第6話 任せても良いんだな?

 自分で言うのもあれとは思うが、自分がいてこのブリタニアは成り立っていると思う。

 モルドレッドは、自分が守るノーウィッチ城の廊下をスタスタと歩きながら、そんな自惚れのようなことを考えていた。

 ――自惚れだ、そんな事はわかってる。

 だがそれは事実だった。

 一年前に繰り広げたブルグントとの小競り合いも、向こうの国が戦争をやめたがっているという情報を手に入れていたから、ジークフリートがブリタニアで働くことを条件に終戦することができた。

 あのときの円卓会議は、大半がブルグント殲滅の意見で固まっていた。もしその意見を、自分があらかじめ調べておいた情報をもとにねじ伏せていなければ、ブリタニアからも余計な犠牲が増えていたことだろう。

 そうなっては、まだ終戦もしていないフランクから攻撃を受ける可能性もある。

 ブルグントとの戦争を早々に終わらせ、防御にリソースを回すことができたのは、モルドレッドの功績だ。


 戦場において、モルドレッドは赤雷の騎士と恐れられている。

 それは、彼女の持つ武器『クラレント』から繰り出される赤い雷と、返り血を浴びながら戦場をまるで雷のごとく走り抜ける様子からそう呼ばれている。

 彼女自身、自分は戦場で一番輝くと思っている。

 だがそれ以上に、彼女の能力が最も活用されるのは外交の時、国と国の契約や戦争の事後処理などの時だ。

 無論、彼女の口八丁手八丁が他の円卓騎士団長より優れているからではない。

 情報の収集速度がほかと双璧をなすからだ。

 諸外国でも「ブリタニアを攻めるときは情報の扱いに気をつけろ、特にモルドレッドに注意せよ」と評されるほどだ。

 それを戦略に利用することはできないが、政略に利用することはできる。

 今回は戦略に利用するための情報を集めた。少々未練が残るが、モルドレッドはを、傍観することにした。


「フランクの侵略日時、場所、敵艦隊構成、指揮官……全て集めてきたぜぇ!!」


 ひゃっほお!!

 城内の門をくぐりドーヴァー城へ向かったその影は、そんな奇声を上げていたという。


 ***


 ざざぁん、ざざぁん。

 人生で二度目となるドーヴァー海峡の波音を、アイシェンは聴いている。


 一度目に聴いたのは、親友トーマスを追いかけてはるばるブリタニアまで小さな船を出した時。

 一ヶ月か二ヶ月くらい前の出来事なのに、まるで昨日のように覚えている。

 シントウの里にいた頃は、海は自分にとって憧れだった。

 本の中で見た、遥か彼方まで広がる一面の水。

 一袋どこから持ってきたのだろうか。一体誰が、何のために海を作ったのだろうか。もしかしたら、その人はとても喉が渇いていたのかもしれない。

 子供ながらに、そう思った。

 しかしサンと近くにあった木で作ったイカダがかなり不安定だったこと、その日が偶然嵐であったこと、途中でイカダが沈み気絶した自分をサンが担いでブリタニアまで泳いだという話を聞いて、「じゃあ最初からあんたが俺を担いで泳げばよかっただろうが」と喧嘩したこと。

 海に対する憧れという感情が全て嫌な記憶でかき消された日から、海が大っ嫌いになった。


 だが今はそんなこと言っていられない、その時の記憶を上書きするくらいに、今回の海戦で刀を振るえば良いのだ。

 そう考えて参加した今回の海戦、後に『ドーヴァー海戦』と呼ばれる戦いにおいてアイシェンは今――。


「おええぇぇえっ!!」


 ――絶賛、リバース船酔い中である。


「結局、それだけはいくら乗っても解消しなかったらしいな」

「ちくしょう……やっぱ海なんて嫌いだ」

「海ではなくどちらかといえば船だろう。貴様が体内で生成したゲロを受け入れてくれているのは、他でもない母なる海であろうが」

「ファフニールの裏切りも……うぇっぷ」

「こっちを向くな海の方に吐け!!」


 ひとしきり海に向かって吐き続けたアイシェン。

 まともに話せるようになったのは五分後のことだ。


「待たせたなファフニール、もう大丈夫だ」

「顔まだ青いぞ」

「大丈夫、もうなにも吐くもの残ってないから」

「いい笑顔で言うな、親指を立てるな、やせ我慢してるのバレバレだからな。……まぁいい、敵船がそろそろ見えてくるぞ」


 ファフニールは口からフロッティを取り出した。

 アイシェンも気分の悪さを無理やりねじ伏せ、刀を構える。


 ――三日前、ドーヴァー城にて。


 フランク王国についての情報を集めていたというモルドレッドが、その成果を片手にドーヴァー城へやってきた。

 その時応対したのはアイシェンとガラハッドである。

 彼女の集めた情報は以下の通りだ。

 ・フランク王国が攻めてくるのは三日後。

 ・敵の船は多くても40隻ほどである。

 ・その兵力から考えて南の海からしか攻めてこないと考えられるが、いざという時のためのぼるドレッドとランスロットの東西の防衛は外さないということ。

 ・敵は一つの騎士団が指揮を取っており、フランク王国が有する騎士団の中でも攻撃的な騎士団であり、実力者も多い。

 これだけの情報を、彼女は集めてきたのだ。


「すごいな……敵艦隊がとってくる戦術とかの予想まで……丸裸だ。よくここまで調べれるな」

「おいおいコーヒー侍、オレをただの返り血浴びて走り回る戦闘狂とでも思ってたのか?ちゃんと考える能力くらいあるって言っただろ。まぁ、うちの新入りハンター・ジキルにも手伝ってもらったけどな」


