 これほど多くの命の奪い合いは、初めてだった。

 国が絡んでいるからか、戦いの中に感じていた楽しさはどこか、虚しく感じる。


「たぁっくよぉ……どいつもこいつも出世のことばっか考えちまってまぁまぁ」


 乗り込んだ敵船で味方とともにフランク兵を刀で斬り殺していた際、アイシェンがそんな声を聞いた。

 声から感じる自信の高さは、相手が敵艦を率いている指揮官の一人だと直感するのに充分だった。

 まずい、今はファフニールもスサもいない。

 テルラはジークフリートの補佐に回っているし、サンは後方支援が任務だ。

 ガラハッドは制限時間があるため、投入するにはタイミングを見計らわなければならない。

 自分が戦うしかないだろう。幸いにも、相手は一人だ。


「国のことを考えてるやつもいるにはいるが、殆どが自分の出世のために殺そうってやつばっか。いやまぁ、それを否定する気はねぇぞ?俺様だって偉くなりてぇ、もっと言えば、王様になりてぇ!!」

「金髪で青い目……」


 その特徴で思い出されるのは一人だけだ。

 黒と白のチェック模様のマントを羽織り、青を基調としたロイヤルな服と左手首に巻かれたリストバンドのようなもの。そして自身の野望を示すかのように、チェスのキングを模したと思われる冠を斜めにかぶっている。


「『ナポレオン・ダノワール』か?」

「おっ、俺様のこと知ってんのか!!ま、まさか俺様のファン!?嬉しいねぇ、こんな状況じゃなかったら、サインあげてたくらいだ!!」

「さいん?」

「知らないのか?俺の名前書いて、君の名前宛にあげるんだよ」

「うわ、何だそれいらね!!」

「流石にナポレオンショック!!」


 彼は大げさに天に向かって両手を向ける。

 まるで何かを迎えているような、もしくは天に訴えかけているようだ。


「まいいや。ところで、あの船で戦ってる角の生えた可愛い子ちゃん、おまえの相棒?さっきおまえの背中に斬りかかってきたうちの兵を、あの子がカバーしてた。背中を任せるのは、信頼してるやつじゃねぇとできねぇ」

「ッ!?」


 それはファフニールだ。彼女もまた別の船で、鉄球を持った少女と交戦している。


「あ、いや、でも出会ってからまだ日は浅そうだな。一ヶ月か二ヶ月か……まだ全幅の信頼は置いてないって感じだ」

「すごいな、そこまでわかるのか」


 純粋な、心からの言葉だった。


「当然だ!!俺様はいずれ王様に成り上がりたいと思っている。敵も味方も、その人物の関係性を見抜くくらいの観察眼を持っていないと話にはならん。例えばあのブリタニアの船に乗っている吹き矢で戦っていた男、彼は恐らく相当強い」

「それだけ?」

「え?付け足す?おまえ多分落ち込むぞ?」

「あ、わかった!!その強いには味方への指示の上手さとかも含まれてるな!!」

「正解!!」


 これは確かに落ち込む!!

 だが自分で言い当ててしまったし、自覚もあった。


「そしておまえ、この戦いがつまらない、と考えている。その髪色と目の色、なるほどお前が噂に聞いていたシントウの少年だな」

「…………」

「その感情の理由は恐らく、大人数でやる戦いに慣れていないおまえは、その大人数の中に含まれるその他になっていると考えてしまい、一つの戦いに想いを込めきれていない。自分はそんな事を考えたくない、曲りなりに持っている美学に反する。違うか?」


 大正解だ。

 口には出せずとも、その沈黙は肯定と同意だ。


「さて、実は俺様もそうなんだ。案外、似た者同士かもな」

「……あぁなるほど。やっと言いたいことがわかった」


 もったいぶらずに言えばいいのにとも思った。

 だがそれでは格好がつかない。きっと二人とも、そう思っているだろう。

 二人にたものどうしは同時に、深く息を吸い込んだ。

 そして、吐いた。


「ブリタニア王国円卓騎士団団長が一人、アイシェン・アンダードッグ、その異名を虹の騎士!!いざ、推して参る!!」

「フランク王国ダノワール海軍指揮官が一人、ナポレオン・ダノワール!!いくぜぇ!!」


 ***


 二人の男の攻防戦が、波に揺れる船の上で繰り広げられていた。

 アイシェンがまず、ナポレオンに刀で斬りかかる。肩からみぞおち、腰にかけて斬り下ろす袈裟斬りだ。

 当たれば致命傷は避けられない。だからナポレオンは、左の腰にかけていたカトラスで受け流す。

 一撃で勝負を決める戦法を取るアイシェンの攻撃を受け流すあたり、軽い態度を取っている彼もまた、かなりの実力者であると言えるだろう。

 ここでバランスが崩れるのを踏ん張り、アイシェンはそこから更に追撃をする。


「シントウ流剣術『其の伍 燕返し』!!」


 雨を知らせる燕が素早くその身を反転させたように、流されたと思われたアイシェンの太刀筋は再び、今度はナポレオンの左目を狙った。

 だがそれも、より素早く反応したナポレオンによって回避される。それだけにとどまらない。

 左手に持っていたピストルをアイシェンの右足に向け、ダァンという音とともに発砲したのだ。

 下半身は剣術だけではなく、ありとあらゆる武術の生命線。

 そのことを理解していたからこそ、下半身には人一倍警戒をしていた。

 後方にアイシェンは宙返りで下がる。

 その後を追いかけるように、二発だけナポレオンは発砲した。

 二発だけに留めたのは、撃ちすぎればその船に乗っているフランク王国の兵士にも被害が出ると考えたからだろう。

 約五メートル、両者は離れた。


「ふぅーう……やるなアイシェン卿」


 アイシェンは口角を少しだけ上げた。

 ――あぁ、楽しい。

 強いヒトとのぶつかり合い。

 一方的に蹂躙するのではなく、互いに互いの力を発揮する。

 この時、相手の心の声を聞いているような感覚がアイシェンにはあった。

 特に、親友を取り戻すための戦いでも、自信の存在を知らしめるための戦いでもない今回の戦争では。


 もしもし、あなたは誰ですか?

 ――私の名前はナポレオンです。

 戦いは楽しいですか?

 ――楽しいですよ、あなたはどうですか?

 不謹慎かもですけど。


「すごく……楽しいな!!」

「よぉし楽しんでくれてるところでもういっちょ……何だ?」


 ナポレオンは、轟音が響いた方向を見やる。

 フランク王国の方向だ。

 察するに今の音は、ナポレオンに与えられた命令の暗号を大砲に乗せたもの。

 アイシェンに、暗号解読のノウハウはない。しかし当然ながら、ナポレオンには理解できた。


「ちっ、そういうことかぁ……」

「?」

「あ、いや。後ろの方で海軍を指揮してる総司令……俺様の兄貴なんだけどな。そいつが楽しんでないで、とっとと片付けろって言ってきたんだ」


 あっさりと今の暗号の内容を伝える。

 いや、いまのが本当に指示の内容なのならば、別に知られても問題はなさそうだ。


「あいにくと、俺はまだ負けないぞ」

「あぁそうだろうな、おまえは強い。だがそれは俺様もだ」


 ナポレオンは右手に持っていたカトラスを左手に、左手に持っていた銃を右手に持ち替えた。

 そして、左手をぶらんとぶら下げるのと対称的に、右手をまっすぐと伸ばし、アイシェンに向けて銃口を向けた。


「言っておくが、は名技でもなんでもない。だから――」


 死んでくれるなよ。


 その言葉と、三発の弾丸がアイシェンの目の前に迫っていた。

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