 彼女は喜々としてそう言う。


「さてと、早速報告としようか。だがその前に頭に入れてほしいのは、フランクを統べる王であるシャルルマーニュには親衛隊がいる。そいつらがブリタニアで言うところの円卓騎士団、政治家とか司令官とかを担ってるってことだぜ」

「てことは今度攻めてくる奴も?」

「あぁ、名前はオジェ・ダノワール。シャルルマーニュ親衛隊の中でも屈指の策士、いかなる敵の動きにも対応できるよう、準備をきっちり仕上げてくるタイプだ。そこからついた二つ名が、用意周到のトレーサー」

「そのまんまだな」


 オレもそう思う、モルドレッドはそう言う。


「だがまぁ、やつはあくまで後方から行動する傾向があるぜ。だから今回でしゃばって来るのはその部下である……こいつらだ」


 そうして机上に並べられたのは、顔写真が付いたその人物について書かれた個人情報の書類。

 それが三人分。

 アイシェンはそれよりも先に、この写真について興味を示していた。どうやらこのように、リアルな絵を撮る道具があるらしい。

 以前呼んだ新聞にも、このような絵が載っていたなとアイシェンは思い出す。

 それはともかく。

 モルドレッドが持ってきた情報に載っていた人物は以下の三名。


 名前:ナポレオン・ダノワール

 年齢:三十四歳

 性別:男

 使用武器:銃?

 種族:ヒューマン

 二つ名:明朗快活なエンペラー

 ~備考~

 金髪碧眼の優男。

 皇帝のように尊大だが、その姿はどこか清々しい。

 使用武器は銃であることがわかっているが、とある証言では突然目の前に銃弾が飛んできたとあり、敵の名技かそれ以外の技術なのかは不明。それに伴い、名技も不明である。


 名前:ジャンヌ・ダルク・ボルドファ

 年齢:十九歳

 性別:女

 使用武器:鉄球

 種族:ヒューマン

 二つ名:天真爛漫のルージュソルシエール

 ~備考~

 赤い髪色と赤い目をした女。

 その風貌と、騎士道精神に則った戦いをしない、脳筋とも取れる戦法からその恐ろしさを皮肉って魔女ソルシエールと呼ばれている。


 名前:ジル・ド・ケティ

 年齢:三十歳

 性別:男

 使用武器:爆発物

 種族:ヒューマン

 二つ名:孝悌忠信のジャンダルム

 ~備考~

 目の色と髪色は緑色、戦場で見ればすぐに分かる。

 だが彼の持つ武器は爆弾であり、海上で戦う際は敵も味方も気を付けなければならない。ある種一番の危険人物。


 ここまで読んで、アイシェンとガラハッドは顔を上げた。


「……ガラハッドちゃん、これさぁ」

「なんだよ氷結白雪姫ガラハッド、もしかして褒めてくれんのか?ここまで集めたことを?なんだ照れるじゃねぇかよぉ」

「いや違うけど……これ、つまりは何にもわかってないのと同じってことだよね?肝心の名技も書いてないしさぁ」

「あぁそうだぜ」


 モルドレッドは悪びれることなくそう言う。


「イヤだから――」

「そんな誰でもわかることしかわからなかった。フランクに送り込んだブリタニアの諜報部隊計10名。帰ってきたのはたったの一人だ、しかも傷だらけでPTSDも発症してる」


 二人はゴクリと生唾を飲んだ。「何があったのかは知らねぇけどな」


「少なくとも、あの国には何かがある。それなりに実力のあるうちの諜報部隊が全滅するくらいのやべぇ何かがな」

「つまりモルドレッドは、ほぼ事前知識無しで戦いに行け、と?」


 その時のアイシェンは、言葉の中だけではなく表情も不安な感情が含まれていたのだろう。

 ガラハッドとモルドレッドの両名が頭を叩いてきた。

 彼は何故叩かれたのか理解できていない。


「そういうこと言っちゃ駄目だぞアイシェンくん、敵艦隊にやってくる人物の特徴、情報だらけじゃない!!それにさ、ジークフリートちゃんみたいな軍師もいるんだよ」

「そうだぞ、うちの騎士団から持ってった敏腕参謀なめんな。それによ――」


 一呼吸置いて、二人は言った。


「「なにも知らないから戦いは楽しいだろ(でしょ)!!」」


 アイシェンは顔を伏せた。


 ――時間は戻って。


 アイシェンは頬を叩いた。


「……ファフニール」

「ん?」

「後ろは、任せても良いんだよな?」

「――あぁ、任せられた」


 こうして、戦いの火蓋は切られたのである。

 ブリタニアとフランクの海戦。

 ドーヴァーの海戦、開幕――!!

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